トスカニーニ最後の演奏会

“このディスクはトスカニーニの生涯最後の演奏会をすべて収録したものである。この演奏会の「タンホイザー」序曲とバッカナーレの途中、トスカニーニは記憶障害を起こし、そこで演奏が中断されるというショッキングな出来事が起きたため、トスカニーニは引退を決意したと言われている。この演奏会はよく知られているようにステレオでも収録されているが、そのステレオ版にはその空白の時間が収められていない。しかし、ベン・グラウアーのアナウンスにより生中継されたラジオ放送は、音声そのものはモノーラルではあるが、この空白の時間が克明に記されている。それは突然襲ってくる。長い沈黙のあと、グラウアーが"Due to operation difficulties, there is a temporary pause of our broadcast from Carnegie Hall" (技術上の不手際により、ただいまカーネギー・ホールからの放送が中断しています)と言い、一瞬だが調整室のスタッフが凍り付いているような緊張感も伝わってくる。”

評論家平林直哉氏自主制作CD?R
M&Aからリリースされたステレオ録音が話題になっているようです。もちろん疑似ステではなくて真正のステレオ録音と言うことで、音質もかなり良好なもののようです。ただし、このステレオ録音はあの有名な「歴史的事件」の部分はカットされています。
さて、そうなると、人間というのは残酷なもので、トスカニーニが記憶を失って立ち往生してしまった「空白部分」もリアルに聞いてみたいという欲望が生まれてきます。そして、需要のあるところ供給ありで、平林直哉氏による自主制作盤レーベルからこの空白部分がリアルに収録されたCDがリリースされたようです。
最近考えるのは、この記憶喪失は突然やってきたものなのか?ということです。一般的には突然の出来事にショックを受けたトスカニーニはこれをきっかけにすっぱり引退をしたことになっているのですが、果たしてそうなのでしょうか?
音楽に己の人生をかけてきたこの男が、たかが一度のアクシデントでそれを捨て去ってしまうものでしょうか?そうではなくて、このような記憶障害がたびたび彼を襲っていて、いつか演奏会でそれが原因となって大失敗をしでかすのではないかという恐れを抱き続けてきたのではないでしょうか?
「われわれは予期せぬものにつまずいたときよりも、予期したことが起こったときに、驚くものである。」(エリック・ホッファー)
もしそうだとすれば、その様な恐れを抱きながらも最後の最後まで指揮活動を続けた事に、トスカニーニという男の凄味と執念を感じます。ならば、このようなCDは世に出すべき物ではないのかもしれません。もちろん、色異論試験あるでしょうから、出来得れば、何故にこのようなCDをリリースしたのか、平林氏本人に尋ねてみたい気がします。

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です