クラシック極上ノート:渡辺 和彦

“辛口批評家渡辺和彦の、待望のエッセイ集。バロックから近代に至る名曲、作曲家、演奏家にまつわるエピソードを深く掘り下げ、合い間合い間にヴァイオリニスト、ピアニスト、指揮者の演奏評を織りまぜて立体的に構成する。”

クラシック極上ノート (単行本)
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いわゆる「辛口評論家」というのは、「提灯持ち評論家」のネガみたいな存在であることが多いです。世間では「名盤」呼ばれているものを意図的に貶して、あまり人目に触れていない「トンデモ盤」を褒めて、いかに自分の目が利くかを自慢している評論家ばかりです。
それは、いわゆる「スタンダード」に対する対抗軸のようでありながら、その実は「スタンダード」に寄りかかった、それ故に「スタンダード」なしには成り立たない「ネガ」の域をでないことが多いようです。
渡辺はシューベルトのピアノソナタを取り上げて、「傑作は後世が育て上げるものだ」と述べています。
この物言いは、例えば青山二郎が「優れた詩人が美を歌った事はない。・・・それは・・・歌いうるものではない。美はそれを見たものの発見である。創作である。」と喝破したことの「ぼんやりした繰り返し」にしか過ぎないかもしれませんが、その意気やよしです。(もしかしたら、小林秀雄の「美しい花がある。花の美しさという様なものはない。(「無常といふ事」より)の繰り返しかな?)
「ハイドンの交響曲をめぐって」「ヨーゼフ・ハイドンふたたび」にはそう言う気概を少しは感じることが出来ました。
さらに、現代音楽について私がぼんやりと感じていた不満を明確に指摘してくれた「現代音楽「裏側」?の音楽史」も結構面白かったです。
是非とも「スタンダード」に対する「ネガ」に留まることなく、未だ誰も見いだし得なかった「美」を語るようになることを期待したいものです。