TPP協定の締結に伴う著作権の行方

TPP協定の締結に伴う法律案が示されているようですね。

環太平洋パートナーシップ協定の締結に伴う関係法律の整備に関する法律案

この中で、一番気になっていたのは、著作権と隣接権が50年から70年に延長されることではなくて、その延長に伴ってどのような経過措置がとられるかでした。ただ、この経過措置が持っている意味の重要性を理解している人はほとんどいないようで、ネット上を検索してもこの事に言及している人はほぼ皆無でした。

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解かれたる重き足取り野の桔梗  阿部陽子

では、経過措置とは何か?と言うことですが、一般論だけでは分かりづらいので、具体例を挙げて説明しておきます。
現行著作権法は2003年の改正で、レコードの保護期間に関して起算点の変更が行われ現在に至っています。

「起算点」とは聞き馴染みのない言葉ですが、掻い摘んで言えば「権利が発生する日」のことです。隣接権の保護期間は現行は50年ですから、その起算点から数えて50年間にわたって保護されますから、起算点が変われば保護期間が変わってくるのです。
では、その起算点がどのように変更されたのかと言えば、従前は「音が固定された日」だったものが「発行された日」に変更されたのです。
例えば、1960年に録音されて、その音源がレコードとして1962年に発行されたとします。

法改正の前だと、起算点は1960年なのでそこから50年が経過した翌年の1月1日に保護が終了しますので2011年にパブリックドメインとなっていました。しかし、この法改正で起算点が発行日に変わったので、1962年から50年保護されるようになるので、そこから50年が経過した翌年の1月1日に保護が終了しますので2013年にならないとパブリックドメインにならないのです。

ところが、こういう法改正は時には深刻な問題を引き起こします。
これも一般論では分かりづらいので具体例を挙げます。
例えば、1950年に録音されたものが長くお蔵入りをしていて1970年になって初めて発売されたとします。(クラシックの世界ではよくある話です。)

このような音源の場合は、法改正された2003年の時点では既にパブリックドメインとなって社会に広く流通しています。
ところが、新しい法改正の規定をそのまま当てはめると起算点が1970年に変更となるので保護が継続されている状態に舞い戻ってしまうのです。

ネット上にその様な音源をアップしている人はたくさんいるでしょうし、その様な人たちが新しい法改正に伴ってアップしている音源を全て削除することを求めるのは不可能です。法の原則がいかに「不知は罪」であるとしても、法律の専門家でもない一般の人たちがその様な「些細な」法改正にまで適切な感心と留意を求めることは不可能だからです。
何故ならば、その事をもって片っ端から著作権法違反として起訴するようなことになればとんでもない社会的混乱を招くからです。
しかし、だからといって法律違反の状態を広く放置することは法的な安定性を欠くことに繋がります。

そこで登場するのが「経過措置」です。

この2003年の法改正では、既にパブリックドメインとなっている音源については、この新たな法改正によっても権利が復活しないことが「経過措置」として明記されました。
つまり、2003年の法改正が為された時点では、1952年にまで録音された音源はすべてパブリックドメインになっていますので、その音源の発行日の如何に関わらず従前通り全てパブリックドメインのままとされたのです。

はい、前置きが長くなりました。(^^;
ここまでお読みいただければ、今回のTPP協定の締結に伴う著作権法の改正において、何故に「経過措置」が重要なのかはピンとこられたと思います。

私としては、著作権と隣接権の保護期間が50年から70年に延長されるのですから、「経過措置」がとられないと大変なことになるので、当然何らかの措置はとられるだろうとは想像していました。
しかし、過去に一度だけ法改正に伴う「経過措置」がアメリカからの横やりでとられなかったことがあります。平成元年の法改定によって、隣接権の保護期間が30年から50年に延長されたときです。この時には、既にパブリックドメインとなっていた20年分にも及ぶ膨大な音源がゾンビのように蘇りました。

日本はアメリカの属国ですから、もしかしたら今回のTPP協定の締結にともなう法の改定によって、いかなる社会的混乱をも恐れずにアメリカの言い分を受け入れるかもしれないという危惧は拭いきれませんでした。
しかし、さすがに平成元年と今では社会状況が根本的に違っています。このネット時代に、既にパブリックドメインとなっている音源の保護をゾンビのように蘇らせれば、その混乱は想像を絶しますし、結果として著作権法そのものを破綻させます。

結論から言えば、今回の法改正によっても適切に経過措置がとられるようです。
以下が経過措置に関わる法律案の条文です。

(著作権法の一部改正に伴う経過措置)
第七条 第八条の規定による改正後の著作権法(次項及び第三項において「新著作権法」という。)第五十一条第二項、第五十二条第一項、第五十三条第一項、第五十七条並びに第百一条第二項第一号及び第二号の規定は、施行日の前日において現に第八条の規定による改正前の著作権法(以下この項において「旧著作権法」という。)による著作権又は著作隣接権が存する著作物、実演及びレコードについて適用し、同日において旧著作権法による著作権又は著作隣接権が消滅している著作物、実演及びレコードについては、なお従前の例による。
2 新著作権法第百十六条第三項の規定は、著作者又は実演家の死亡の日の属する年の翌年から起算して五十年を経過した日が施行日以後である場合について適用し、その経過した日が施行日前である場合については、なお従前の例による。
3 新著作権法第百二十一条の二の規定は、同条各号に掲げる商業用レコード(当該商業用レコードの複製物(二以上の段階にわたる複製に係る複製物を含む。)を含む。)で、当該各号の原盤に音を最初に固定した日の属する年の翌年から起算して五十年を経過した日が施行日前であるもの(当該固定した日が昭和四十二年十二月三十一日以前であるものを含む。)については、適用しない。
(罰則に関する経過措置)
八条 施行日前にした行為及び附則第五条の規定によりなお従前の例によることとされる場合における施行日以後にした行為に対する罰則の適用については、なお従前の例による。

法文というのは実に分かりづらいものなのですが、ポイントは「旧著作権法による著作権又は著作隣接権が消滅している著作物、実演及びレコードについては、なお従前の例による。」の部分です。
つまり、この法改正の時点で既にパブリックドメインとなっている音源については、この法改正によっても権利は復活しない、従前の通りですよ・・・と言うことです。

ですから、既に著作権の切れている作曲家の権利が復活することはありませんし、録音についても同様と言うことです。
個人的にはストラヴィンスキーやショスタコーヴィチの作品がはるか彼方に遠のいたのは残念ですが、それでもクラシック音楽全体から見れば微々たるものです。

録音に関しても、現状では既に1965年までに発売された音源はパブリックドメインとなっています。TPP協定の締結に伴う法律の施行が何時になるかは分かりませんが、少なくともこれだけあれば十分です。
出来得れば、法の施行がもう2,3年延びてくれれば御の字ですが、まあ贅沢を言うのは止めましょう。

クラシック音楽にとって、50年代と60年代こそが黄金の時代です。その大部分がパブリックドメインとなるならばほぼ不足はありません。
アメリカの横やりに対する危惧があったので、この半年ほどはかなり無理をして録音をアップしてきました、どうやらもう無理をする必要はないようです。これからは、少し押しを落ち着けて更新していきたいと思います。



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