「藤井 聡太」とは何ものか(3)

経験を積んだプロの棋士であっても「抵抗」を感じるという「AI」の指し回しに、藤井聡太に代表される一部の若手棋士が順応しはじめているという話をして、その背景として、藤井聡太の場合には飛び抜けた「詰め将棋」の解答力があるのではないかと指摘しました。
まず最初に、ここは将棋関連のサイトではないので(^^;、「詰め将棋」なるものについて簡単に説明しておきます。

「詰め将棋」とは「将棋」のルールが適用されるパズルなのですが、江戸時代においてそれが著しく高度化することによって、現在では二人の対局者が盤面を挟んで競い合う「将棋」とは異なるジャンルとして確立されています。
ただし、スポンサーがついて「お金」になるような世界ではないので、運営の担い手はアマチュアの方が手弁当のボランティアとして担っているのですが、「詰将棋パラダイス(通称「詰パラ」)」と言う月刊誌も発行しています。

そして、「詰将棋解答選手権チャンピオン戦」という大会も行われるようになり、2015年3月に行われた「第12回詰将棋解答選手権チャンピオン戦」で当時12歳(小学校6年生)の藤井聡太が唯一全問正解で優勝を果たしたことが多くの人に衝撃を与えたのです。
この大会は少しずつルールが変更されてきたのですが、現在は詰め手数39手以内の問題が5問ずつ二つのラウンドに分かれて出題されるスタイルを取っています。
持ち時間はそれぞれ90分なので、3時間にわたって集中し続けて10の問題を解くと言うことになります。

詰め将棋というのは将棋のルールを知っている人でもなかなか解くのが難しいもので、たった3手詰めの問題でもなかなか解けない人が多いです。
例えば、これは江戸時代から伝わる有名な3手詰めの問題なのですが、これが解けない人にとっては全く解けないのです。詰め将棋は「将棋」のルールを基本として、そこへ以下のルールが追加されることで成り立つパズルです。

  1. 攻める方は「王手」の連続で攻める
  2. 玉方は最善、最長手順を選ぶ

そして、パズルとしてこの問題を作成する人は、正解手順が一つになるようにすることが求められます。
もしも複数の手順で玉が詰む場合はそれは「余詰め」と言われ、「不完全作品」と見なされて価値を失います。

この「3手詰め」作品の肝は第1手の「5二角成り」です。

「将棋」では「飛車」と「角」は強力な働きを持つ駒なので「大駒」と呼ばれ攻撃の軸となります。
「ヘボ将棋、玉より飛車を可愛がり」と言われるように、一般的には「失ってはいけない」駒と認識されているのです。
しかし、この3手詰めの問題では、その大切な大駒である「角」を成り捨ててしまうのですから、それは「人間の常識」を覆す一手です。

しかし、この「常識」を覆す一手によって、玉方は「同銀」応ずるしかなくなります。

そして、その「同銀」と応じたことによって生じた隙間に6二銀と打ち込むことで玉は詰んでしまうのです。

ですから、この三手詰めの正解は「5二角成り、同銀左、6二銀まで三手詰め」が正解となるのです。

蛇足かも知れませんが、反対の銀で「同銀右」とっても、今度は「4二」の地点が空くので「4二銀」と打ち込んで詰みます。


分かってみれば簡単な仕掛けなのですが、そう言う「人間の常識」や「思いこみ」を覆すような仕掛けを、それこそ江戸時代の初めから400年にわたって「詰め将棋作家」と呼ばれる人たちは磨き上げてきたのです。

そして、そうやって磨き上げあげてきた作品の中の一つの頂点と見なされているのが、江戸時代に伊藤看寿という人が作りあげた「将棋図巧」です。
人知の限りを尽くしたと言ってもいいほどの「パズル集」であり、それはもう「芸術」の領域に達しています。

そして、その様な仕掛けをさらに上回るような仕掛けを求めて現在の作家達も切磋琢磨していて、そう言う切磋琢磨の昇華とも言うべき新作10問が用意されて腕自慢達に挑むのが「詰将棋解答選手権チャンピオン戦」なのです。
ですから、藤井聡太が3連覇を果たした「14回大会」で出題された最も易しい問題である第1ラウンドの第1問でもこんなに複雑なのです。
新聞や雑誌に掲載されているような「詰め将棋問題」とは全くレベルが異なるほどの難問なのです。

作者・上谷直希
発表場所・第14回詰将棋解答選手権チャンピオン戦

おそらく、どれだけ時間がかかってもこの問題が自力で解ければ「アマチュア4段」という声も聞こえていました。
ちなみに、藤井聡太はこの大会で3連覇を果たすだけでなく、この第1ラウンドを僅か24分で終えてしまってさらなる衝撃を与えました。同じ会場で問題に挑んでいたプロ棋士の多くは藤井聡太が体調を崩して退室したと思ったようなのですが、実はその短時間で全ての問題を正確に解いていたことが分かって、もはや「人間の領域」をこえていると感じたようです。

この大会は解答用に将棋盤と駒が用意されて、そこで実際に駒を動かしながら考えることは許されているのですが、プロ棋士とその卵である奨励会員は「礼儀」として頭の中だけで考えることになっています。
藤井聡太は小学校の2年生の時からこの大会に参加しているのですが、4年生で奨励会に入会してからは全て「暗算」で解いています。
確かに、「人間の領域」をこえています。

そして、この「詰め将棋」の世界で、早い時期からその威力を発揮していたのが「AI」だったのです。
そして、現在の詰め将棋作家の大部分が、作りあげた作品に「余詰め」が存在していないかどうかをチェックするために「AI」を活用しています。

詰め将棋というものは、確かに人間の思いこみや常識を覆すような仕掛けを用意するのですが、それが長い年月にわたって積み重なることで、その様な仕掛けも「詰め将棋における常識」として蓄積されていくことになります。
もちろん、詰め将棋作家はその様な「常識」を逆手にとって、そこへ新たなる仕掛けを生み出していきます。そして、その仕掛けが見事に新しい作品として結実したと喜んで「AI」でチェックしてみると、「思いも寄らない詰め手順」が別に存在していることを指摘することがよくあるのです。
つまりは、人間というものは「常識」打ち破ろうと思って様々な仕掛けに知恵を巡らせるのですが、その知恵もまた「常識」の中に取り込まれていることが多いのです。
それに対して、「AI」というものはそう言う「常識」などにはとらわれることなく、冷徹なまでにあらゆる可能性を探査して、人間の常識をあざ笑うのです。(続く)

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