春風や闘志いだきて丘に立つ
有名な虚子の句です。
ただし、これは俳句と言うよりは決意表明、もしくは宣戦布告みたいな世界最短の檄文でしょう。
では、宣戦布告の相手は誰かと言えば、それは言うまでもなく碧梧桐です。
曳かれる牛が辻でずっと見回した秋空だ
虚子にはこのような破調の句が許せなかったようです。しかし、子規亡き後に俳句の世界を席巻したのはこの碧梧桐の理念でした。
そこで、一時小説の世界に没頭していた虚子が、これじゃイカンと言うことで俳句の世界に舞い戻り、伝統的な俳句の世界を取り戻そうとして打ち上げたのが上の句でした。
確かに、碧梧桐の句を眺めると、理念はいいのですが実作が追いついていない感があります。
そのせいもあるのでしょう、虚子が俳句の世界に復活するとあっという間に碧梧桐の「新傾向俳句」は駆逐され、俳句と言えば「客観写生」「花鳥諷詠」を旨とする伝統的な俳句が近代俳句の主流派となって今日に至っています。
うしろすがたのしぐれてゆくか(山頭火)
咳をしても一人(放哉)
碧梧桐の理念を本当に形のあるものにしたのは山頭火や放哉でした。
しかしながら、闘志をこめて丘にたった虚子は晩年には功成り名を遂げて文化勲章をもらいますが、碧梧桐、山頭火、放哉ともに野垂れ死に同然でこの世を去りました。
「私は今までの作品に満足していない。これからは新しい道を進むつもりだ。」
作品番号31の3つのソナタ、そしておそらくは「テンペスト」と名づけられたニ短調のソナタに対して、ベートーベンはそのように語ったと伝えられています。
では、その新しい道とは何かと言えば、音楽に人生を背負わせようとしたことです。言葉をかえればドラマ性の導入です。
誤解を恐れずに簡潔に言い切ってしまえば、ハイドンやモーツァルトのソナタ作品は美しい主題が手順通り展開され手順通り解決する予定調和の世界です。もちろん、単調にならないようにいろいろな仕掛けが施されていますが、その仕掛けは「粋」の範疇にとどまります。
しかし、ベートーベンが新しい道に踏み込んだこれ以後の作品では異物が混入します。
例えば、このテンペストでは突然のテンポ変化やブツブツと呟くようなレチタティーボが頻繁に紛れ込みます。人生は予定調和の中で完結することはないという「当然のこと」が音楽の世界にももたらされたのです。
そして、これ以後の音楽はどれが主題でどれが異物か分からないようなマーラーの世界から、主題そのものが崩壊していくシェーンベルグのような音楽へと突き進んでいくのです。
俳句と違って、音楽は新しい道を模索する動きが主流派となったことが幸いだったなんて言えば、俳句の世界の人たちに叱られるでしょうか。
(P)ヴィルヘルム・バックハウス 1952年5月録音
年末年始にかけて、随分たくさんの「テンペスト」を聞いてみました。そして、最終的に残ったのはバックハウス、ケンプの大御所とイヴ・ナットでした。
選択した理由は、背筋が伸びていること。
特に、グッとあごを引いて背筋をすくっと伸ばしているような風情のナットのピアノは、そのラテン的明晰さと相まって非常に魅力的に感じました。しかし、ベーゼンドルファーの太めの音色を使って、大鉈でザックリと削りだしたようなバックハウスの造形はベートーベンにもっとも相応しいように思えます。
もちろん、選択の対象になるのは60年代のステレオ録音ではなくて52年のモノラル録音です。
新しい道を模索した作品を古い伝統的な演奏で聞くというのもおかしな話ですが、還暦を前にした私にとってはそれが一番ピッタリ来る選択です。
年をとったものです。(^^;