TPP11発効に伴う著作権法の改訂について

既に何人もの方からTPP11発効に伴う著作権および著作隣接権の保護期間の延長がもたらす影響についてお尋ねをいただいています。
今回の法改訂がサイト運営に対してどのような影響が出るのかは概ね承知はしていたのですが、幾つか不明な部分もあって文化庁に問い合わせをしていました。文化庁からは直接電話でもって連絡をいただき、幾つか腑に落ちない部分もあるのですが、現時点での状況がはっきりしましたので報告をしておきます。

まず最初に、何人もの方からご心配、励ましなどのメールをいただきました。
このような自分勝手なサイトでも少なからず期待していただいているのだなと心強く感じた次第です。感謝申し上げます。

保護起案延長に伴う影響

では、最初に、今回のTPP11発効に伴って何が変わったのかというと、著作権および著作隣接権の保護期間が50年から70年に延長されたことです。
これが何を意味するのかというと、今後20年間にわたって新しくパブリックドメインとなる著作物がなくなってしまうと言うことです。

この影響が大きいのは「青空文庫」ではないかと思われます。
既に、年明けには新しくパブリックドメインとなる作品の公開準備を進めていたものが全て無駄になるだけでなく、今後20年間にわたって新しい作品を追加できないのですから、サイト運営のあり方も含めて根本的な見直しが求められるようです。

それでは、このサイトはどうなるのかと言いますと、もちろん影響はそれなりに大きいのですが、その深刻さは「青空文庫」と較べるとはるかに小さいと言えます。
なぜならば、「法改定に伴う経過措置」とよばれる条文があるからです。

どういう事かと言いますと、現行の法規定の下で既にパブリックドメインとなっている著作物は保護期間が延長されてもその対象とはならないという規定です。
現在の社会では、パブリックドメインとなった著作物がネット上で自由に流通していますから、それらを保護期間が20年延長されたという条文だけで全てを排除することは不可能です。しかし、不可能だからと言ってそれを放置してしまうと「無法状態」が常態化してしまいます。
この「無法状態」の常態化というのは「法の安定性」を著しく損ないますから、既にパブリックドメインとなっている著作物は新しく延長された保護期間の対象外とするのが「経過措置」なのです。

つまり重要なことは、

2018年現在でパブリックドメインとなっている著作物は保護期間が70年に延長されてもパブリックドメインである

ということです。

既にパブリックドメインとなっている著作物は今後もパブリックドメインだニャン!!

クラシック音楽の演奏史では「黄金の50年代」「銀の60年代」です。
もちろん、あと数年法改訂が延びていれば「銀の60年代」も全てがパブリックドメインとなったのですが、それでも1967年までに発行されたレコードは全てパブリックドメインとなっていて、その事は今後も変わらないのです。

つまりは、今のように毎日更新というペースを今後20年間継続しても、十分すぎるほどの音源は存在しているのです。(さすがに20年は言い過ぎか、しかし10年は間違いなく可能です)
今までは、新しく追加されるパブリックドメイン音源に対応するために多くの時間と費用を費やしていたものが、これからは腰を落ち着けて取り組めるという「メリット」すらあるのです。

また、著作権について言えば、クラシック音楽の世界では取り上げてみたい作曲家の著作権はほとんどパブリックドメインになっています。
未だパブリックドメインになっていない大物と言えばストラヴィンスキーやショスタコーヴィッチなど、数えるほどです。

もちろん、彼らの作品を取り上げることがほぼ不可能になってしまうのは残念ですが、その影響は「青空文庫」と較べると微々たるものと言えます。

相互主義の原則の適用について

以上述べたことは私自身も既に承知していたのですが、どうしても分からないことが一点ありました。
それは、著作権法における「相互主義」の原則がどのような形で適用されるのかと言うことです。

