今週の一枚(4) ベルリオーズ:幻想交響曲

「初詣」というのはお正月の定番行事として定着しているのですが、字面だけ見てみると腑に落ちないことがあります。
「初」という文字は、その後も継続して「二度目」「三度目」があることを前提としています。劇場公演や大相撲の「初日」、市場での「初競り」、お店の「初売り」など、全てそうです。公演が一日しかないお芝居ならば、その日を「初日」とは呼びません。
ところが、「初詣」に関しては、ほとんどの人がそれっきりで、次に神社やお寺に詣でるのは翌年の「初詣」というのが一般的なのですが、それでも、「初詣」と言いはります。

これは考えてみると、毎日何度もメッカに向かってお祈りをするイスラム教徒や、日曜日ごとに教会に出かけるキリスト教徒などと比べると信じがたいほどのいい加減さです。
しかし、日本の神や仏はそう言ういい加減さに腹を立てることもなく、一度でも来るだけ立派!!と思ってくれているようです。その証拠に、私もそう言ういい加減な一人なのですが、住吉大社の神はおみくじで「大吉」を与えてくれました。(^^;

中世と近代の違いの一つは、関係性の優先事項が変化したことにあります。
中世において最も重要な関係は神と人との関係でした。近代は人と人の関係こそが重要になります。そう言う視点で日本の「初詣」を眺めてみれば、これは実に「近代的」です。
そう言えば、昨年は20年に一度の式年遷宮と言うことで伊勢神宮は大賑わいだったのですが、それにしても、お参りはさっさと済ませて後はゆっくりとおかげ横町あたりでで時を過ごすというのが実体です。そこでも、優先されるのは神と人との関係ではなく、一緒にお参りをした家族や友人、つまりは人と人との関係こそが最優先なのです。

芸術家というのは常に時代の先端に位置する存在です。
ですから、時代が「神と人の関係」から「人と人の関係」に重点が移りはじめた流れを誰よりも鋭敏に感じ取っていたはずです。しかし、社会には「お約束ごと」がありますから、最初は行儀よく古い衣装(神の賛美)をまとわせながら新しい内実(人間のドラマ)を詰め込もうとしました。
そのもっともいい例がバッハのマタイ受難曲です。キリストの受難という古い衣装をまとわせながら、そこで展開されるものは紛れもなく人間のドラマです。そして、時代が成熟していくとそう言う「偽装」も不必要になり、むき出しの人間のドラマが音楽になります。

その偉大なる狼煙がベルリオーズの「幻想交響曲」でした。

よく知られているように、創作のきっかけとなったのは、ある有名な女優に対するかなわぬ恋でした。そして、その狂おしい恋とその破綻が「幻想交響曲」という実りをもたらしました。
ここでは、偽装としての「神への賛美」さえもが姿を消しただけでなく、「怒りの日」が鳴り響く「地獄の饗宴」の中で魔女と一緒に踊り狂うというのですから、もっと積極的に「涜神的」ですらあります。
しかし、ものの見事にストーカー男の妄想が音楽へと昇華されています。

この作品は1830年にパリで初演されるのですが、その前年にこの作品の詳しい注釈が発表されて話題となっていました。そのため、批判的な連中は最初から演奏会には来なかったようで、初演時には大きなスキャンダルにはならなかったようです。それでも、大部分は批判的もしくは無理解だったようで、大成功とはほど遠い反応だったようです。
しかし、そんな聴衆の中に19歳のリストがいて、彼はそこに新しい音楽の到来を感じ取って大きな感激を覚えたことを記しています。

さて、そんなドロドロ愛憎劇にピッタリの録音と言えば、ミンシュの右に出るものはいません。とりわけ1967年にパリ管を指揮した一枚は、今もってこの作品の「逝っちゃっている」側面をあからさまにしたという点ではかけがえがありません。しかし、まだパブリックドメインの中に入るには時が必要です。
そこで、ミンシュとは全く真逆のアプローチで妄想を爆発させた録音としてパレーの一枚を紹介したいと思います。

パレー指揮 デトロイト響 1958年3月録音

パレーは第3楽章で、実に冷静に殺人を実行させます。そして、それに続く第4楽章からのベルリーズの妄想の爆発こそがこの演奏の真骨頂です。
今さら言うまでもないことでしょうが、この第4楽章の「断頭台への行進」とそれに続く最終楽章の「魔女の夜宴の夢」はベルリオーズの妄想の爆発そのものです。ですから、音楽はその妄想の爆発に向けて突き進んでいくのですが、パレーの指揮はそう言う突き進んでいく妄想に一切逆らうことなく、その流れに乗って一気に音楽を突っ走らせます。ここまで躊躇いなく、爆発する妄想の頂点に向けて一直線に突き進んでいく演奏は他には思い当たりません。
おそらく、この録音ほどにベルリオーズという人間の異常さを際だたせた演奏はないでしょう。

  1. ベルリオーズ:幻想交響曲「第1楽章」
  2. ベルリオーズ:幻想交響曲「第2楽章」
  3. ベルリオーズ:幻想交響曲「第3楽章」
  4. ベルリオーズ:幻想交響曲「第4楽章」
  5. ベルリオーズ:幻想交響曲「第5楽章」