レコード芸術誌の休刊

5月は気候がよいと言われるのですが、年をとってくると朝と日中の寒暖差が意外と体にこたえてきます。「寒暖差疲労」とかいうらしいのですが、若い頃はそんな事は微塵も気にならなかったのですが、そう言うことを切実に感じるということが年をとるということなのでしょう。
それに、なんとも言えず足が冷えますね。若い頃は冬でも素足で過ごしていて、仕事から帰ってくると真っ先に靴下を脱ぎ捨てていたのですから自分でも吃驚です。
以前ならば気にもしなかったこと、何ということもなくやっていたことが少しずつ出来なくなっていくというのが「老い」というものであり、それはそれで受け入れていかなければいけないのでしょうね。

まあ、諸先輩方から見れば70歳にもならずして何を言ってるんだと叱られそうですが。

さて、いささか旧聞に属しますが、レコード芸術誌(以下、「レコ芸」)が今年の7月号を持って休刊することが決まったようです。この世界で「休刊」といえば実質「廃刊」ですから、クラシック音楽を愛するものにとっては一つの時代の終わりなのかもしれません。

一つの時代の終わりなのかもしれませんね。


クラシック音楽を聞き始めた頃は、「レコ芸」は重要な指針でした。
当時のレコードは新譜で2800円、再発盤で2000円という時代でした。まだ若くてお金もなかった頃ですから、とりわけ「新譜」に関しては「外れ」はつかみたくないというのは切実な思いでした。
そう言うときに、「レコ芸」の「特薦」や「推薦」は少なからずというか、大いに意味を持ちました。さらに年末に発表されるレコード・アカデミー賞の権威も大変なものでした。

しかし、経験を重ねる内にそういう「特薦」や「推薦」に違和感を覚えるようになり、その違和感が不信感に変わったのがピリオド演奏の台頭でした。私が毎月購読していた「レコ芸」の購入をやめたのはピリオド演奏が台頭してきた頃だったように思います。
そして、その頃からネットの時代に突入し始め、私もまたそのネットの世界に参加していくようになりました。
とりわけ、「メーリング・リスト」というのは刺激的な存在でした。そこではごく普通の一般のクラシック音楽ファンが熱く論議をかわしていて、それは往々にして「レコ芸」の評論家批判へと収斂していくことが少なくありませんでした。

そして、ブログの時代にはいると飛躍的に多くの人が自由に己の考えを発信するようになり、さらにSNSの時代になれば、もうあらゆる情報がネット上に溢れるようになりました。
そんな時代にあって文字媒体の雑誌が生き残っていくというのは途轍もなく難しいことなのでしょう。何しろ、最近では文字媒体どころかテレビという存在ですらその存続の足元が揺らいでいます。

ただし、「レコ芸」が長きにわたって果たしてきた役割に関しては私は否定するつもりはありません。
功罪はそれぞれにあるでしょうが、それでも極東の島国に西洋のクラシック音楽というものを根付かせる上で果たした役割は決して小さくはありません。少なくとも、クラシック音楽の「価値」というものを「統合」して、そのレベルを高めたことは無視できない功績です。
しかし、そう言う「統合」がネットの時代ににはいると逆に忌避される最大の要因にもなっていきました。

確かに個々人の自由な判断によってそう言う「統合」の壁を打ち破ったことは悪いことではありませんでしたが、そう言う「統合」を打ち破って価値観が多様化していくとそれがある種の分断に繋がるという経験を様々な分野で私たちは経験してきました。
おそらく、この二律背反をどの様に解決していくのかということがこれからの一番大きな課題になるのではないでしょうか。

この課題を乗りこえていくためにはもう一度「統合」という「大きな物語」を持ってきても無駄なことは明らかです。
そうではなくて、それぞれが持っている素直な思い、「小さな物語」を持ち寄って、それを互いに批判し合うのではなくて(論破することにだけ熱心な人が多すぎますね)、お互いに受容しながら少しずつ足し算や時には引き算などもしていくという「寛容性」こそが大切なのかもしれません。
なんだか話がクラシック音楽という狭い話からいきなり大きな話になってしまって恐縮ですが、レコ芸の休刊を受けてそんな事まで頭をよぎった今日この頃です。

