メンゲルベルク/英雄

ベートーヴェン:交響曲第3番変ホ長調 Op.55「英雄」

ウィレム・メンゲルベルク指揮 アムステルダム・コンセルトヘボウ管弦楽団 1942年3月5日録音

メンゲルベルクの「英雄」は既にリスニングルームの方でも紹介しているのですが、あちらは「1940年4月18日録音」のものです。
それは、どういう経緯で計画されたのかは分かりませんが、この年の4月から5月にかけて行われたベートーベン・チクルスを録音したものの一枚でした。

  1. 1940年4月14日
    交響曲第1番 ハ長調
    交響曲第3番 変ホ長調「英雄」
  2. 1940年4月18日
    交響曲第5番 ハ短調「運命」
    交響曲第8番 ヘ長調
    ヴァイオリン協奏曲 ニ長調
  3. 1940年4月21日
    交響曲第2番 ニ長調
    交響曲第6番 ヘ長調「田園」
  4. 1940年4月25日
    交響曲第4番 変ロ長調
    交響曲第7番 イ長調
  5. 1940年5月2日
    交響曲第9番 ニ短調「合唱付」

この録音は上手くいっているものとそうでないものとの落差が大きく、とりわけ「英雄」に関しては録音時に何らかの事故があった模様で、ノイズが盛大に入り込んでいます。
それと比べると、この42年録音の「英雄」はかなり素晴らしい音質でメンゲルベルクの芸を捉えています。

ただし、この40年に敢行されたベートーベン・馳駆するのクレジットを眺めているとため息が出てしまいます。

ナチスはこの最後の演奏会の8日後の5月10日に空挺部隊をオランダ各地に降下させて侵略を開始します。
13日にはオランダの王室と政府はロンドンに逃れ、15日にオランダはドイツに降伏します。

ところが、政治音痴のメンゲルベルグはゲッペルスの要請を受けて、ドイツ支配下における指揮活動をベルリンフィルへの客演で再スタートしてしまうのです。
オランダにとっては宝とも言うべきメンゲルベルグが、ナチスドイツの首都であるベルリンで演奏会を行うと言うことが、どのようなメッセージを世界を発信するかを彼は最後まで理解できなかったようです。

フルトヴェングラーは、ナチスが侵略した国では絶対に指揮活動を行いませんでしたが、その辺の政治的無頓着さが戦後の二人の運命を分かつことになったのかもしれません。



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