今週の一枚(6) ヴィヴァルディ:ヴァイオリン協奏曲集「四季」より「冬」

何の根拠もない話ですが、冬型人間と夏型人間という区別があるような気がします。

どちらかと言えば冬になると元気が出るのが「冬型人間」、その逆に夏が元気というのが「夏型人間」です。もちろん、季節なんて関係なしに一年中元気という幸せな方もいるでしょうが、まあレアですね。
そして、日本という社会においては、どうも「冬型人間」の方が得なような気がします。

日本という社会においては、スタートラインは一月ではなくて四月というのが一般的です。
何と言っても、学校は四月から新しい学年がスタートしますし、官公庁も全て四月がスタートラインです。民間企業でも、未だに人事異動は四月というのが多数派を占めています。
そんな社会においては夏型人間というのはどうにも分が悪いです。

夏型人間は日本社会ではスタートダッシュは抜群です。
新人であれば上司から「あいつはなかなかやるじゃないか」などと思ってもらえます。ところが、秋風が吹き始めるころから次第に元気がなくなって、極寒の年度末に冬眠状態になったりしてしまうと、スタートダッシュが素晴らしかっただけに非常に印象が悪くなります。

冬型人間はこの逆です。
苦手な夏を何とか乗り切れば、秋風が吹き始めるころから次第に元気になってきて、極寒の年度末は絶好調と言うことになります。そうすると、最初はそれほどでもない思っていた新人が、上司の指導の成果でスキルもモチベーションも上がったように見えたりするので非常に印象がよくなったりします。

はっきり言って理不尽です。
理不尽ですが、ある区切りに向けてキチンと帳尻をあわせるというのが人間社会においては必要なことですから、その最後の区切りが三月末に設定されている日本社会ではどうしても冬型人間が有利だと言うことになります。

これが九月がスタートラインになる欧米社会だとこの関係が逆転します。
そして、さらに推論を進めれば、それぞれの社会構造に適用した人間が出世をして社会の中枢を占めると考えられます。結果として、日本では「冬型人間」の社会が出来上がり、欧米では「夏型人間」の社会が出来上がるような気がします。
そして、感覚的な話にすぎませんが、それがそれぞれの社会の気質にも影響を与えているような気もします。

冬の水一枝の影も欺かず     中村草田男

冬という季節が持つ「潔さ」を見事に表現した句ですね。
草田男さんもきっと冬型人間だったんだと思います。そして、こういう「潔さ」みたいなものが日本社会には通底しているような気がします。
それ故に、そう言う「潔さ」を失うとこの社会では非常に嫌われます。

(Vn)シュナイダーハン バウムガルトナー指揮 ルツェルン祝祭弦楽合奏団 1959年10月録音

この第1楽章のヴァイオリンは無茶苦茶格好いいです。
見方によっては、夏型人間のあふれるようなバイタリティで苦手な冬をねじ伏せにかかっているようにも聞こえます。
シュナイダーハンのヴァイオリンも苦手な冬に対する「こんにゃろ感」みたいなものがあふれていて、非常に格好いい演奏に仕上がっています。

ヴィヴァルディ:ヴァイオリン協奏曲集「四季」より「冬」「第1楽章」
ヴィヴァルディ:ヴァイオリン協奏曲集「四季」より「冬」「第2楽章」
ヴィヴァルディ:ヴァイオリン協奏曲集「四季」より「冬」「第3楽章」

1 comment for “今週の一枚(6) ヴィヴァルディ:ヴァイオリン協奏曲集「四季」より「冬」

  1. 2014年2月1日 at 9:45 AM

    yung さま こんにちは
     いつも、素敵な文章を読ませていただいてます。
     深謝
     さて「四季」、・・・大好きです!
     題からして響きのがいいです。
     華やかなヴィオリン(弦楽)演奏、
    クラシックを好きになった原点です。
    ・・・・・・・・・・・・・
     春夏秋冬、この順なのか、今まで考えてもいなかった。
     夏型(冬型)人間! なるほど。
     私、どちらかというと苦手な冬ですが好きです。
      若い頃、汗かきで恥ずかしかった。 
      こんなんで「寒:冬」を選んでしまします。
      一方、冬なのに、ぬくぬくとした部屋で四季を聴くと
     寒かった昔の日本式住宅を懐かしいと思うことも。
    ・・・・・・・・・・
     四季につられて思いを書いてみました。  
     
     

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