問題は著作隣接権の本国がEUやロシアにある場合です。

「相互主義」とは何かというと、日本で保護期間が70年になっても、その本国の保護期間が50年であれば、その作品や録音に関しては50年しか保護しないというものです。

具体的に言いますと、例えばカラヤンの録音の大部分はドイツ・グラモフォンかEMIです。
それらはドイツ、およびイギリスが権利を所有していますから、それらの国での保護期間は50年という事になります。
相互主義というのは、そう言うときには70年という日本の長い保護期間ではなくて、50年という短い方の本国の保護期間を適用するものです。

何故ならば、それらの国では日本に権利が存在する録音は50年しか保護されないからであって、その不都合の帳尻を合わせるために「相互主義」という考え方が採用されるのです。

ただし、この考え方が正しいのかどうかは確信が持てませんでしたので、文化庁に以下のような問い合わせを行いました。

TPP11の発効に伴って日本国内でも著作権や隣接権の保護期間が50年から70年に延長されるとの報道に接しました。
そこで、お尋ねしたいのは、隣接権の本国がEUにある場合の保護期間がどのようになるかと言うことです。

現在、EU圏では著作隣接権の保護期間は50年だと思われます。そして、日本はこれらの権利に関しては「相互主義」を採用されていたかと理解しています。
そうなれば、EU圏内の各国に権利がある録音(日本人が関わった録音はのぞく)に関しては、日本国内での保護期間が70年に延長されても保護期間は従前通り50年のままだと理解していいのでしょうか。

お忙しいなか申し訳ないのですが、以上の点についてお教えいただければ幸いです。

これに対して「先般文化庁ホームページあてにお寄せいただいた御質問につきましては、お電話にて御説明差し上げたく存じます」という返信が来ました。
電話で説明というのには驚いてしまったのですが、

そのやり取りの結論だけを言えば、

この「相互主義」の原則は「著作権」にのみ適用されるものであって、著作隣接権に関しては特段の記述がされていないので「相互主義」の原則は適用されないと解釈される

というものでした。

根拠となる法文は著作権法58条「保護期間の特例」だそうです。

その本国において定められる著作権の存続期間が第五十一条から第五十四条までに定める著作権の存続期間より短いものについては、その本国において定められる著作権の存続期間による。

これが「相互主義」の原則を定めた法文だそうで、そこでは「著作権」にしかふれられていないので、「著作隣接権」はこの「相互主義」の対象とはならないというのが文化庁の解釈だというのです。

率直に言って、著しく「国益」に反する「解釈」だなとは思いました。
なぜならば、日本で制作されたレコードはEUやロシアでは50年しか保護されないのに、日本ではEUやロシアのレコードは70年も保護してあげるというのです。

おそらく、日本のレコード会社にしてみれば冗談じゃないという話になるかもしれません。
このような国益に反することを文化庁の「解釈」とするのですから、これはもしかしたらいささかもめるかもしれませんね。なぜならば、条文に明記されていればどうしようもないのですが、それが「解釈」によるものであれば裁判等によって覆ることがあるからです。

実際、2004年の法改訂によって引き起こされた「1953年問題」では文化庁の解釈が裁判で覆され、最終的に最高裁判決として確定してしています。

これは様子見だニャン

ですので、この点についてはしばらく様子を見るしかないようです。

6件のコメント

  1. おはようございます。
    お世話になっております。
    サイト運営のご苦労の種は尽きないようですね。お察しいたします。
    文化庁からの回答が電話でというのは、メールというような物的証拠を残したくないという、お役人の習性のようなものでしょうか ^^;)
    いずれにしても、著作隣接権に対する考え方に、日本の外交姿勢の、よく言えば節度のある、然し本質は弱腰の姿勢が見えて、なんとも情けない気持ちになります。
    結果はどうなるのであれ、自国の利益を最大限に守る外交姿勢で望む諸外国との歴然の差を感じます。
    お役人がやらないのであれば、庶民、民間が異を唱える必要がありますね。

