全盲のピアニスト、辻井伸行氏がアメリカのコンクールで優勝したと言うことで、世間では引っ張りだこです。
そこで、嫌われるのを承知で一言。
テレビに連日出演してピアノを弾いている辻井氏を見て、「稼げるうちに稼いでやろう」という所属事務所のあざとい意思を感じるのは私だけでしょうか?
マスコミはクライバーンのことを世界的ピアニストなどと言っていますが、それは大間違い!!
確かに、彼は若くしてチャイコフスキーコンクールに優勝して一躍スターに祭りあげられました。しかし、悲しいかな、その後はタレントのごとく引き回されてあっという間に才能をすり減らされ、その後は引退同然になってしまった人です。
* ラルフ・ヴォダペク(1962)
* ラドゥ・ルプー(1966)
* クリスティーナ・オルティーズ(1969)
* ウラディミール・ヴィアルド(1973)
* スティーヴン・デ・ グローテ(1977)
* アンドレ=ミシェル・シューブ(1981)
* ホセ・フェガーリ(1985)
* アレクセイ・スルタノフ(1989)
* シモーネ・ペドローニ(1993)
* ジョン・ナカマツ(1997)
* スタニスラフ・ユデニチ、オルガ・ケルン(2001)
* アレクサンダー・コブリン(2005)
* 辻井伸行、チャン・ハオチェン(2009)
これが、このコンクールの優勝者です。
私の不勉強かもしれませんが、この中で知っているのは66年優勝のルプーだけです。
これで、世界一のコンクールと報道するのはちょっと苦しいです。
おまけに、そのルプーの経歴を調べてみると、彼はこのクライバーンのコンクールを登竜門として世界的ピアニストとして羽ばたいていったのではないことが分かります。
彼はクライバーンコンクールにに優勝したあと、なんと、もう一度音楽院に戻って勉強し直しているのです。
そして、67年のエネスコ国際コンクール、69年のリーズ国際ピアノ・コンクールに優勝することで自信を深めて演奏活動を再開し、同年の11月にロンドン・デビューを成功させ国際的な演奏活動を始めるようになったのです。
それに、もっと口さがない連中になると、「最近は、本当に才能のある演奏家はもっと早い時期に『青田買い』されていて、そう言う連中はコンクールなんかには出場しないよ」、などと言います。そして、「昔は、それなりに才能のある人が登竜門としてコンクールに出場したけれど、今のコンクールは「敗者復活戦」だ」等と嘯くのです。(きつい・・・ねぇ)
私個人としては辻井氏のここに至る努力と彼の才能を信じ、期待したいとは思います。しかし、このコンクールで優勝したぐらいで、世界的ピアニストへの道が開かれるなどと考えれば大間違いであることだけは間違いありません。
そう言う意味で、彼がインタビューに答えて「ようやくスタート地点にたった」と語っていたのは、自分のポジションをよく把握していると感心させられました。
それだけに、所属事務所は彼を「人寄せパンダ」のように引きまして、消耗させきってしまわないことを祈るばかりです。
そして、彼がこれから何十年も活躍できるピアニストになるためにも、彼を取り巻く大人たちは、今すぐマスコミへの露出だけでなく、コンサートも一切キャンセルして、もう一度勉強に打ち込める環境を作ってあげて欲しいものだ・・・と、思わずにおれません。
ヴァン・クライバーンの活躍した時期を知っていれば、
世界的ということばに“?”を付ける人は結構いると思います。
実は、このブログを読んで納得しました。
人寄せパンダ説同感です。
是非、実力のあるピアニストになって欲しいものです。
あなたの言いたいことは分かる。
が、いかなる手段(仮にそれが世間からの同情であったとしても)であれ、目の前にチャンスがころがってきただけで彼は幸運だと思う。いくら才能があっても、チャンスが無かったり、チャンスを生かせない人間もいるのだから。
ここで潰れるようなら、クライバーンのように、所詮その程度の才能だったということ。彼の様子を見る限り、本人も十分それを分かっているように思える。
今の彼の演奏を聴きたいとは全く思わないが、10年後、真の演奏家となった彼がいるならば、そのとき聞いてみたい。
全く同感ですよユングさん。ワイドショーなんかの過熱振りを見ると少々心配です。
