メモリ再生再論

ほんの思いつきで始めた「メモリ再生」なのですが、ごく限られた範囲の中とはいえそれなりの反響をいただいたのは意外でした。
何しろ、始めは「teraterm」のようなターミナルソフトを使ってTelnet接続をして、コマンドラインでコピーするという代物でしたから、普通のオーディオマニアが興味を示すとは思えませんでした。ただし、実際に聞いてみれば「NAS」を使ったネットワーク再生とは明らかに音が変わりましたから個人的には面白いと思いました。
なので、その後この方向で突っ走っていくことになりました。

「ターミナルソフトを使ってTelnet接続をして、コマンドラインでコピーする」という仕様を「修行僧」と評された事もあるのですが、それでも「より良い音」を目指すならばそれも仕方がないと思ったときもありました。しかし、自由にカスタマイズできる「Tiny Core」ならばならばコマンドラインを使わなくても簡単にファイルをメモリ上にコピーできることが分かりました。
これならば、CDの棚から聞きたいCDを探し出してきてプレーヤーにセットするよりも手間いらずで再生できます。

残念ながらこの手法は「Telnet接続」にしか対応していない「lightmpd」では不可能なので、この時点でメインは「Tiny Core」に乗り換えました。

一部のユーザーの方は、それでも「lightmpd」でのメモリ再生の簡易化を目指して「teraterm」のマクロファイルを開発されているようで、その熱意には感心させられます。
しかし、この数ヶ月、メモリ再生をメインに取り組んできて、PCオーディオの「王道」であるネットワーク再生をメインにするならば「lightmpd」、その王道路線に不満を感じるならば「Tiny Core」でのメモリ再生、という形で棲み分けた方が建設的ではないかと思うようになってきました。つまりは、ネットワーク再生とメモリ再生という相容れない二つのスタイルを一つの器に盛り込めば結果としてどっちつかずの中途半端なものになってしまうのではないかと考えるようになりました。

「lightmpd」の長所は不要と思われる部分はバッサリと切り落とした「男前な仕様」にこそ存在します。その部分で言えば、必要最小限の「Tiny Core」をベースとしてもその「男前ぶり」には及びません。いや、頑張ってチューニングしていけば迫れるかもしれないのですが、それをやるならば始めから「lightmpd」を使った方が音楽を聞くための貴重な時間が確保できるというものです。

つまりは、自分の再生のスタイルとして「ネットワーク型」を選ぶならば潔く「lightmpd」を選択すべきなのです。その土俵の上ならば、「Tiny Core」は「lightmpd」には及びません。

しかし、ネットワーク再生をやっていると、そもそもネットワーク再生というのは「ベスト」なのだろうか、と言う疑問がわいてくるときがあります。
もちろん、使い勝手と言うことならば、現時点でこれに勝る再生方法は考えられません。1万枚を超えるような音楽コレクションがあっても、ネットワーク再生ならば聞きたい音楽を容易に検索してすぐに聞くことができます。この利便性に勝る再生方法というのはなかなか登場しないでしょう。

話がいささか遡るのですが、CDがLPを駆逐した最大の要因は「音質」ではなくて「利便性」でした。ですから、メーカーが音質面での優位性をうたって「SACD」を発表しても「CD」の優位性は揺るぎもしませんでした。
しかし今、ネットワーク再生が広がるにつれて、明らかに「CD」の優位性に翳りが見えています。
それほどまでに、音楽再生における「利便性」が持つ意味は大きいのです。

一部のオーディオマニアを覗けば、音楽を聞くときの優先順位は「利便性」が第一であり、「音質」は必ずしも第一に来るわけではないのです。CDプレーヤーと較べればはるかに優れた音質を誇り、さらにはネットワーク再生の利便性も享受できる「lightmpd」が広く支持されるのは当然のことです。
さらにいえば、導入の敷居という点でも「lightmpd」は「Voyage MPD」や「Tiny Core」と較べればはるかに低いのです。とりわけ、「Tiny Core」は導入も運用も非常に難しくて、とてもじゃないが多くの人にお勧めできるような代物ではありません。

しかし、この世の中にはいかなる犠牲を強いられても「音質」こそが優先されるという「オーディマニア」という人種が存在します。そう言う人種にとって見れば「利便性」などというものの優先順位ははるかに低く、何よりも「音質」こそが優先されるのです。
そう言う人種にとって見れば、「そもそもネットワーク再生というのはベストなのだろうか」、と言う疑問がわいてきたときの選択肢は「Tiny Core」しか存在しないのです。

何故ならば、「lightmpd」が他のシステムに較べて音質面での優位性が主張できる最大のポイントはシステム全体がメモリ上で動作することだからです。その意味で言えば、「Voyage MPD」は過去のものとなり、変わりうる選択肢は「Tiny Core」だけとならざるを得ないのです。

