高野山町石道(1) 慈尊院(180町石)~展望台(166町石)

高野山町石道は「こうやさん・ちょういしみち」と読む。いわゆる高野山への参詣道であり、1町ごとに「町石」という目印がたてられているので「町石道」と呼ばれてきた。
高野山への参詣道は昔から「高野七口」と言われるようにたくさんあるが、この九度山町の慈尊院をスタート地点とし、壇上伽藍の根本大塔をゴール地点とするこのコースが表参道とされいる。

「町石」はスタート地点の慈尊院が「180町石」で、そこから一つずつ数が減っていく。根本大塔の少し手前にある「1町石」で「町石」は終わりとなる。
ただし、高野山の入り口にあたる「大門」で高野山の町並みに入るので、今の時代にこのコースを歩くものにとっては「大門」が実質的にはゴールである。

現在まで残っている石製の「町石」が作られたのは鎌倉時代だといわれている。
中世の条里制では1町は概ね109メートルになるが、当然の事ながらそこまで厳密に計測してたてられたものではない。実際に歩いてみれば随分と長かったり短かったりするのだが、それはやむえないことであろう。

2004年に高野山が世界遺産に登録されたことでこの「町石道」も世界遺産となり、そのおかげで荒れていた道も見違えるほど整備された。
現在は迷いそうな場所にはきちんと道標も整備されている。

この世界遺産の「高野山町石道」を1度は歩いてみたいとかねてから考えていたのだが、ようやくにしてその機会が巡ってきた。
全行程は21キロメートルにもなるので2回か3回に分けて歩く人も多いと聞いたのだが、還暦を迎えた己へのチャレンジという意味もこめて、今回は一気に歩くことにした。

慈尊院

慈尊院は弘法大師が高野山への表玄関として伽藍を創建し、高野山一山の庶務を司る政所(寺務所)としたお寺であり、空海の母が晩年に身を寄せた女人高野の寺として有名である。
空海もまた、そんな母のもとにひと月に九度通ったというので「九度山」という地名がついたという。

しかし、今はそんな「空海の母」よりも「高野山案内犬ゴン」のお寺としての方が有名かもしれない。
これ以上無駄な説明は差し控えるが、知らない方は「高野山の案内犬ゴン 高野山開創1200年」あたりをご覧いただきたい。

高野山案内犬ゴンの石碑

町石道を目指すものにとっては、今は立派な石碑になって弘法大師の横に座る身となったゴンにまずはお参りをして出発すべきであろう。

弘法大師の横に座るゴン

慈尊院(180町石)~展望台(166町石)

スタート地点の慈尊院には小さいながらも立派な多宝塔がある。そして、ゴール地点となる根本大塔も多宝塔であるから、この参詣道は二つの多宝塔を繋ぐ道とも言える。
この多宝塔の横から伸びる長い階段が町石道のスタート地点であり、その階段の途中に石の鳥居がある。

この長い階段が高野山町石道のスタート地点

その鳥居の横にスタート地点を示す「180町石」が立っている。

スタート地点を示す「180町石」

そして、その階段を上りきったところにも「丹生官省付神社」の赤い鳥居がそびえている。

丹生官省付神社の赤い鳥居

この参詣道は同時に遍路道でもあるから、この景観は、これから「俗界」を離れて「聖地」へ向かうんだという気持ちにさせる効果を持っている。それは、私のような「信仰心」のない人間であっても、何か別の世界に入っていくような思いにさせてくれる。
聞くところによれば、「歩き遍路」というのは「信仰心」などはなくても一向にかまわないようで、大事なことは自分の足で「歩き」、その「歩く」という行為の中で何か感じるものがあれば、それでいいらしい。

「179町石」

この階段を上りきったところが「丹生官省付神社」であり、「町石」も「179町石」となる。
階段を一つ登りきっただけでカウントが一つ進むのである。

この「分かりやすさ」が「町石道」の魅力かもしれないなどと思ったが、この「町石」にはさらに驚くべき「功徳」があることを後になって身にしみて知るようになる。
それは言葉をかえれば、昔の人の知恵の有り難さと偉さを身をもって教えていただいたと言うことなのだが、それはまた後の話である。