例のコンクールでピアノコンチェルトの指揮をしたK・コンドラシンと共演のレコードは後に(1970年代)私も買いました。F・ライナーと入れたラフマニノフの2番とベートーヴェンの「皇帝」のカップリングで2枚組みの廉価盤です。しかしリヒテル、ルービンシュタイン、ホロヴィッツ、ギレリス、当時の若手でもワイセンベルク、アシュケナージやアルゲリッチと比較すると可哀相なくらい平凡な演奏(オケは素晴らしい)でしたね。ですから当時、友人から「クライバーンなんか買うの?」と冷たい目で見られた程、すでに忘れ去られたピアニストでした。
当時クライバーンが政治的に利用されたのかは不明ですが、スタートラインに立ったばかりの有望なピアニストを、メディアや大衆の扱い方が悪いと潰しかねないのは事実。ですから辻井君に群がるレコード会社(そもそもクラシックと縁遠いAvex?!)やTV局は要注意です。第2のクライバーンとならないように環境を考えてあげないと不幸です。
我々クラシックファンは彼の10年後、20年後(30年したら私が死んでます)に大いに期待してます。彼の持つピアノの音色、本人の音楽性、人生経験が生む表現力が何処まで膨らむのか、考えただけでも楽しみです。
いつも音源を利用させて頂いております。
僕も同感です。
ルプーは賢明な判断をしたと思っております。
マスコミなどに振り回されず、突き進んでほしいです。
今日、「題名のない音楽会」で辻井氏の特集を観ました。
私自身は話題が先行する演奏家を先入観なく冷静に聞くのがとても苦手
なので今まで敬遠していましたが、今日は番組の作り方もホストの佐渡
裕の若い知り合いというスタンス(実際両者ともそういう接し方をして
いるのが話し方から、わかります)で少しも優勝したことを大袈裟に持
ち上げるようないやらしい演出を感じなかったので素直に見ることが出
来ました。
以前にこの番組のために収録したラフマニノフピアノ協奏曲第2番終楽
章とコンクール課題曲のソロの2曲をきちんと放送していました。
両曲ともフレーズとフレーズの間の雰囲気がとてもよく最後まで聴いて
しまいました。
BS朝日では今度の土曜と日曜に再放送があるので興味のある方はご覧
になっては如何でしょう。
辻井氏がどうかはわかりません。普通の名手程度ではと、聞いていません。(ヒラリーハーンくらいうまければいいんですが。彼女のバッハ、スイングしてるんですよ。)
視覚障害者で優れたピアニストというとまず松村英臣氏でしょう。彼は「世界一」といって差し支えないチャイコフスキーコンクールでベストバッハ賞をとりました。(なんでも素晴らしい出来だったのに、事務のミスで予選敗退。それを知った審査員長のニコライエーワが激怒して呼び戻し賞をあたえたそうです。チャイコフスキーコンクールでバッハの賞を出すのはさすがニコライエーワ。)
盲目の鍵盤奏者というと、バルヒャもそうですし、JAZZにはマーカスロバーツという名手がいます。(こないだ小沢/BPOと一緒にガーシュインをやってました。ソロの部分はもちろん楽譜無視、JAZZですから。)
辻井氏も彼らに肩を並べられるように頑張りましょう。
うちにクライバーンが一枚だけありました。イタリアの知らないオケとやったチャイコフスキー。(グレイトコンチェルトボックス/このオケとやるソリスト指揮者錚々たる面子ばかりなんで有名団体かもしれません。バックハウス/シューリヒトの皇帝なんてのも)
結構良かったですよ。ライブなんでわずかに不安定になるところもありましたけど、テクも達者。さすがにチャイコフスキーコンクールで優勝しただけのことはある。レコ評に「一世を風靡しただけのことはある」とありましたが納得。
そりゃリヒテル/ムラヴィンスキィ、ホロビッツ/トスカニーニ、アルゲリッヒ(ここにニコライエワ/フェドセィエフも足したいけど)などという特別の演奏に比べてしまうと、平凡といえるでしょうけど。でもコンサートでこれを聞いたら十分感激しますよ。ひょっとしたらカラヤンとやったほうのリヒテルとなら張るかも(ソリストだけですよ、ほめすぎかな)
まあ、リヒテルもホロビッツもアルゲリッヒも(にこらいえーわも)それぞれ何枚もあるんで、いまさらクライバーンも辻井氏も買いませんけど。