そもそもネットワーク再生が抱える問題点

ノイズ対策と言うマッチポンプ

では、何故に「ネットワーク再生というのはベストなのだろうか」という疑問がわき起こるのでしょうか。
私自身がほんの思いつきで始めたメモリ再生に大きな意味を見いだしたのは、この素朴な疑問に出会ってからでした。

何しろ、それまでは音質面においても「ネットワーク再生」の優位性を疑っていなかったのですから、これは言ってみれば(大袈裟ですが)コペルニクス的転換だったのです。

始めて「ネットワーク再生」に漠然とした疑問を感じたのは、皮肉な話なのですが「高音質化」をうたった「オーディオ用NAS」が相次いで発売されたことがきっかけでした。メーカーの主張は対策が施されていない通常のNASではそこから発生する様々なノイズが音質の劣化を招いているというものでした。

これは全く持って理に適った主張であり、ネットワーク再生をやるものにとってはこのノイズ対策の積み重ねこそが音質改善の肝でした。始めの頃は、なるほどメーカ-もついにそう言う部分にまで目を向けるようになったのかと歓迎していました、
しかし、そうやってノイズ対策を施した「オーディオ用NAS」なるものがフラグシップモデルでは80万円を超えるような価格設定で売りに出されると、私の頭の中に何故か「?」がいくつも点滅しだしたのです。

この「?」が決定的になったのは、ファイルを伝送するための中継点である「ハブ(HUB)」に対しても同様の対策が必要であると言うことで、これまた「オーディオ用Hub」と銘打って製品が発表されたときでした。もちろん、その理屈は間違っていませんが、それにしてもたかが「Hub」一台に15万円というのは首をかしげざるを得ませんでした。

これらに加えて「ノイズ対策」を施した「Lanケーブル」やその経路に挟み込む「ノイズフィルター」などを加味すれば、たかがファイル置き場を整備するだけで100万円近くもかかってしまいます。「オーディオ用NAS」にフラグシップモデルではなくて、それなりに対策を施された機種を選んだとしても数十万円の投資です。
確かに、オーディオマニアという人種は「音さえ良ければ金には糸目をつけない」という面はあるのですが、それにしてもこれはどこかがおかしいと思わざるを得ませんでした。

何故ならば、それらの出費は「音を良くする」と謳いながら、やっていることは「劣化の最小化」というマイナス面の「リカバリー」にしぎないからです。そして、そのマイナス面の根源というのが「NAS」であり、その伝送経路に当たる「Hub」や「Lanケーブル」だというのです。
つまりは、ネットワーク再生というシステムを作り上げるために導入しなければいけない機器が音質劣化の原因であり、その原因を最小化するためには数十万円から100万円近いお金がかかりますよ、と言うのです。

思わず頭の中に「マッチポンプ」という言葉が浮かびました。

『「マッチで自ら火事を起こして煽り、それを自らポンプで消す」などと喩えられるように、問題や騒動について、自身でわざわざ作り出しておきながら、あるいは自身の行為がその根源であるにもかかわらず、そ知らぬ顔で巧妙に立ち回り、その解決・収拾の立役者役も自ら担って賞賛や利益を得ようとする、その様な行為を指して用いられる表現である。』

さすがに、「オーディオ用NAS」などをマッチポンプ呼ばわりは言い過ぎでしょうが、しかし構造的にはよく似たところがあることは否定できません。

しかし、そこまでノイズ対策に気を配って多額の投資をするならば、そもそもノイズの発生源となるネットワーク再生を採用しなければいいのではないか、と言う考えが頭をよぎったのです。

実際、ネットワーク再生を拒否してハードディスクやUSBメモリに音楽ファイルを置いて再生する方も多くて、その方々は口々にネットワーク再生よりも音質面ではすぐれていると主張されています。ネットワーク再生こそが音質面でも有利だと信じていた過去の私は、そう言う方の主張に対して懐疑的だったのですが、今では「すまなかった!!」と思っています。

音楽ファイルを「NAS」において再生用のPCにまで長い経路を経て運んでこざるを得ないネットワーク再生というスタイルは、ハードディスクやUSBメモリ、さらにはメモリ上にファイルを置いた場合と較べてみれば音質面では圧倒的に不利です。その不利を最小化するために必要な投資が数十万円から100万円近くなるのです。

そして、そこまでの投資をしてもできるのは「マイナス面の最小化」であり、その両者を理論的に較べてみれば、「音質面」におけるネットワーク再生の優位性を主張できる論拠を見つけることができないのです。この現実を前にすれば、「音質」を優先したい人種ならば「ネットワーク再生」という形を根本的に考え直してみたくなるのは当然のことです。