この神社の右手を回り込むと、勝利寺と町営駐車場に出る。
ここの公衆トイレはウォシュレット完備の綺麗さなので、ここで用を足しておく事をお勧めする。

勝利寺下の駐車場とトイレ

そして、「178町石」からいよいよ参詣道に入る。

「178町石」

なお、今回はできる限り「町石」をカメラに収めようと考えていたのだが、これがかなり難しかった。
町石の間隔はそれほど規則正しくはなく、さらには分かりにくい場所に立っている町石も少なくないからである。さらには、疲れてくると次第に注意力が低下してきて見逃してしまう場合もあった。(^^;

また、後から整理したときに、表面が摩耗して数字を読み取るのが難しいものも多く、写っている「町石」の番号を確定するのもかなり難しかった。
確定した番号はほぼ間違いないと思うのだが、2,3怪しいものもあるのでそこはご容赦いただきたい。

この「町石道」はコース全体を概観すれば最初と最後が上りになっている。

慈尊院からスタートして「121町石」の「2つ鳥居」までが最初の上りである。
その後はほぼ平坦な道が続いて、「60町石」の「矢立」から「8町石」の「大門」までが再び上りとなる。
しかし、上りと言っても登山道のような急登ではなくて、ややきつめの上りが続く程度である。ゆっくりと登っていけば足にこたえることはない(・・・はずだった)。

「175町石」

と言いながらも、さっそくに2つも「町石」を見落としてしまったようで、次ぎにカメラに収まっていたのは「175町石」だった。

ホタルブクロ

「174町石」をこえると道野辺に「ホタルブクロ」と「カラスノエンドウ」が咲きはじめた。

「174町石」

しかし、「カラスノエンドウ」にしては花つきがよすぎるので、帰ってから調べると「ナヨクサフジ」のようである。
飼料用植物として持ち込まれて今ではすっかり帰化してしまった植物なのだが、こんな古い参詣道にも進出していることに驚かされる。

「カラスノエンドウ」ではなく「ナヨクサヒジ」かな?

やがて「173町石」で大きな車道を横切る。池の上を大きな橋が横切っていて、古い参詣道とはミスマッチだが仕方がない。

新池橋とバイパス道路

町石道はこの車道と交差するのだが、車はほとんど通らない。道を横切ったところに次に「173町石」がある。

「173町石」

「172町石」

「171町石」

「170町石」

そして「169町石」あたりから少しずつ上りがきつくなる。

「169町石」あたりから上りが急になる

「168町石」をこえると、町石道はこの地方の特産品である「富有柿」の果樹園の中に入ってくるのだが、一気に紀ノ川方面の展望が広がる。

「168町石」あたりから展望が開けてくる

少し早いのだが、この少し先の道を右に折れたところに「展望台」があるので一休みする。

最初の展望台、素晴らしい眺めです

全体の行程から見れば、この最初の部分はかなり上りがきついほうである。
また、歩き始めの体慣らしもかねてここまでゆっくり歩いてきて、この展望台で一休みするのがタイミング的にはちょうどよい頃合いでもある。
それに何といっても展望が素晴らしい。

高野山方面、右の頂の左手が「大門」、左の頂近くが「奥の院」

右手の方にこれから向かう高野山の山並みが見え、さらにはゆったりと流れる紀ノ川の向こうには金剛山から続く和泉の山並みが一望できる。

紀ノ川の流れと泉の山並みが一望できる

ここで休まない手はない。

慈尊院

大阪方面から九度山に向かうには南海高野線を利用するのが一般的です。しかし、九度山には「真田丸」のおかげで無料の駐車場がたくさん整備されているので、スタート地点の慈尊院に一番近い町営駐車場に車を止めるのもいい方法です。
慈尊院のすぐ近くにある「旧体育館跡地駐車場」とか「道の駅 柿の郷くどやま駐車場」などが便利です。