13 comments for “レコード芸術誌の休刊

  1. yk
    2023年5月12日 at 7:56 PM

    「レコード芸術」、休刊ですか・・・。私は”休刊”の情報さえこの場で初めて知った・・・ほど「レコード芸術」とは程遠いところにいるようになってしまいましたが、それでもある種感慨はありますね。
    仰せの通り「レコード芸術」が”レコード評論”という分野で果たした役割は小さくありませんでした。が、それがあくまで”レコード評論”の域にとどまり、”音楽・芸術評論”になり得なかった・・・と言ったところの限界が”休刊”につながったのかもしれません・・・尤も、ソレは「レコード芸術」誌が無暗に対象分野を拡張することなくそのタイトル通り”レコード”の枠を忠実に守った結果でもあって、決して同誌の罪・誤り・失敗と云うものでは無いとも言えますが・・・・。
    今後我が国のクラシック界が”レコード(録音音楽)”や”演奏”とどのような関係を保ち(排し?)ながら、継続(衰退?)していくのか、現状”ハイレゾ”の状況など見るにつけ予断は許さないようにも思いますが、”老人”も興味をもって見守っていきたいものです。

  2. yung
    2023年5月13日 at 11:54 AM

    今さら高いお金を出して買いたい新譜もほとんど見あたらず、レコード業界全体が苦況に落ちいっている中で満足に広告も集まらなくなったことが最大の原因だったようです。
    聞くところによると発売部数は10万部と公表しているようですが、実部数との間にはかなりの開きがあったようです。一部では実部数は1万部程度という報告もあります。

    再開を望むネット署名なども始まっているようですが、おそらく復活は難しいでしょうね。
    ネットで、かつ無料でパブリック・ドメインとなっているクラシック音楽の配信している奴が今さら何を言っているんだと言われそうですが、そう言う時代になってしまったと言うことなのでしょう。

    でも、コンサートなどはコロナ明けで盛況のようですから、レコ芸の休刊がそのままクラシック音楽の衰退に繋がるようなインパクトはもはや持っていないでしょうね。

  3. たつほこ
    2023年6月1日 at 1:37 PM

    レコ芸、懐かしい言葉です。地方出身、田舎者にとって重要な情報源でした。月評、広告、特集、付録から「勉強」しました。録音評や、三浦某氏の海外情報(それがコピペであったとしても)まで隅から隅まで読みました。アカデミー賞の評価の文章をいまだに覚えているものもあります。レコードは全国ほぼ一斉に発売されたので、レコ芸が新譜や旧譜の案内書として役にたちました。都会にいなけりゃ、音楽の友誌なんか関係なかったですね。レコードと国営放送のFMで育ててもらいました。月評が二人制になった途端、月評の権威は落ちましたね。残酷でした。大フィルのレコードもDGのレコードも同じ値段で売られている理由も、大人になるとわかるようになりました。月刊誌がなくなることで、今後、偶然クラシック音楽に興味をもつ機会は減るのかな。同じ海外からの嗜好品?であるワインは、50年間、国内で大進化を遂げたが、クラシック音楽ファンはどうだろうか。首都にオペラ劇場もできて久しく、テレビで指輪のダイジェストが流れるようになったんだから、それなりに進化したかなと思いたいですね。

    • yung
      2023年6月1日 at 3:22 PM

      最近、我が町の市民オーケストラの定期演奏会がありました。友人も何人も参加しているの聞きに行かねばなりません。
      プログラムはナブッコ序曲(ヴェルディ)、カレリア組曲(シベリウス)そして「エロイカ」で、さらにくわえて地元出身の作曲家に委嘱した新作もあるという意欲的なものでした。
      演奏のレベルも毎年確実に向上し、「エロイカ」などは力の限界に挑戦したという感じでした。

      それ以外にも市民合唱団が「ミサ・ソレムニス」、若い子たちが中心となったミュージカル上演など田舎の小さな町にしては頑張っています。
      今は各地で、こういう動きが増えてクラシック音楽も含めて裾野は広がってきているようです。

      • たつほこ
        2023年6月2日 at 5:56 PM

        音大出身者も社会に増えて来て、身近でもなんとかの手習いで楽器の習い事をする人がいます。音楽を聴いていたファンが、自分で音楽をしたり、アマチュアの演奏を楽しむまでになって来たと言うことですね。Blue sky labelは、気安く音楽が聴け演奏を比べられることで、自分が好きな音楽や演奏家を発見できる場所を提供してくれています。このようなサイトも技術の進歩だけによってではなく、クラシック音楽ファンの進化(とyungさんの献身)があってのことでしょうね。法律でパブリックドメインに今はなっていないけど、将来、リストに加えるべき音源があれば、それをリストアップするのも面白いと思います。ストラビンスキーはいつパブリックドメインになって、どの音源がアップされるのを待っているだろうかなど興味あります。これからも、音楽ファンがより多く生まれるよう期待します。