ただし、しつこく繰り返しますがそこんな事を考えるのは、「利便性」よりも「音質」を優先したい一部のオーディオマニアという希少種だけです。
ネットワーク再生というのは何よりも「利便性」を追求する再生の形ですから、そのスタイルをとりながら、より高音質化を目指して不必要に「NAS]や「Hub」、「ケーブル」に投資していくようになるならば、それは余計なお世話かもしれませんが、どこか本質を取り違えているような気がします。

「NAS」をマウントすることのデメリット

さらに、「音質」を徹底的に追求するならば、音楽再生に不必要なプロセスを徹底的に排除することは常識に属する問題です。
デジファイさんが「lightmpd」に対して様々な機能を付加するリクエストが出されても否定的な態度を維持しているのは実にあっぱれな態度だと感心しています。

実際、「Tiny Core+APU」と言うシステムで、3つあるLAN端子の2つを眠らせるだけで音質面ではかなりのメリットをもたらします。
再生用のPCというのは、それほどまでに神経質な存在であり、「lightmpd」では当然の事ながらデフォルトで最初から2つのLAN端子は眠っています。

しかし、この問題意識の最先端で浮かび上がってくる問題は、「NAS」をマウントすることのデメリットです。

ネットワーク再生を前提とするならば「NAS」をマウントしないと言うことはあり得ません。しかし、メモリ再生のようにファイルをネットワーク上に置かないのであれば「NAS」をマウントする必要は全くありません。
そして、ネットワーク再生には不可欠ではあっても、メモリ再生等においては不要である「マウント」というプロセスは、どうやらかなり「重い」プロセスのようなのです。

コマンドラインからファイルをコピーしたときはマウントしたNASからメモリ上にコピーしていました。ですから、マウントという動作は必須でした。しかし、一度コピーしてしまえばNASをマウントしている必要はなくなります。
そこで、試しに、音楽再生の途中で「NAS」をアンマウントしてみました。

結果はブラインドテストで試されても確実に違いを指摘できるほどの違いがありました。
その後、コマンドラインではなくてSFTPサーバ(SSH接続ではデフォルトで有効になっている)を使ってローカルからファイルを転送できることが分かれば、それこそ「NAS」をマウントする必要は全くなくなります。それどころか、それは「音楽再生にとっては全く不要なプロセス」となるのですから、最初からマウントしないようにする方がベターなのです。

そうやって色々音楽を聞いていると、もしかしたら「NAS」のマウントというのはネットワーク再生を実現するための「必要悪」ではないかと思えてくるのです。
ただし、しつこく繰り返しますが(ホントにしつこいよ・・・アンタ^^;)、それは「利便性」よりも「音質」を絶対的に優先するごく一部の人にとってだけの話です。

しかし、この「NAS」のマウントを巡る問題は「ネットワーク再生というのはベストなのだろうか」と言う疑問をより大きくするに十分な問題でした。

それでもメモリ再生の音は気にくわない

音質面を優先するならば、メモリ再生がネットワーク再生に劣る理由を見つけることは難しいと思います。
しかし、現実問題として、メモリ再生をしたときの分厚くて低域が野太くなる音は好きになれないという人がいることも事実です。実は、そう言う意見に対して私自身も同意するものです。

既に多くの人によって確認されていることですが、メモリ再生とネットワーク再生の違いは低域の出方です。その違いは実に明確であり、ファイルの置き場所を変えるだけでここまで音に違いでることに驚かされました。そして、その激変ぶりに戸惑い、否定的な評価を下される方がいたとしても全く怪しむものではありません。

しかし、長年にわたってレガシーなオーディオをやってきた人ならばすぐにピントくるはずです。
CDが離陸したときにその音質は酷評されたものです。そして、その酷評には一定の根拠もあったのですが、使い手の側にも幾つかの問題がありました。それは、再生システムがアナログ再生を前提としてセッティングされていて、そのセッティングのままでデジタル音源を再生したことに由来するものです。

アナログとデジタルでは音の出方が随分違います。意外と思えるかもしれませんが、アナログ音源というものは高域はダラ下がりの特性にならざるを得ません。それに対して、デジタルは20Khzまではかなりフラットな状態で収録されています。
この高域のダラ下がりの特性に合わせてセッティングされたシステムでデジタル音源を再生すれば高域の響きはきつくならざるを得ません。CDの音は硬くて冷たいと言われた背景にはこういう問題も横たわっていて、やがてその事に気づいたオーディオマニアたちはシステムのセッティングの見直しに取り組むようになったものでした。
結果的には、一部のアナログ音源に素晴らしい相性を示していた徒花のような美は姿を消してしまいましたが(それをつまらないと感じた人もたくさんいました)、アナログもデジタルもより高いレベルの再生が実現するようになっていったのでした。

