「藤井 聡太」とは何ものか(1)

世間のあれこれの話題についてこのサイトでふれることは出来る限り控えてきました。
理由はいろいろとあるのですが、それでも職を退いて自由となった身であるならばある程度は自由に発言してもいいでしょうし、何よりもそれが年寄りの責務かも知れないという気もします。

ただし、あまり生臭い話を俎上に上げると、「純粋に音悪を楽しむ場にそう言うことは持ち出さないでくれ」と言われます。
まあ、そう言う気持ちも分からないでもないので、まあ初めのうちはあまり生臭い話を持ち出すのは控えましょう。(^^;

「藤井 聡太」という人物が登場したことで、いつもはマイナーな世界の片隅でひっそりと生き続けてきた「将棋」の世界がテレビのワイドショーまでをも賑わせることになりました。
子どもの頃から将棋には親しんできて、取りあえずはペーパードライバーに近い状態ですが「アマチュア有段者」という肩書きも持っている身としては嬉しい限りです。

実は、彼がデビューと同時に29連勝を果たしたときは「凄いものだ」とは思いながらもそれほど驚きはしませんでした。
実はあの騒動の時に、ほとんどの将棋関係者ならば知っている事実を誰も口にしませんでした。

プロの将棋の世界には「鮫」と「鰯」という言葉が存在しています。

誰が言いだした言葉かは知りませんが、プロ将棋という世界のシビアな現実を見事に表現した言葉です。

サメとイワシ

将棋という競技は「偶然」が介在する余地が非常に小さくて、対局者の間に明確な力量の差があれば結果はほとんど見えているも同然です。
そして、現在は100人を超えるプロ棋士が存在しているのですが、その半数近くの(言葉は悪いですが)底辺層の棋士と一握りのトップレベルの棋士との間には歴然たる棋力の差が存在します。

ただし、将棋の棋戦システムでは、そう言う底辺層の棋士がトップレベルの棋士と対戦するためには予選から何局も勝ち続けて上がってこなければいけないので、現実問題としてそう言う組み合わせが実現することはほとんどありません。
ところが、若手の棋士は「奨励会3段リーグ」という「鬼のような世界」を勝ち抜かなければプロの4段になることは出来ません。
そして、そう言う「鬼の世界」をもの凄い勢いで勝ち抜いてくる人は結構いるもので、そう言う人はプロ入りした時点で既にトップレベルの棋士と大差ない棋力を持っています。そして、それは珍しい話ではなくて、逆に言えばそれほどの才能がなければトッププロになる事は出来ないのです。
しかしながら、それほどの棋力を潜在的に持っていたとしても、「奨励会の3段リーグ」を勝ち抜いてプロ棋士になった人は、まずは一番下の「C級2組」からスタートします。
ですから、全ての棋戦は一番最初の予選からスタートすることになります。
つまりは、「鰯」が群れ泳いでいる生け簀の中に「鮫」が放たれるのです。

言うまでもなく、もの凄い勢いで「鬼の世界」を勝ち上がってきたのが「鮫」で、その他大勢の棋力が劣る連中が「鰯」と言うことになります。
もちろん「鰯」も最初から「鰯」だったわけではないのですが、「鮫」になりきれなかった人は気がつけばみんな「鰯」になってしまっているのです。

当然の事ながら「鮫」は片っ端から「鰯」を食べて肥え太っていき、あっという間に鰯が群れ泳ぐ海域から、鮫が泳ぎ回るトップ棋士の世界に移動していってしまうのです。
「鰯」に出来ることはそう言う「鮫」が早くこの海域から消えてくれることを祈るだけなのです。

鰯の群れに半垂れた「藤井鮫」

ですから、藤井聡太がデビュー戦から29連勝したのは鮫が鰯を食っただけの話なのです。
もちろん、その中に何匹かの「鮫」もいたのですが、それでも大部分は「鰯」でした。
藤井聡太は史上最年少で、さらにわずか1期で「鬼の世界」を勝ち抜いてきた逸材ですから、感心はしましたが驚きはしなかったわけです。

しかしながら、今回話題になった朝日杯での優勝と、現在進行形の14連勝には驚嘆するしかないのです。

佐藤名人、羽生2冠、広瀬8段を続けて破ったのは凄いニャン!!

何しろ、この14連勝は朝日杯の準々決勝で現名人の佐藤天彦を破ったところから始まり、その後よく知られているように準決勝で羽生善治、決勝で広瀬章人八段を破った星が含まれているのです。
広瀬章人八段はA級に在位する棋士であり、今期のA級順位戦のプレーオフにも残っているので、名人戦挑戦の芽をまだ残している実力者です。

この「鮫の中の鮫」とも言うべき実力者を、棋譜を見る限りでは危なげなく勝ちきってしまったのですから驚くしかありません。

昔は将棋という競技は「経験」がものを言うと言われましたから、40代から50代くらいが脂ののりきったピークだと言われていました。
しかし、コンピューターを活用することで定跡が系統的に整理され、さらには棋譜という情報へのアクセスが容易になったこともあって、本人の努力次第でプロ4段レベルまでたどり着く道筋が整理されました。そして、プロの世界ではこれよりも上のレベルでのせめぎ合いが課題となり、若手棋士が研究会を熱心に行うことで定跡の精度と整理が飛躍的に向上しました。

その結果として何が起こったのかと言えば、長年の経験に基づいた将棋にしがみつく連中は、熱心に研究を行う若手に対して歯が立たなくなったのです。この「身を削るような研究」について行けないロートルはあっという間に「鰯」へと転落していき、研究に励む若手はそう言う「鰯」を食べまくってトッププロへと上りつめていくという構図が出来てしまったのです。

これがいわゆる「羽生以降」と呼ばれるプロ将棋の構図になったのです。
研究の深化は、今までは「これにて先手良し」となっていた変化があっという間に対策が用意されて通用しなくなるのが日常茶飯事になるのですから、昔の棋士みたいに酒場でうだうだと時を過ごしていればあっという間に「鰯」の仲間入りなのです。
ですから、「鰯」にならないためにはその様に日々進化する研究の最先端をフォローし続けていく気力と体力が不可欠になりましたから、結果として実力のピークが大きく前倒しされるようになり、概ね20代から30代がそのピークと言われるようになっていきました。

中年以降のおじさん世代にとっては厳しい世界になってしまったわけです。
そして、話がそれますが、50歳近くになっても最新の研究をフォローしてトップ棋士の地位を維持している羽生は凄いのです。

ところが、藤井聡太の登場は、その様な棋界の構造をさらに変えようとしているように見えるのです。
いや、もう少し正確に表現すると、藤井聡太に代表される若手達が棋界の構造をさらに変えようとしているのです。
そして、その原動力となっているのが「AI」の登場とその性能の飛躍的な向上です。

ですから、おそらくは、藤井聡太とは何ものなのかを考えることは、そのまま「AI」とは何なのかを考えることにつながっていくのだと思われます。(続く)


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