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マーラー:交響曲第1番 ニ長調「巨人」


ウィレム・ヴァン・オッテルロー指揮 ウィーン祝祭管弦楽団 1963年リリース(50年代録音)をダウンロード

  1. Gustav Mahler:Symphony No.1 [1.Langsam. schleppend]
  2. Gustav Mahler:Symphony No.1 [2.Kraftig, bewegt, doch nicht zu schnell]
  3. Gustav Mahler:Symphony No.1 [3.Feierlich und gemessen, ohne zu schleppen]
  4. Gustav Mahler:Symphony No.1 [4.Sturmisch bewegt]

マーラーの青春の歌



偉大な作家というものはその処女作においてすべての要素が盛り込まれていると言います。作曲家に当てはめた場合、マーラーほどこの言葉がぴったり来る人はいないでしょう。
この第1番の交響曲には、いわゆるマーラー的な「要素」がすべて盛り込まれているといえます。ベートーベン以降の交響曲の系譜にこの作品を並べてみると、誰の作品とも似通っていません。

一時、ブルックナーとマーラーを並べて論じる傾向もありましたが、最近はそんな無謀なことをする人もいません。似通っているのは演奏時間の長さと編成の大きさぐらいで、後はすべて違っているというか、正反対と思えるほどに違っています。
基本的に淡彩の世界であるブルックナーに対してマーラーはどこまで行っても極彩色です。
基本的なベクトルがシンプルさに向かっているブルックナーに対して、マーラーは複雑系そのものです。

そう言えば、この作品も完成までには複雑な経路を辿っています。もっとも、作品の完成に至る経路というのはブルックナーもひどく複雑なのですが、その複雑さの性質が二人の間では根本的に異なっています。

この作品のいわゆる「初稿」と思われるものは、1889年にブダペストでの初演で用いられたものでした。その「初稿」は「花の章」と名づけられたアンダンテ楽章を含む5楽章構成であり、全体が二部からなる「交響詩」とされていました。
しかしながら、マーラーは実際の演奏を通して不都合を感じる部分があるとこまめに改訂を行い、そのために最終的に筆を置いた時点で「決定稿」となる人でした。
その辺りが、ブルックナーとは根本的に作品に向き合うスタンスが異なるのです。

つまりは、うじうじと書き直すことで必ずしも「良くなる」とは限らないブルックナーでは「初稿」そ含むそれぞれの「改訂稿」にも意味を与えなければいけません。しかし、マーラーの場合の「初稿」や「改訂稿」というものは、その後必要となった訂正が行われていない「未完成版」と言う意味しかもたないのです。

ですから、ブルックナーの新全集版では改訂されたすべての稿を独立して出版する必要に迫られるのですが、マーラーの場合はシンプルに最後の決定稿だけが出版されて事たれりとなっているのです。
しかしながら、この第1番だけはいささか複雑な経路を辿って決定稿に至っています。

マーラーはブダペストでの初演ではかなり不満を感じたようで、1894年のワイマールでの再演に際して大幅な手直しを行っています。その手直しは主に2,3,5楽章に集中していたようで、とりわけオーケストレーションにはかなり大幅な手直しがされたと伝えられています。
しかしながら、ブダペストでの初演で使われた初稿は現在では失われてしまっているので、その相違を細かく比較することは出来なくなっているようです。
そして、この時点で、マーラーはこの作品を「花の章」を含む5楽章構成の交響曲として「ティターン(巨人)」というタイトルを与えたのです。

ところが、何があったのかは不明ですが、1896年にベルリンで演奏したときには「花の章」を省く4楽章構成で演奏し、1899年にこの作品を出版するときにもその形が採用されました。また、「ティターン(巨人)」というタイトルや楽章ごとにつけられた「標題」などは削除されたようです。
また、終楽章にも小さな訂正が加えられました。

その後、1906年に別の出版社から出版されるときに第1楽章のリピートなどが追加され、さらに1967年の全集版では、その後マーラーが実演において指示した訂正や書き込み等を収録して、それが今日では「決定稿」と言うことになっています。
いささか煩雑なので、整理しておくと以下のように経緯となります。

  1. 1889年:ブダペストでの初演で使われた初稿:「花の章」を含む5楽章からなる2部構成の交響詩

  2. 1894年:ワイマールの再演で使われた第2稿:「初稿」に大幅な改訂を施した、「花の章」を含む5楽章構成の交響曲

  3. 1889年:ヴァインバーガー社から刊行された初版で第3稿にあたる。1896年のベルリンでの演奏家では「花の章」を省いた4楽章構成の交響曲として演奏されたスタイルをもとにしている。改訂時期は不明とされている。また、「ティターン(巨人)」というタイトルや楽章ごとにつけられた「標題」も削除された