  2. 文化庁からの回答が電話でというのは、メールというような物的証拠を残したくないという、お役人の習性のようなものでしょうか

    こういうサイトをやっているので文化庁に問い合わせることは何度かあったのですが、率直な感想としては「対応が非常に丁寧」だとは思っています。個人的にはそれほど悪い印象は持っていません。

    ただし、今回の件はメールで済ませても問題があるような込み入った案件ではなかったので、実際の処は「想定」していなかった可能性はあります。
    何しろ、日本の保護期間が他の主要国の保護期間より長くなると言うのは今回は初めてのことだからです。

    ただし、どう考えても文化庁の解釈は「国益」に反するとしか思えませんね。困ったものです。

  3. こんにちは。
    著作権および著作隣接権について、興味深く拝見しました。
    TPP11に伴う著作権法の改正は、もともとはアメリカがTPPに参加しようとしていた頃から検討されていたものが、ほぼそのままと聞いたことがあります。
    そしてその改正内容自体も、アメリカ側からの要望に応えたもの、ということだったと思います。
    アメリカには著作隣接権という概念が無く、アメリカの要望に応えるかたちであれば、著作隣接権の保護期間が著作権とは別に設定されるというのは想定されていなかったのかもしれませんね。

    そして、将来的なアメリカのTPP参加の受け入れ体制を整える意味で、あらかじめ著作権周辺の法改正も行ったという説明も聞いたことがありますが、これについては、アメリカに対する参加交渉のカードをみすみす手放したという批判もあります。
    著作権法をアメリカさんの言うように改正しますから、TPPに参加しませんか、という言い方はできなくなったという意味です。
    アメリカから見れば、著作権に関しては、TPPに参加しなくても、既に望み通りになっているので、敢えて参加しようという動機付けになりませんね。

    いずれにしても、国内事情からの要請による改正とは思えませんし、個人的には残念なことと感じています。

    これとは別に、個人的に疑問に思っていることがあります。
    まず著作権・著作隣接権は、個人や法人が所有する権利で国家が保有する権利ではないと思う点。
    そして、著作権自体が譲渡が可能な権利である点です。

    これらを踏まえて、EMIやドイツ・グラモフォンの音源が、EU圏の法律が適用されるという解釈が適切なのかがよく分かりません。

    EMIは現在はワーナーに買収され、ドイツ・グラモフォンはユニバーサルに買収されています。
    おそらくこの買収に伴い、著作隣接権も譲渡されていると思います。
    そして、ワーナーやユニバーサルがどの国の法律が適用されるのかが、大きな疑問になっています。

    少し目先を変えると、ソニーに買収されたコロンビアの音源に対する著作隣接権は、アメリカの法律に保護されるのか、日本の法律に保護されるのか。
    今回の法改正で、どちらも保護期間は70年になるので、この場合は、どちらであっても個人レベルでは差が無いことになりますが。

    仮にEMIの音源はアメリカ企業であるワーナーが著作隣接権を保有するのなら、元々アメリカの法律が適用されるので、EU圏の50年という議論自体がありえないことにならないかということです。

    グローバルな企業が増えたこと、しかし法律は各国ごとに異なるということから、一般人には判断が難しいと感じています。

    1. EMIやドイツ・グラモフォンの音源が、EU圏の法律が適用されるという解釈が適切なのかがよく分かりません。
      EMIは現在はワーナーに買収され、ドイツ・グラモフォンはユニバーサルに買収されています。
      おそらくこの買収に伴い、著作隣接権も譲渡されていると思います。

      この部分は私も疑問に感じていたポイントであって、隣接権に関して相互主義が適用されるようならば確認しなければいけないなと思っていました。
      ちなみに、ユニバーサル・ミュージックは現在はフランス資本の傘下に入っています。ただし、ユニバーサル・ミュージックは子会社として存続していますので、資本関係によってどの国の法律が適用されるのかが変更されるとなると著しく法的な安定性が損なわれることになります。

      ですから、隣接権に関してはそのレコード製作者が属する国の法律が適用されるというのが妥当な解釈になるかと思うのですが、まあ、現時点ではそう言う難しいことに頭を悩ます必要はないようです。(^^;