        • yung
          2023年6月2日 at 7:44 PM

          法律でパブリックドメインに今はなっていないけど、将来、リストに加えるべき音源があれば、それをリストアップするのも面白いと思います。ストラビンスキーはいつパブリックドメインになって、どの音源がアップされるのを待っているだろうかなど興味あります。

          これは、2018年の法改訂(改悪?)で保護期間が50年から70年に延長されましたので、作品そのものの著作権も、録音などの隣接権も今後20年近く新たに追加されるものはない状況になってしまいました。
          ちなみに、ストラヴィンスキーは1971年に亡くなっていますから、死後70年まで著作権が保護されますからパブリック・ドメインになるのは2042年です。さらに、その時までに戦時加算という敗戦国日本へのペナルティ措置が残り続ければさらにおおよそ11年が追加されますから2053年の中頃ということになるのでしょうか。
          まあ、当分の間パブリックドメインに新規加入はないと言うことです。

          それから、「音大出身者も社会に増えて来て、身近でもなんとかの手習いで楽器の習い事をする人がいます」は全くその通りですね。我が町の市民オケも音大出のホルン奏者が一人加入したので大きな弱点が随分と克服されて「エロイカ」を取り上げることが出来たようです。(大きな声では言えませんが、楽団に参加している友人から聞いた裏話です)

  4. そめちゃん
    2023年6月2日 at 2:11 PM

    レコ芸休刊については、皆さんいろいろな思いがあるようですね。私の学生時代のアルバイトの自給100円、レコードは2,000円という時代。良い演奏のレコードを購入したいという気持ちがありましたね。実質は廃刊なのでしょうか。それなりに面白く読んではいたのですが、特にいつからかオーディオ関係の記事に高級品の紹介が多くなり、これは高給を得ている人対象なのかと思い、大丈夫かと心配していたら、案の定でした。スイングジャーナルも廃刊になったし、紙の媒体の時代じゃないのでしょうか。ところで、レコ芸の名曲名盤を何回分か自炊してPDFにしたのですが、読みたい方がいらっしゃればお分けします。

    • yung
      2023年6月2日 at 3:12 PM

      私の学生時代のアルバイトの自給100円、レコードは2,000円という時代。良い演奏のレコードを購入したいという気持ちがありましたね。

      この気持ち、よく分かりますね。
      働き始めてそれなりに自由に金が使えるようになったときは本当に嬉しかったものです。
      それでも当時は新譜は2800円でしたから、失敗したくないという気持ちは強くて、レコ芸信者でした。
      私の場合はピリオド演奏への傾斜がレコ芸離れの原因でしたが、やはり、紙媒体の時代は終わったのでしょうね。序でながら音楽もまた形のあるソフトからデータへと移行していくのは避けられないでしょうね。

  5. Dr335
    2023年6月5日 at 12:24 PM

    レコ芸は高1の時から欠かさず読んでいたので、ショックです。もはや「推薦盤」にこだわってはいませんが、どんなCDが発売されたのか、自分の知らない面白そうな曲はないか、世の中の流れはどうなのか、といった総合的な情報源として活用してきました。これからは自力で情報収集しなければならないかと思うと、気が重いです。音楽の友がディスク情報を充実させてくれて、少しでも代わりになってくれれば乗り換えるのですが。
    スインゲジャーナル廃刊を期に私は新しいジャズを聴くのを止めてしまいましたが、さすがにクラシックを止める気にはなりません。 このサイトで古い音源を聴かせていただいて、何度も目から鱗の思いをしましたが、新しい音源については皆様如何されていらっしゃるのでしょうか。ご教示願えれば幸いです。

    • yung
      2023年6月5日 at 2:40 PM

      このサイトで古い音源を聴かせていただいて、何度も目から鱗の思いをしましたが、新しい音源については皆様如何されていらっしゃるのでしょうか。ご教示願えれば幸いです。

      私自身は新しい録音にはほとんど興味を失っているのですが、新しいプレーヤーはチェックしておきたいという思いはあります。そこで、現状で一番役に立っているのはNHKです。
      N響の定期演奏会だけでは不十分ですが、早朝のクラシック倶楽部では結構いろんな演奏家をカバーできます。それと、日曜夜の「クラシックシアター」では海外演奏会の様子もフォローできます。
      それにネット情報をくわえて、現状はそれで良しとしています。

