今週の一枚(1) シューベルト:弦楽四重奏曲第14番 ニ短調 「死と乙女」

Franz_Schubert

シューベルトという人はかなり悲しい人生をおくった人です。よく言えばボヘミヤン的な人生とも言えますが、有り体に言えばプー太郎な一生をおくった人です。
それでも、そういうボヘミヤン的人生のおかげで女にもてたというのならば救いはあるのでしょうが、チビでデブでド近眼のシューベルトはまったくもてなかったようなのです。にもかかわらず、身の程知らずに貴族の令嬢にココロを寄せてはふられるという悲しい挫折を繰り返し、その果てに小間使いの女に手を出して梅毒をもらったのですから、もう泣くしかありません。

そんなシューベルトが死の直前に書いたのがこの「死と乙女」です。
シューベルトの音楽と言えばこの上もなくメランコリックな叙情性にあふれていて、歌そのものの魅力が作品を支配しているというのが通り相場です。
この作品の第2楽章でも、その美しいメロディが際だっています。そしてその美しいメロディが歌曲「死と乙女」からとられていて、その歌のテーマが「死へと誘う悪魔のささやきと、それに抗する乙女の言葉」から成り立っているとなれば、そこにシューベルトの死生観を見たくなるのは当然のことです。
しかし、それだけでこの作品を見てしまうと大切なことを見落としてしまいます。第2楽章のあまりにも美しいメロディに幻惑されてはいけません。

この「死と乙女」はそれとは対照的にベートーベンの弦楽四重奏曲を思わせるような緊密で劇的な構成こそが特徴となっています。
第1楽章で主題動機が徹底的に展開される様子はまったくもってベートーベン的です。第3楽章の荒々しいスケルツォも同様です。
シューベルトは数多くの弦楽四重奏曲を残しましたが、歌心にあふれたシューベルト的な美質と、ベートーベン的な構築がこれほどまでに見事に結合した作品は他には見あたりません。

つまり、私たちが見落としたくないのは、梅毒にかかるというどうしようもないほどに絶望的で惨めな状態にあっても、シューベルトという男は前向きに音楽を書き続けたという事実です。

権力は腐敗する 弱さもまた腐敗する

エリック・ホッファーが喝破したように惨めな状態に貶められた弱者はどうしようもなく腐敗していきます。それが悲しい人の性というものです。
しかし、シューベルトという男はそう言う惨めさの中にあっても最後の最後まで自らが目指した「交響曲への道」を進もうとしたようなのです。
そう言う惨めな男の御しようもないパッションにふれるとき、人が生きると言うことの悲しみを感じずにはおれなくなるのです。

私にとって、シューベルトの「死と乙女」とは概ねそのような音楽であり続けたのです。そして、そう言う音楽としての「死と乙女」を聞きたいときには、どうしてもアルバン・ベルクSQなどには手は伸びません。なんだか悲しみを通り越してちょっと怖くなりすぎです。ウィーンフィルのメンバーによる演奏だと、今度はどこかお洒落にすぎて悲しみが足りません。
そんなわけで、この作品を通してシューベルトの悲しみをともにしたいときにはブッシュSQの古い録音に手が伸びます。

ブッシュ弦楽四重奏団 1936年録音

  1. シューベルト:弦楽四重奏曲第14番 ニ短調 「死と乙女」「第1楽章 Allegro」
  2. シューベルト:弦楽四重奏曲第14番 ニ短調 「死と乙女」「第2楽章 Andante con moto」
  3. シューベルト:弦楽四重奏曲第14番 ニ短調 「死と乙女」「第3楽章 Scherzo: Allegro molto」
  4. シューベルト:弦楽四重奏曲第14番 ニ短調 「死と乙女」「第4楽章 Presto 」

痛切なまでの悲しさにあふれた演奏です。なんの気負いもてらいもなく、淡々と歌い上げているだけなのに言いようのない深い悲しみと絶望感が聞き手に迫ってきます。
第1楽章から悲しみにあふれた演奏であり、とりわけ第2楽章は、未だかつて聞いたことがないほどの痛切な悲しみに彩られています。
健康は回復する望みもなく、将来に対する夢や希望も次々と消え去っていく中で、それでも音楽を作り続けるしかなかったシューベルトの悲しみです。

「冬蜂の 死にどころなく 歩きけり」

唐突に村上鬼城のそんな句が頭に浮かんでくるような演奏でした

2 comments for “今週の一枚(1) シューベルト:弦楽四重奏曲第14番 ニ短調 「死と乙女」

  1. シグレイン
    2013年12月23日 at 12:05 AM

    レーヴェングート四重奏団の演奏も好きです。
    モノラルですが音質は結構よく、おそらくパブリックドメインなのでできたらアップをお願いします。

  2. 題名のない子守唄
    2013年12月26日 at 1:54 AM

    アムステルダム・シンフォニエッタの演奏が好きです。
    カップリングはベートーヴェンの弦楽四重奏曲第11番 。
    どちらもマーラー編曲版で、音もBISなので抜群です。

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