この数年は、驚くほどの勢いでCDが売れなくなっているようです。
そして、この荒波をまともにかぶっているのがクラシック音楽の世界です。
音楽業界と言うところは、売れているCDが何枚売れていると言うことは熱心にアナウンスしますが、売れていないCDの売り上げ枚数は絶対に口外しません。しかし、漏れ聞こえてくるところによると、世界をターゲットに販売しても数百枚しか売れないCDも多いのが現実のようななのです。
それでは、その昔、カラヤンやバーンスタインが全盛だった時代に安くない新譜をせっせと買っていた人たちはもう音楽を聴かなくなったのでしょうか?
答えは明らかに「NO」です。
おそらく彼らの中には過去に買い込んだCDを繰り返し聞くことで満足してる人もいるでしょう。
もしくは、長い歴史を持っているクラシック音楽の世界ですから、馬鹿高い新譜には目もくれず、過去の名演がボックス盤で叩き売られる方にお金を使う人もいるでしょう。
例えば、HMVの直近の週間セールスのトップ10を調べてみると以下の通りでした。(2015年7月30日調べ)
- 歌曲集 フィッシャー=ディースカウ、ムーア(6CD)2
- カラヤン&ベルリン・フィル/シベリウス作品録音集 1976-1981(4CD)
- マルセル・メイエ/スタジオ録音集成(17CD)
- カラヤン・エディション/チャイコフスキー、ドヴォルザーク、フランク:交響曲集、ラヴェル、ドビュッシー、バルトーク管弦楽曲集、他(7CD)
- カラヤン・エディション/ブルックナー、ワーグナー、R.シュトラウス、他(6CD)
- クリュイタンス・コレクション1957-63~ベートーヴェン:交響曲全集(ベルリン・フィル)、ラヴェル:管弦楽曲集(パリ音楽院管)、他(15CD)
- カラヤンとソリストたちII 1969-1984(10CD)
- ロベール・カサドシュの芸術~1935-62年レコーディングス(30CD)
- ピエール・モントゥー・コレクション(32CD)
- ゴルトベルク変奏曲、イタリア協奏曲、半音階的幻想曲とフーガ、最愛の兄の旅立ちに寄せて、他 メジューエワ(2013~14)(2CD)
新譜はメジェーエワのアルバムが辛うじて第10位にランクインしているだけです。そして、アンチ・カラヤンには承伏しがたい結果でしょうがカラヤンのボックス盤はトップ10の中に4点もランクインしているのです。(ちなみに、11位と12位もカラヤンのアルバムです!!)
そして驚くのは、マルセル・メイエのボックス盤が第3位にランクインしている事です。マルセル・メイエのボックス盤はTPP交渉によって保護期間が70年に延長されても著作権フリーの音源が数多く含まれています。
つまりは、雑音だらけのヒストリカル音源を買い込む物好きはいても、新譜のCDを買い込む物好きはほとんどいないと言うことなのです。
少なくとも、「雑音だらけのヒストリカル音源 > 最新録音の新譜」という数式は成り立つようです。
これは、今現在において音楽活動を行っている音楽家にとっては悲劇的な事態です。
それは、今の時代に売れるクラシック音楽の新譜のCDというのは、ポップスなどと同じで、音楽以外の何らかのプラスαがなければ売れないということをも意味するのです。
例えば、お水系のヴァイオリニストかピアノスト、もしくは「盲目のピアニスト」みたいな「話題」がなければ売れないのです。
そして、そこでCDを買う人の少なくない部分が「音楽」ではなくて、そこに付加されている「プラスα」を求めているのです。
なお、こんな書き方をしたからといって、メジューエワがお水系といっているわけではありません。彼女のピアノ演奏は疑いもなく素晴らしいですし(そんな事は当然の必要条件)、何よりも、お金持ちオーディオマニアの総本山ともいいべき「ステレオサウンド誌」での露出が多いことがプラスに作用していると思われます。
今や、クラシック音楽のCDを売ろうと思えば、「レコード芸術」で特選をもらうよりは「ステレオサウンド」で親しみを持ってもらう方が有効なのです。
今や、「レコード芸術」の推薦や特選に何らかの音楽的意味を見いだすような人はほとんど存在しないのです。
そして、そうなってしまった背景にあるのは音楽を受容する側の姿勢や行動にあるのではなくて、音楽を創り出しそれを送り出す側の姿勢にこそ存在するのです。
多くの人は、ビジネスとして送り出される音楽には見向きもせず、たとえ雑音まみれであったとしても、愛を持って創り出され、愛を持って送り出された録音に興味を寄せるのです。
愛を持って送り出された演奏と録音
TPP交渉は7月下旬に大筋合意といわれ、著作権の保護期間も70年に延長されることは既定事実であるかのような報道がされたのですが、どうやら交渉は漂流しはじめたようです。
とはいえ、結果はどうなったとしても、サイト運営には何の影響もありません。
たとえ、著作権や隣接権が延長されたならば、それに合わせて掘り起こすべき録音はたくさん存在します。
正直言って、パブリックドメインの境界線が60年代に突入してからは、とてもじゃないが対応しきれない!という感じになっています。もちろん、それはそれで嬉しい悲鳴なのですが、しかし、紹介すべき音源の多さに日々追われているという感じです。
もしも、保護期間が延長されたとしても、そのラインが下がった分だけ、腰を落ち着けて取りこぼしてきた歴史的録音を紹介することが出来ます。
ザッと思いつくだけでも、コルトーのショパン、ハイフェッツのSP盤録音、ブダペストやレナーのベートーベンの弦楽四重奏、ワルター、トスカニーニ、フルトヴェングラーの戦前の録音等々です。振り返ってみれば、クラシック音楽は実に豊かな過去を持っています。その豊かな過去を丁寧に掘り返すことも楽しからずや!・・・なのです。
そして、それらの録音を未だに紹介仕切れていないのは「大きな欠落」だとは感じているのですが、日々増大していくパブリックドメインの波の中で、そこまで手が回らないのが実情なのです。
もちろん、先行きは全く分かりません。
もしかしたら、たとえTPP交渉がまとまらなくても、アメリカはTPP交渉の中で合意したのだからと言うことで、日米二国間の交渉として著作権の保護期間の延長を押しつけてくるかもしれません。そうなれば、現政権のアメリカへの従属ぶりからすれば(ある人はアベ君の訪米を「カモがネギ背負ってはいつくばるの図」と言っていました)、日本の国益を投げ捨てて受け入れることだってあります。
しかし、開き直ってしまえば、それはそれで音楽などの知的財産権を「金儲けの手段」としかとらえていない「送り手側」もしくは一部の「作り手側」の本音がよりいっそう透けて見えてくるだけの話です。
そして、少なくとも私は、そう言う「金儲けの手段」としての音楽に興味を持つことはありません。さらに言えば、ビジネスとしての音楽がその様な形であり続けたとしても、それとは異なる形で音楽を創り、送り出すような動きが現れてくることを願っています。
そう言う新しい形が出てくるまでは、愛を持って音楽と関わっていた時代の音楽と関わり続けるだけです。