傍観者は共犯者

新型コロナのワクチン接種が漸く始まったようですが、まだまだ先は見えません。気がつけば「異常な毎日」が「普通の日常」になってしまい、それを「ニュー・ノーマル」などと名づけてみたところで異常が異常であることにかわりはありません。
それ故にか、私のまわりでも、誰も彼もがいささか体調が悪くなっているようです。
私もまた、2年前の睡眠障害から来る極度の不調から完全には脱していないのですが、今では、みんなも私と同じような雰囲気なので、果たして私の軽い体調不良はどこに原因があるのか自分でも分からなくなってきています。(^^;

それにしても、そんなに「ニュー・ノーマル」という名の「異常」の中で多くの人が苦しんでいる中で、毎日繰り広げられるあれやこれやのドタバタ劇を何と見ればいいのでしょうか。
オリンピック組織委員会の会長をめぐるドタバタ劇を面白おかしく伝えるバラエティ番組を見ていると、「あんたら、ほんとに今年の夏にオリンピックをやれると考えているのですか」と聞いてみたくなります。
もしかしたら、「コロナの感染なんかどうなってもオリンピックはやる!」というのが「ニュー・ノーマル」なんでしょうかね。
しかしながら、それが新しい時代の「ノーマル」だと言われても、私などはとてもじゃないがつき合いきれません。

ネコだったら何をしても「ネコだから・・・」で許されますが、人がそれでは困るだニャン

そう言えば、営業時間の短縮に応じないお店には罰則を適用する法律を作りながら、その法律を作った政治家が夜の銀座を飲み歩くというのは「喜劇」以外の何ものでもありません。

チャップリンは「人生はクローズ・アップで見れば悲劇だがロング・ショットで眺めれば喜劇だ」と言いました。
しかし、そのチャップリンでさえ「クローズ・アップで見れば喜劇だが、ロング・ショットで俯瞰すれがこの上もない悲劇(惨事)である」ような社会がやってくるとは夢にも思わなかったでしょう。

ですから、今必要なことは、そのクローズ・アップで映し出される喜劇に笑っている場合ではないはずです。見るべきは、その喜劇を俯瞰することによって見えてくる「社会的悲劇」を見すえ、自分が出来る範囲で何らかの発言と行動を起こしていかなければいけないのでしょう。

しかしながら、こういうサイトでこういう書き込みをすると、必ず「芸術に政治を持ち込むな」というご批判をいただきます。
もちろん、それはそれで分からないのではないのですが、やはりこういう時代になってしまうと傍観者は共犯者です。
そして、こんな私でも出来ることの一つは、こういう辺境のサイトであっても自分の声は上げることです。それが私に出来る数少ない行動の一つです。

まあ、管理人の「ぼやき」と言うことでご容赦あれm(_ _)m

3 comments for “傍観者は共犯者

  1. toshi
    2021年2月19日 at 1:26 AM

    政治と芸術、この関係は難しいですよね。
    「芸術に政治を持ち込むな」という人の気持ちは分からないでは
    ないですが、芸術家は政治的に利用され、芸術家は芸術により政治に訴えかける
    というのは昔から行われてきたことなので、「芸術に政治を持ち込むな」という
    考えは如何なものかと考えさせられます。ピカソのゲルニカを否定して、
    カザルスの国連コンサートを否定する訳ですから。

    それより「芸術にビジネスを持ち込むな」と言いたくなりますが、芸術家も
    霞を食べて生きている訳ではないので、これも否定はできません。
    でも、芸術により巨万の富を築きタックスヘイブン利用して税対策している
    芸術家のことを知ると、才能がない凡人の私としては嫉妬心が芽生えて、
    「芸術にビジネスを持ち込むな」と言いたくなります。有名なO氏には
    そういう噂があるようですね。
    この辺りは人によって意見が色々あるので、結局個人的に「ぼやく」しかないのかな・・・

  2. コタロー
    2021年2月20日 at 8:43 AM

    「異常な毎日」が「普通の日常」になっているという点、昨今の気象現象にも如実に表れています。このところ、毎年のように「異常気象」が地球のどこかで起きていますね。これは明らかに我々人類が引き起こした地球温暖化に原因があると思います。
    それにしても、現在我々が生きている世界には、なんとも形容しがたい閉塞感が漂っています。「自粛警察」などに見られる誹謗中傷などがその一例でしょう。
    話が「芸術」から大きくそれてしまいましたが、そんな世の中だからこそ、人々が「芸術作品」に真剣に対峙することが、とても重要なことであると思うのです。その意味では、このようなクラシック音楽のサイトの運営を進めていくことは、たいへん有意義なことだと私は考えます。

    • yung
      2021年2月20日 at 10:02 AM

      現在我々が生きている世界には、なんとも形容しがたい閉塞感が漂っています。

      これは私も全く同様です。そして、その事に対して、いったい私たちは何という世界を作ってしまったのか、そして、そんな世界を受け継がざるを得ない次の世代に対して何ということをしでかしてしまったのかという思いが否定できません。
      もちろん、私自身はそんな世界をを作りあげるために積極的に荷担した覚えもありませんし、おそらくは賛意を積極的に示したこともありません。そして、そう言う方向性とは常に反対の姿勢で事に臨んできたという自負はあります。

      しかし、今のこの状況を見ていると、それはただの自己満足であり、それだけでは不十分だったのでしょう。
      こんな世界を引き受けざるを得ない次の世代から見れば、全て「共犯者」です。

      これがただの親子関係ならば「遺産相続」を放棄することも出来るのですが、まさか「地球」そのものを相続放棄できません。
      それ故に、何とか少しでもまともな形に戻れるように、やれるべき事はやる義務はあるのでしょう。

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