高野山町石道(2) 展望台(166町石)~小さな広場(148町石)

展望台から紀ノ川の流れと和泉の山々の眺めを楽しみ、さらに目的地の高野山方面を確認して出発する。
展望台から「町石道」の方に戻ればすぐに「165町石」である。

165町石

このあたりから柿の果樹園の中を抜けていくのだが、町石道の中でももっとも展望のよい場所と言われている。

「164町石」

163町石

特に、この「163町石」は町石と周辺の景観とのマッチングがもっとも美しい場所だと言われていて、柿の果樹園の向こうに雄大な眺めが広がっている。

果樹園の向こうの雄大な景色(163町石付近)

また、あちこちにウツギの花が満開をむかえていた。

ウツギの花の向こうに青空が広がる

ウツギは「卯の花」とも呼ばれていて、「卯の花の匂う垣根に」と「夏は来ぬ」で歌われたように夏の到来を知らせる花である。

高野山町石道とウツギの花

4月のことを「卯月」と呼ぶのは旧暦4月にこの花が咲くからである。

そして、ここを過ぎると「町石道」はコンクリート舗装から土の道に変わり、いよいよ「高野山町石道だ!」という雰囲気になってくる。

コンクリート舗装が終わる

そして、今まで少しきつめの上りだったものが次第に傾斜が緩やかになってきて、右手には紀ノ川方面の眺めが続く。体も足も未だ疲れていないので、ある意味ではもっとも気分が高揚するゾーンである。

161町石

158町石

「157町石」のところを少し上がると「榧蒔石(かやまきいし)」がある。

157町石

榧蒔石(かやまきいし)

説明の看板によると「弘法大師がこの地を通り高野山まで登る途中、当時の山崎の集落の貧しさを見かね、この石の上から榧の種をまきました」と記されている。
そして、榧の木は材木としても優れ、さらには食用にもなり、絞って油にもなるので山崎の村は大いに栄えたとも記されている。

おそらく、弘法大師の偉さと有り難さを広めるために高野聖が脚色した伝承なのだろうが、それでも、高野山で使用する灯明の油を確保するために榧の栽培を依頼したことは間違いないようで、それで麓の村はかなり潤ったことは事実のようである。

さらに、次の「156町石」のところには「銭壷石(ぜんつぼいし)」なるものも登場する。

156町石

銭壷石(ぜんつぼいし) なぜかたくさんのお賽銭が・・・。

鎌倉時代に「町石道」整備したときに、北条時宗の外戚である安達泰盛が作業員への給金を壷に入れてつかみ取りにさせたという伝承が残されている。「銭壷石」はそのつかみ取りの壷を置いた石と伝えられている。
ただし、この壷は上の部分がくびれていたので、欲を出してたくさんつかむと手が抜けなくなった。
ちょっとした趣向ではあるが、それでも作業員のやる気はこういう趣向で大いに盛り上がった事であろう。

安達泰盛

ちなみに、今も残る「町石」は蒙古襲来という時代背景の中で、高野山の覚きょう上人が有力御家人の安達泰盛に働きかけて整備されたものである。
この事業は1265年に始められ20年の時をかけて1285年に完成した。

この時に整備された「町石」は寄進という形で設置されたので、それぞれの「町石」には寄進者の名前が刻み込まれている。
その寄進者の大部分は上皇や有力御家人、貴族などの裕福な人々だが、中には寄進者の名前ではなくて「十方施主」「十方檀那」の四文字だけの石が6基(5基という説もあり)あるという。
それらは財力のある特権階級ではなく、高野聖の勧進に従って多くの庶民がお金を出し合って寄進したものと思われる。

なお、この事業の中心となった安達泰盛は個人として5基、一族全体で11基というもっとも多くの「町石」を寄進している。
しかし、この町石完成を祝う落慶法要の一か月後に、「霜月騒動」と呼ばれる幕府内部の権力争いに敗れて一族滅亡という憂き目を見ることになる。

仏の功徳はどこにあるんだと思ってしまうような出来事ではあるが、それでも、この騒動で安達泰盛を葬って権力を奪い取った者の名前は忘れ去られても、安達泰盛の名前はこの町石道とともに語り継がれてきた。
この世の権勢などは風の前の塵のように消えてしまうが、仏は決して消えることのない「町石」とともに安達泰盛の名を刻み込んだのであろう。

154町石 この先に雨引山への分岐がある

「154町石」のところをこえると「雨引山分岐」があらわれる。雨引山へは10分ほどで山頂に着くのだが、かなりの急登で展望もないと言うことなので今回はパスした。

151町石

150町石

やがて、「150町石」あたりから杉林になってきて、紀ノ川方面との眺望とも分かれることになり、高揚した気分が次第に落ち着いてくる。そして、この「落ち着き」の中で歩を進む事にこそ「町石道」の価値がある事に少しずつ気づくようになってくる。

道の両側には杉林が広がる

美しい杉林が続き、頭上からは春蝉の声が降りそそいでくる。そして、木の間を抜けていく風の音にときおり郭公やホトトギスの声がまざる。

149町石

148町石道

「148町石」をこえると小さなベンチのある広場に出る。そして、どういういわけか小さな弘法大師の像が祀られている。
雰囲気的には少し一休みしたくなる場所である。

小さな広場にはベンチと弘法大師の像が祭ってある

なお、ここまでのタイムは以下のとおりである。

慈尊院 展望台 広場
9時5分 9時45分 10時25分