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シベリウス:交響曲第3番 ハ長調 Op. 52


ロベルト・カヤヌス指揮 ロンドン交響楽団 1932年6月21日~22日録音をダウンロード

  1. Sibelius:Symphony No.3 in C major, Op.52 [1.Allegro Moderato]
  2. Sibelius:Symphony No.3 in C major, Op.52 [2.Andantino Con Moto, Quasi Allegretto]
  3. Sibelius:Symphony No.3 in C major, Op.52 [3.Moderato - Allegro (Ma Non Tanto)]

気むずかしいシベリウスへの転換点?・・・(^^;



若い頃のシベリウスは大変な浪費家で派手好きで、お酒とたばこを手放すことができない人だったのです。
特に、金銭的感覚というものが全く欠落していて、おまけに贅沢好きときているので借金まみれの生活をしていました。

そして、そう言う派手好きな外面とは裏腹に神経質で気弱な面があって、素面ではオケの指揮もできないというような側面ももっていました。
シャンペン一本をあおってから指揮台に立っていたという話も伝わっているほどです。

フィンランディアや第1、第2の交響曲の成功で世界的名声を獲得していく中で、その生活はますます享楽的で破滅的なものにむかっていったようです。借金はどんどんかさみ、家計は破綻寸前、酒とたばこで健康も破綻寸前という惨憺たる状況に追い込まれていたのです。
そして、生活と健康の破綻は彼の中から創作へのインスピレーションをも奪っていき「ヘルシンキでは私の内なる歌が全て死んだ・・・」と嘆くまでにいたります。

そんな彼が一大決心で実行したのが、ヘルシンキ近郊のヤルヴェンパーへの転居でした。
彼はそこに借金で(やっぱり、借金かよー^^;)山小屋風の建物を建てて終生の住まいとすることになり、その建物を妻の名前にちなんで「アイノラ」と名付けます。

その「アイノラ」で生み出された最初の交響曲がこの第3番でした。

この作品には、初期の2作品で見られた華やかな幻想性や華麗な響きは姿をひそめます。
変わって姿を表すのは、その後のシベリウスを特徴づける深い内省です。

表情豊かに旋律を歌わせるのではなく、ぼそぼそと語るその後のシベリウスの特徴がはっきりとあらわれています。
しかし、幻想的ではあっても不明瞭な部分も残していた音楽が、驚くほどに簡潔で純度の高い音楽に一変しています。


あらゆるシベリウス演奏の「原点(origin)」とも言うべき存在


今さらこんな古い時代の録音なんか止しにしてくれ!という言葉が聞こえてきそうです。
おまけに指揮者がロベルト・カヤヌスです。
まさに、それって誰?と言う人も多いのではないでしょうか。

しかし、あらゆるシベリウス演奏はここから始まります。それは「スタンダード」などというものではなく、それ以上の「原点(origin)」とも言うべき存在なのです。

それにしてもカヤヌスは1856年生まれですから、それはもう伝説を通りこして神話のような時代の存在です。フルトヴェングラーは1886年生まれですから30歳以上も年長であり、あのトスカニーニでさえ1867年生まれですから10歳以上も年長なのです。
調べてみれば、アルトゥール・ニキシュが1855年生まれですから、まさにそう言う存在と同世代の指揮者なのです。
そう考えれば、そう言う神話時代の指揮者の演奏がこのクオリティで残ったのは「奇蹟」のようなものだといえます。

この一連のシベリウスの録音はフィンランド政府の依頼によって行われ、それを引き受けたのがEMIの若き音楽プロデューサーだったウォルター・レッグでした。そして、指揮を引き受けたのがフィンランド音楽の守護者とも言うべきロベルト・カヤヌスだったのです。
すでに70代の半ばをむかえていたカヤヌスにとっては骨の折れる仕事だったのでしょうが、「国家プロジェクト」とも言うべきシベリウス録音であればその労を厭わなかったのでしょう。

彼は1930年の5月に1番と2番を録音し、そして、しばらく時間を空けて1932年6月に3番と5番を録音するのですが、その翌年にカヤヌスがこの世を去ってしまって全曲録音は幻となってしまいました。
もちろん、別の指揮者を呼んできて残りの3曲を録音することも可能だったのでしょうが、残されたカヤヌスの演奏を聞けば、それはカヤヌス以外には完成させることが出来ないものだったことを納得させられます。

このカヤヌスの演奏を聞いていてふと思い出したのが、ルノワールの逸話でした。
ルノワールは大変な贅沢好きだったとして知られているのですが、良く話を聞いてみるとその「贅沢」とは金銭的に高価なものを好んだというのではなくて、人が時間と手間をかけてじっくりと作りし出したものしか身の回りに置きたくなかったというのが本当のところだったようです。彼は、どれほど小綺麗に仕上がっていようとも、工業的に生産されたものはすべて拒否したのです。

その一番いい例が肉料理だったようで、彼はガスの火とフライパンで効率的に調理された肉料理は一切拒否しました。
ルノワールにとって肉料理とは薪や炭を使って職人がじっくりと手間と時間をかけて焼き上げたものだけが、その名に値したのです。

そして、ここで聞くことのできるカヤヌスのシベリウスもまた、まさに薪や炭を使って、十分すぎるほどに手間と時間をかけて焼き上げたような音楽なのです。
そこでは、ホンのちょっとしたフレーズに至るまで、その歌わせ方やテンポの設定を考え抜いているのがよく分かります。
それは、職人が火加減をコントロールしながら肉の向きをあれこれ変えることによって最高の焼き加減になるように腕を振るっている姿とだぶります。

そして、その様な最高の職人の手によってシベリウスの録音が世界に発信されたことは、シベリウスにとってはこの上もない幸運でした。
何故ならば、これほどまでにすぐれた「origin」をもった作曲家は他には存在しないからです。
ですから、どれほど古い録音であっても、シベリウスを愛するものであるならば、これは聞かなければいけない「義務」があるのです。

ただ残念なのが、繰り返しになりますが、返す返すも全集として完成させる時間を神がカヤヌスに与えなかったことです。録音的にもわずか2年ですが30年に録音された1番、2番と32年に録音された3番と5番とではかなりクオリティの差があります。よりすぐれた録音クオリティで4番や7番が残されていればと夢想するのですが、それもまた詮無きことです。

なお、この一連の録音に関しては、当初は「交響楽団」としか記されていませんでした。やがて、3番と5番に関しては「ロンドン交響楽団」による演奏であることが分かってきたので、1番と2番も同様かと考えられてきました。しかし、最近は1番と2番に関しては「ロイヤル・フィルハーモニー管弦楽団」による演奏だと考えられるようになってきました。
しかし、実際はどうだったのかは依然として「藪の中」です。

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