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アルフォンス・ディーペンブロック:「マルシャス(魔法をかけられた湖)」組曲より(抜粋)
エドゥアルド・ヴァン・ベイヌム指揮 アムステルダム・コンセルトヘボウ管弦楽団 1953年5月19日~6月1日録音をダウンロード
- Diepenbrock:Marsyas ou la Source enchante Suite [1.Prelude: Reveil au Printemps de Marsyas]
- Diepenbrock:Marsyas ou la Source enchante Suite [2.Entr'acte: Vagabondages a travers les forets]
愛おしいまでのやさしさ
少し前にウィレム・ペイペルの交響曲第3番を紹介したときにも「Willem Pijper」の読み方すらも分からないと書いたのですが、この「Alphons Diepenbrock」も同様で、さて何と読むのやら、と言うところからスタートしました。調べてみると、一般的には「アルフォンス・ディーペンブロック」と読むらしいです。
1862年にアムステルダムで倦まれて1921年に亡くなっていますから、彼もまた著作権は問題なくクリアしてます。
面白いのは、彼は裕福なカトリック教徒の家庭で生まれ育ち、音楽家ではなくて古典を専門に学ぶことを家族から期待されていたことです。そして、彼はその期待に応えてセネカの生涯に関するラテン語の論文で博士号を取得し、その後は古典学者としての活動を続けることになります。
しかし、幼い頃から音楽にも興味を持ち、その才能をを発揮していたディーペンブロックは音楽への道を諦めることが出来ず、全くの独学でコツコツと作曲技法の学習を続けていました。
そして、1894年にはついに古典学者としての仕事を辞めて音楽に専念することを選びました。
しかし、彼にとって幸いだったのはその豊かな古典への知識によってマーラーやリヒャルトシュトラウス、アーノルド・シェーンベルク等と親交を結び、そこから作曲に関する知識を得ることが出来たことでした。
ただし、全くの独学の作曲家であったためにその作品はなかなか評価されなかったようなのですが、作曲と同時に指揮活動も積極的に行っていて、マーラーの第4盤交響曲やフォーレとドビュッシーの作品を含む多くの現代作品を演奏しました。そのような同時代の音楽への貢献が認められたのか「Diepenbrock」の名前はコンセルトヘボウのバルコニーに刻み込まれています。
そして、現在のオランダでは深い尊敬を持って受け入れられる作曲家となっているようです。
ここで紹介している「マルシャス(魔法をかけられた湖)」は彼の古典学の生徒であった「Barthazar Verhagen」書いたギリシャ神話のマーシャスとアポロンの物語に基づいて書いた戯曲のための劇音楽として作曲されたものです。その後、演奏会用の組曲として以下のように編集されました。
- 前奏曲:春に目覚めるマルシャス
- 間奏:森をさまよう
- マルシャスとニンフたち
- 第3幕への前奏曲
- フィナーレ:ニンフたちの踊りとアポロンのエピローグ
とてもロマンティックな音楽で、基本的には後期ロマン派の雰囲気が漂う作品です。ただし、どこかドビュッシーのようなふんわりとした雰囲気もあって、「春に目覚めるマルシャス」などと言うタイトルに相応しい温かな陽光と陰影の移ろいを感じ取れる音楽になっています。
特に、第2曲目の「森をさまよう」の愛おしいまでのやさしさはとても魅力的です。
それにしても、聞くに値する作曲家というのはまだまだ埋もれているものだと感心させられます。
作品が持っている魅力を最大限に引き出している
「ウィレム・ペイペル」とか「アルフォンス・ディーペンブロック」という、今まで聞いたこともなかった作曲家の作品の演奏と言うことになると、このベイヌム&コンセルトヘボウによる演奏について良いとか悪いとか、さらにはその演奏の特徴などと言うことは一切語ることは出来ません。
当たり前の話ですが、そう言うものは比較する対象とその作品に対するある程度の理解があって初めて成立するものだからです。
しかし、それを前提としながらも、少なくとも二つのことは指摘できるかと思います。
まず一つめは、彼らはこういうマイナーな作品をレーベルからの要請で仕方なく演奏したのではなく、おそらくは彼らの方が積極的に要請をして渋るレーベル側を押しきったのだろうと言うことです。
当然のことですが、こういう作品を収録したレコードが売れるとは思えませんから。何しろ、60年代にクレンペラーがブルックナーの6番を録音したいと申し出たときにプロデュサーのレッグは「そんなレコードが売れると思うのか」と言って一度は却下したというエピソードが伝えられているくらいなのですから、それが「ウィレム・ペイペル」とか「アルフォンス・ディーペンブロック」ならば、尚更と言うことです。
オランダという国には昔から強力な「自国第一主義」というものがあります。
コンセルトヘボウの音楽監督は長くオランダ出身の指揮者がつとめるのが慣例でした。また、オランダの指揮者は自国の作曲家を積極的に紹介することに意欲を示しました。その典型が自らも作曲家だったオッテルローでしょうが、ベイヌムもこういう録音を残しているのはそう言う伝統を汲んだものだったのでしょう。
ですから、ここではコンセルヘボウの豊かな響きを最大限に駆使して、それらの作品が持っている魅力を最大限に引き出していることは間違いないでしょう。
そして、二つめは、どう考えてもそれほど売れるとは思えない録音だったと思うのですが、Deccaの録音陣は一切の手抜きをすることなく、この時代のレベルとしては最も優れたクオリティでベイヌム&コンセルヘボウの響きを捉えていることです。
おそらく、この時代のコンセルトヘボウがいかに優れたオーケストラであったかを知る上でも、これは一度は聞いておいて損はない録音です。
そして、それは同時にオーディオが趣味の王様だった50年代という時代の幸福を思い出させてくれる録音でもあります。