  4. 1906年:ユニバーサル社から刊行された決定稿:第1楽章のリピートなどが追加されている。

  5. 1967年:全集版として刊行された決定稿の再修正版:マーラーが実演で採用した最終的な書き込みを反映させた。


そうなると、一番の問題は何故に途中で「花の章」を省いたのかという事が疑問として浮かび上がってきます。

もっとも、こういう事はあれこれ論を立てることは出来ても、最終的にはマーラー自身が何も語っていない以上は想像の域を出るものではありません。
ただ、明らかなことは、マーラーはその章を削除して「決定稿」としたという事実だけです。

そうであれば、この「花の章」を含んだ第2稿を持って、それこそがマーラーの真意だった、みたいな言い方をするのは根本的に間違っていると言うことです。
そして、先にも述べたように、その辺りこそがマーラーとブルックナーとの根本的な違いなのです。


出来る限りシンフォニックに響くように律儀に構築している


オッテルローのマーラーが想像以上に素晴らしかったので、それ以外にないかと手もとの音源を探ってみればこの第1番「巨人」が出てきました。
しかしながら、この音源、録音があまり良くなく(おそらく復刻に使った音源があまりよくなかったのでしょう)、さらに録音クレジットに関してもあまりはっきりしないのです。

まず録音された年なのですが、ネット上を探ってみると63年説と64年説があり、私の手もとにある音源には50年代としか記されていません。ただし、初リリースが63年であることは間違いはないようなので、64年録音は明らかに誤りかと思われます。
また、オーケストラも「ウィーン祝祭管弦楽団(Vienna Festival Orchestra)」という正体不明のオケの名前が記されています。
さらに言えば、これはモノラル録音なのですが、70年代に「ステレオ」と銘記されたレコードが発売されたこともあるようです。ただし、それは疑似ステなのか、もしくはステレオで録音された録音があったのかは、その実物をきいたことが無いので、そのあたりは何ともいえません。

こうなってくると、何がなにやら分からない録音と言うことになってくるのですが、一つだけ確かなことは、この録音を行ったのは「コンサート・ホール(Concert Hall Society)」というレーベルだと言うことです。
「コンサート・ホール」とは、今さら説明するまでもなく、戦後アメリカに設立されたマイナーレーベルだったのですが、強いドルの力を背景にしてヨーロッパで積極的に録音を活動をして、会員制の通信販売で頒布するというスタイルで成長したレーベルでした。そして、一時は、その圧倒的な音源の数と廉価販売で世界最大規模のレコード会社にまで成長しました。

しかし、その廉価販売を可能にするためだったのかどうかは分かりませんが、録音環境はそれほど恵まれたものではなく、その録音クオリティもそれほど高いとはいえないレーベルでした。
オッテルローによるマーラーの1番も、そう言うレーベルの豪華なカタログを飾るために計画されたのでしょう。しかし、詳しい録音クレジットも残っていないし、起用されたオーケストラも「ウィーン祝祭管弦楽団」という正体不明(おそらく、実態はウィーン交響楽団ではないかと推測されます)のオーケストラですから、やはりこれもまたそれほど恵まれた録音環境ではなかったのでしょう。

とは言え、こう書くと「コンサート・ホール」の悪口ばかりになるのですが、例えば最晩年のシューリヒトの音楽を数多く聞くことができるのは、彼らが積極的にシューリヒトを起用してくれたからですし、それはオッテルローにしても同様ですから、その点に関しては感謝しなければいけません。

さて、肝心の演奏の方なのですが、オッテルローは、「交響曲」というジャンルに分類はされていてもとらえどころのないこの交響曲第1番「巨人」を、出来る限りシンフォニックに響くように律儀に構築しています。それは、4番の第3楽章で感じたように、オッテルローの持つ優れた能力を示したものだといえます。
ですから、聞き終わればそれなりに立派な音楽を聞かせてもらったという感覚は残るのですが、第4番のように聞いて心から楽しめるのかと言えばいささか不満は残ると言わざるをえません。

やはり、オッテルローにとって持ち味が存分に発揮できるのはハーグ・レジデンティ管弦楽団だったのかなと思ってしまいます。
ただし、録音の保存状態があまりよくないので、その点は割り引いて考えてあげないと「ウィーン祝祭管弦楽団」にとってはいささか不公平な判断となってしまうかもしれません。
こういうシンフォニックに構築していく力量を見せつけられると、オッテルロー&ハーグ・レジデンティ管弦楽団のコンビによるベートーベンやブラームスも聴いてみたくなってきました。

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