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ベートーベン:ピアノソナタ第26番 変ホ長調 作品81a 「告別」
(P)ケンプ 1951年9月24日録音をダウンロード
- ベートーベン:ピアノソナタ第26番 変ホ長調 Op.81a 「告別」 「第1楽章」
- ベートーベン:ピアノソナタ第26番 変ホ長調 Op.81a 「告別」 「第2楽章」
- ベートーベン:ピアノソナタ第26番 変ホ長調 Op.81a 「告別」 「第3楽章」
大公にさえあの告別は捧げられていません。
ベートーベンのもっとも有力なパトロンであったルドルフ大公が、ナポレオンのオーストリア侵入のためにウィーンを離れなければならなくなり、それを契機として作曲されたソナタだと言われています。
戦争自体はすぐに集結して、やがて大公もウィーンに帰還したために、それぞれの楽章に「告別」「不在」「再会」と表題がつけられています。これらの表題は構成の人が勝手につけた物ではなくベートーベン自身がつけた物です。
ただし、本人もそのような表題を付すべきかどうかずいぶんと悩んだようです。
作品としては中期の作品らしく派手な技巧を披露していますが、それでいながらがむしゃらに驀進していく姿は影を潜めています。また、対話的な部分も多くてそこに愛の語らいを見る人もいます。
ベートーベン自身も「この作品は大公にさえ捧げられていません」と語っています。
そんなこんなで、これは誰への告別のソナタだったのかと想像をたくましくさせる作品でもあります。
ピアノソナタ26番「告別」 Op.81a 変ホ長調
第1楽章
「告別」 アダージョーアレグロ 変ホ長調 4分の3拍子ー4分の2拍子 ソナタ形式
冒頭の三つの音符に「Lebewohl」の言葉がつけられていて、この動機が楽章全体に頻出します。
第2楽章
「不在」 アンダンテ・エスプレッシーヴォ ハ短調 4分の2拍子
第3楽章
「再会」 ヴィヴァチッシマメンテ 変ホ長調 8分の6拍子
自然体で歌心に満ちたベートーベン
ずいぶん多くの方から、ケンプによるベートーベンをリクエストいただきました。正直言って、すでにシュナーベル、バックハウス、ナット、さらに一部欠落はあるものの準全集といえるギーゼキングとアップしているので、どうしたものかと悩んでいました。しかし、あまりにも多くの方から要望をいただき、中には「私の持っている全集を提供するのでアップして欲しい」という声までいただいたので、流石によっこらしょと重い腰を上げてこの数週間集中的にケンプのベートーベンを聴いてみました。そして、なるほど、これは多くの方が要望するだけのことはある、じつに見事な演奏だと感心させられました。
ケンプについては、ケンペン&ベルリンフィルとのコンビで録音したコンチェルトをアップしたときに少しばかり感想を書きました。
そこで、「なんとファンタスティックで深い感情に裏打ちされた演奏でしょうか。これを聴いていると、いじけた心のひだがいつの間にか伸びやかに広がっていくような心地よさに満ちています。」と書いたのですが、その言葉はこのソナタ全集の録音の方がふさわしいのかもしれません。
これは、何という伸びやかで自然体のベートーベンでしょう。堅くなったり、重くなったり、ましてや力ずくで押し切るようなところが微塵もありません。とにかく耳にしたときの心地よさは他に例を見ません。
例えば、8番のパセティックの冒頭、普通ならもっとガツーンと響かせるのが普通です。29番のハンマークラヴィーアにしても同様です。ところが、ケンプはそう言う派手な振る舞いは一切しないで、ごく自然に音楽に入っていきます。そして、その後も何事もないように淡々と音楽は流れていきます。あのハンマークラヴィーアの第3楽章にしても、もっと思い入れタップリに演奏しようと思えばできるはずですが、ケンプはそう言う聞き手の期待に肩すかしを食らわせるかのように淡々と音楽を紡いでいきます。
普通、こんな事をやっていると、面白くもおかしくもない演奏になるのが普通ですが、ところがケンプの場合は、そう言う淡々とした音楽の流れの中から何とも言えない感興がわき上がってくるから不思議です。おそらく、その秘密は、微妙にテンポを揺らす事によって、派手さとは無縁ながら人肌の温かさに満ちた「歌」が紡がれていくことにあるようです。パッと聞いただけでは淡々と流れているだけのように見えて、その実は裏側で徹底的に考え抜かれた「歌心」が潜んでいます。
おそらく、この至芸の背後にあるのはピアニストとしてのケンプではなくて、作曲家のケンプでしょう。そして、そう言う美質はスタジオでの録音よりはライブでのコンサートでこそ発揮されたと言われているケンプですが、どうしてどうして、この録音は十分すぎるほどそう言うケンプの美質がとらえられています。
もちろん、全部で32曲にも上るベートーベンのソナタを全て高いレベルを期待するのは無理というものでしょう。私見では、例えば23番のアパショナータに代表されるような、中期の驀進するベートーベンに関してはいささか物足りなさを感じます。しかし、全体としてみれば非常に高いレベルでまとめられた全集だと言えます。
また、録音に関しては大部分が51年に行われていて、ほんの数曲だけが53年と56年に行われています。ご存知のように、録音にテープが利用されるのは52〜53年からで、同じモノラル録音でもこれ以前と以後ではクオリティに大きな差があります。このケンプの録音は残念ながらそれ以前のものなので、これが後1〜2年ずれていればという思いは残ります。
ただし、万全な状態で再生すると、音楽的においしい部分は上手くすくい取っているので、この時期のものとしてベストに近いと思います。