      なお、音楽の著作権に関しては他者に譲渡することは不可能です。
      また、途中で亡命などをして国籍が変わっても、亡命以前の作品はもとの国籍の法律が適用されます。バルトークなどがその例です。

  4. こんにちは。
    少々脱線してしまうかもしれませんが、法律解釈に見解の相違があるので補足します。
    法律の専門家ではないので、こちらの見解が間違っている可能性もありますので、あらかじめお含みおきください。

    音楽の著作権の譲渡について
    他者への譲渡は可能だと思います。
    日本では、著作権は著作人格権と著作財産権に細分されるそうです。
    このうち一般的に著作権と言われる場合は、著作財産権を指す場合が多いようです。
    ここでは著作財産権について述べます。

    作曲者自身が著作権を有するのは説明の必要もないことですが、その作曲者の死後、その権利は誰が保有するのか?
    もし作曲者以外に所有が認められない場合、死後にまで権利を保護する意味がありません。
    (多くの場合、子孫が相続すると思います)

    死後でなく生前に著作権が譲渡された例としては、小室哲哉氏があげられます。
    既に譲渡済みの作品の著作権を、(本人は権利を持っていないのに)第三者に譲渡しようとしたことが詐欺にあたることで話題になりました。

    バルトークの亡命について
    一般的に亡命それ自体だけでは、国籍の変更にはなりません。
    ロストロポーヴィチの場合、1974年に亡命していますが、国籍を失ったのは1978年です。
    (国籍の喪失は本人の意志ではなく、当時のソ連当局による剥奪、1990年の国籍回復)

    ゲザ・アンダの場合は、1943年にスイスへ亡命、1955年にスイス国籍取得です。
    ハンガリー国籍を喪失したのかは、ネットで調べてみたのですが、言及されているサイトを見つけられませんでした。

    ハンガリーも、スイスもアメリカも重国籍を認めているので、ハンガリー国籍を有したまま、スイス国籍やアメリカ国籍を取得することが可能です。

    本題のバルトークについても、亡命という記事は見つかりますが、ハンガリー国籍喪失については見つけられませんでした。
    バルトークはハンガリーで国葬されているので、国籍を喪失していないではないかと思います。
    (なぜか、Wikipediaでは亡命という表現はなく、単にアメリカ移住としか書かれていません)

    ハンガリー国籍を失っていないなら、ハンガリーの国内法で保護されるのは合理的と思います。

    別のたとえになりますが、日本人がアメリカへ帰化し、日本国籍を喪失した場合、日本国内での選挙権は失われるのではないでしょうか。
    やはり国籍が変わるなら、以前の国の法律ではなく、新しい(現有国籍の)国の法律が適用されると考える方が妥当ではないかと思います。

    1. 私にとって関心があるのは保護期間に関することなので言葉足らずだったかもしれませんね。
      今回の保護期間延長の背景には創作者の2世代後まで権利が保護されるべきだという「言い分」があるそうですから、そう言う意味では著作権は相続されます。

      しかし、相続した人が、例えば保護期間が100年となっているメキシコ国籍を取得しても保護期間が100年になるわけではないという「事実」だけが私にとっては重要なのです。
      それは「戦時加算」に関しても同様であって、例えばドイツ人の作曲家の権利を相続した人が連合国側の国籍を取得したからと言って、相続した著作物が戦時加算の対象になることはありません。
      それは、相続した人が国籍を変更することでパブリックドメインとなっていた著作物の権利がゾンビのように蘇っては法的安定性が保てないからです。

      ですから、保護期間に関しては途中で権利関係が移転しても変更はないというのが私にとっては重要なのです。

      ただし、亡命に関しては既に述べたように事情が複雑なので、個別に確認する必要があります。バルトークやプロコフィエフなどは現時点では全てパブリックドメインになっていますが、一時は非常に複雑でした。

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