何が言いたいのかというと、私もまたメモリ再生の音を始めて聞いたときに、これが暫定的な「正解」ならば、これに合わせてセッティングを詰め直す必要があると感じたのでした。細かく言えば色々なことをやったのですが、一番のポイントとなったのは最終的にスピーカーを5㎝ほど前に出したことでした。
8畳足らずの部屋の長手側にスピーカーをセットしているので、ただでさえニアフィールドリスニングになっているものがさらにニアになってしまったのですが、最終的にはこれがベターと判断して今日に至っています。

どうやら、メモリ再生がもたらす音の変化は、そう言う部分にまで影響を与えるほどの変化をもたらすようなのです。
そして、論理的に考えれば、メモリ再生をすればここまで低域がしっかり出てくるとすれば、その低域の部分はネットワーク再生の伝送経路のどこかでこぼれ落ちてるのではないかという疑問が浮かび上がってきます。ただし、その辺りのことは理論的にどうなっているのかは私には全く分かりません。

ただし、ここで一つ言えることは、自分の中で基準となるものを決めておくことの重要性です。
そして、現在の私にとって基準となるのはネットワーク経由で運ばれるファイルではなくてメモリ上にコピーされたファイルこそが基準となっています。そして、この「ファイル」を信じてシステム全体セッティングを詰めていくのが私のスタンダードとなるのです。そして、結論から言えば、この音こそが今の私にってはベターなのです。

当然の事ながら、ネットワーク経由で運ばれるファイルを信じることも一つの見識であり、それに基づいた音作りを否定する気持ちは全くありません。とりわけ「利便性」がどうしても捨てきれないとなればこれしか選択肢はないでしょうし、ある意味ではきわめて健全な(^^;スタンスだと思います。
しかし、ちょっと異常だなと思いながらも、それでもその向こうにある世界を見たくなってしまうのがオーディオマニアの性なのです。

ですから、願わくば、この2つの世界を一つの器に盛り込むような無理は避けた方がいいのではないと愚考する次第なのです。
この世の全てはバーター関係です。「利便性」と「音質」は両立する事は不可能であり、「音質」を優先するならば「利便性」の一部は犠牲にならざるを得ず、その「犠牲」は甘んじて受け入れる覚悟が必要なのではないでしょうか。


1 comment for “メモリ再生再論

  1. 虎魂王
    2016年8月25日 at 8:28 AM

    ネットワーク再生か、メモリ再生か。どちらも一長一短があり、どちらが音質面で有利かと言ったら宗教戦争になりそうな気がしますが。

    ネットワーク再生では、サーバー側がクロックを送出するので、音質はサーバー側のプロセッサーやメモリの性能に大きく左右されます。特にNASは業務用を除けば問題てんこ盛りで、オーディオ用NASに至っては、市販のNASの問題点を引き継いだ状態のままで登場してしまいました。

    一方、メモリ再生では、RAMディスクへCDをリッピングした直後の音楽データを再生する場合に限り、最も高音質になります(経路が最も短くなるため)。HDDやUSBメモリからRAMディスクへコピーして再生する場合は、経路も少し長くなるので、メモリ再生のメリットはあまり無いです。

    また、メモリ再生では大容量メモリが必要なので、サーバーアプリをインストールした高性能デスクトップPCが1台あると、メモリ再生にも、ネットワーク再生にも対応した高性能で高音質のサーバー兼プレイヤーになります。しかし、高性能なPCにはファンの騒音がつきもので、ファンの騒音を避けるには、別の部屋に置いてネットワークで配信するのが現実的です。

    あと、気になった点ですが、

    >ネットワーク再生というスタイルは、ハードディスクやUSBメモリ、さらにはメモリ上にファイルを置いた場合と較べてみれば音質面では圧倒的に不利です。

    これを結論づけるには、膨大な資料や説明が必要です。HDDやUSBメモリ、メモリ上での再生では、ホスト側PCのスレーブ扱いとなるので、音質面での優位性を強調するには証拠が足りなさ過ぎます。高性能なPCを使えばHDDやUSBメモリ、メモリ上での再生での優位性を証明出来ますが、高性能なPCにはファンの騒音問題がつきものです。ファンレスをやるにはプロセッサーの性能を落とさなければならないので、当然ながら音質も落ちます。高性能でファンレス可能なプロセッサーは、現時点ではインテルCore Mプロセッサーしかなく、そのCore MプロセッサーはCore iプロセッサーよりも性能が落ちるという情報を聞いています。

    HDDやUSBメモリ、メモリ上での再生においても、高音質化にはMPDなどを利用したネットワーク再生になるので、結局はメモリ再生もネットワーク再生の一部分に過ぎないです。正直、NASから音源を配信するというネットワークオーディオの固定概念は捨てた方がいいです。今はiPhoneやAndroid端末でも、ウェアラブル端末を使ったネットワーク再生が可能な時代なので。

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