  6. gkrsnama
    2023年9月19日 at 12:21 PM

    ヤフオクを見たら名盤300枚組一円などがいっぱい出ていて、クラシック音盤業界の崩壊が始まったのだと思います。

    しかし考えてみれば当然、クラシック業界は、楽譜自体がいくら素晴らしくても固定されている。同じことを繰り返していれば、いずれ需要が飽和するのは仕方のないことです。はじめは熱烈に受け入れられて圧倒的な支配権をもっても、10年ほどで後退する。最近も中国で見ました。まして「作曲者の意図に忠実に」「楽譜に忠実」という権威主義的的価値観のものとで、形ばかり整った大同小異の演奏を大量生産すれば、需要の飽和が早まるのは仕方ありません。

    レコード芸術とは、このようなクラシック音盤業界に外から能書き(記号)を付与して延命させる試みだったのでしょうが、もう限界です。

    これからは能書きや権威主義や演奏スタイルなどどーでもいいから「音楽を聞いたら感動した」というところに立脚しないと、クラシック界の再生はないでしょう。

  7. 覆面吾郎
    2024年6月5日 at 5:32 PM

    クラシック愛好家として初歩の頃は、お世話になりました。Dキーンさんの音楽エッセイ、英国音楽への傾倒と啓蒙に心血注いだ三浦淳史さん、古楽の分野への嗜好に多大に貢献なさった皆川達夫さん‥。でも、ネット社会の発生と拡大の時期と執筆陣のレベルダウン&マンネリ化がかち合い、休刊のやむ無きに至った感もございます。でもレコ芸相談室への質問、情報保護法が施行される前の交換のページによる廃盤の個人間売買による入手、二回ほど掲載させて貰った読者投書箱‥。懐かしい思い出いっぱいのメディアで、ございました。先日、オンライン化による復活を目指し、千五百万円の募金とのこと、微力ながら○万円振り込ませていただきました。ボンバイエ、レコ芸!

  8. toshi
    2024年9月3日 at 11:06 PM

    レコ芸の休刊については色々な受け止めがありますが、私から見るとある種のパラダイムシフトの結果と考えています。特に深刻なのが私達聴く側ではなく、音楽を提供する側(演奏家、マネージメント、レコード会社など)の衰退かと思います。クラシック音楽業界は「だれがクラシックをだめにしたか」という書籍で分析されているように1980年代から衰退が始まっていると言われています。そしてこの10年くらいの間にインターネットの普及によりYouTubeやサブスクで無料や定額で音楽を聴くことができる時代になり、音源によるビジネスは悪化の一途を辿っています。今年ドイツ・グラモフォンがサブスクを開始したことは、このことを裏付けると言って良いと思います。

    これだけではなく私個人が感じている、クラシック音楽が衰退している原因は2つあります。
    1つは50年前と今では時代が違い、音楽も違う点。50年前はムラヴィンスキーの音楽のように今の時代では存在しない音楽が存在し、ウィーンフィルのように男性だけのオケが存在した。当然下手なオケも沢山あった。でも今の時代はウィーンフィルも普通のオケになりつつあり、昔のように下手なオケも少なく、そこそこどのオケも技術的には上手くなっている。またチェリビダッケのように十数回のリハを要求する指揮者もいない。どの演奏聴いても大差なく思える。
    2つ目は、比較的高齢の演奏家の聴衆への向き合い方の問題がある。
    聴衆は自分の芸術を黙って聴いていれば良い、というスタンスの演奏家が結構見られる。
    自分の仕事が減っているのは他者に問題があるようなニュアンスの発言する人もいます。
    (具体名は出せないが何人かいます) 聴衆への向き合い方を感じたのは皆川達夫さんの
    以下の文章を読んだからです。

    「いつのまにか聴衆は、観客席に冷たく座って、ただ演奏をうけ
    たまわっているだけになり、音楽を作りだす主体ではなくなってしまった。そ
    れのしっぺ返しが、聴衆のクラシック離れです。そこには生命の火がないから
    です。ところが、その生命の火がポピュラーの世界では今も生き続けている。
    さらにアイドル・タレントや落語とか、芸能の世界では今も生き続けている。
    残念ながら、それがクラシックの世界では失われてしまった」

    殆どの演奏家はプロですが聴衆の多くは素人です。音楽の楽しさ以前に芸術論を振りかざしても、
    聴衆は離れていくばかりではないでしょうか。

    逆に希望もあります。聴衆に音楽の楽しさを伝える努力をしている演奏家も多く、SNSなどで情報発信などもされています。ネットで今年期待される演奏家で検索すると若い人ばかり。こういう演奏家に期待したい。

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