PCでオーディオをやる意義(2)

前回は、PCオーディオに伴う「技術的困難」は「黎明期」ゆえの宿命だということを書きました。そして、その困難さはやがては民生用のオーディオ機器に取り込まれることで解決していくだろうという自分なりの見通しについて述べました。
ですから、そう言う「技術的困難」を避けてPCオーディオの福音を享受したい人は、今少し様子を見た方がいいだろうというのが私なりの見通しです。
ではどこまで様子を見ればいいのかというと、ずばり組み込まれている「OS」の種類で見極めがつくと思います。
まず、組み込まれているOSが「Windows」ならば見送りが基本だと思います。もしも、「Linux」ベースの組み込み機器が登場したら、それは導入を検討してみる価値があると思います。
私の少ない経験からですが、「Windows」をストレスなく音楽再生ができる状態に仕立て上げるのはきわめて困難、もしくは限りなく不可能に近いことのように思えるからです。
基本的には動作が軽くなるように、音楽再生に不必要なプロセスを刈り込んでいくのですが、あるレベルを超えると今度はシステム全体が不安定になってきて必ずしも再生音の改善につながらなくなってきます。
つまりはプロセスの刈り込みとシステムの安定性がバーター関係になるようで、その最適値を割り出すのはまさに「迷路の中をさまよい歩く」ような状態になってしまいます。
これと比べると、「Linux」ははるかに御しやすいOSです。なぜならば、「Linux」の基本的な構造として、プロセスはコアとなるカーネルの部分に「接ぎ木」のように接続されるので、プロセスの刈り込みとシステムの安定がバーター関係になることは基本的にありえないからです。ですから、ストレスなく音楽再生ができるような状態に、徹底的に追い込むことはそれほど困難ではなく、その事は「Voyage MPD」の登場で証明されました。
つまり、私たちは一見するとユーザーフレンドリーに振る舞う「Windows」の表面的な表情にだまされているのです。「Windows」は外面的にはいつもにこやかなのですが、深くつきあうと意外と内面的には我が儘で強情で、頑固なのです。
それと比べれば、「Linux」は表面的には無愛想で取っつきにくいのですが、深いつきあいになると彼女ほどしとやかでこちらの意を汲んでくれるOSはありません。
こう書くと不思議に思われる方もおられるかもしれませんが、「Windows」を完璧に制御するするためのスキルは、「Linux」を制御する「スキル」と比べればはるかに高度なものが求められるのです。さらに言えば、「Linux」はソースコードが全て全て公開されていますので、その膨大なノウハウはネット上に蓄積されています。ですから、分からないことがあっても「Google先生」に聞けば、ほぼ100%解決することが可能です。
くれぐれも、ユーザーフレンドリーに振る舞う「Windows」の表面的な表情にだまされてはいけないのです。
ですから、「Linux」ベースで音楽再生に徹底的に特化したシステムの提案がメーカーからなされたならば、それは検討してみるに値すると思われます。
欧米のメーカーからは、そう言うシステムはどんどんと提案されているので、遠くない将来には国内メーカーからも同様の提案がなされるだろうと期待しています。
ただ、一つ残念なのは「価格」設定についての疑問です。
欧米のメーカーが提案しているシステムが国内に入ってくると、そのどれもが数十万円から100万円を超える価格設定になっています。これは、自前でシステムを組んでいるPCオーディオユーザーからしてみると到底納得のいくものではありません。
私が使っている「Voyage MPD」はファンレスのきわめてシンプルな45000円のPCに組み込んでいます。モニターもキーボードもついていません。そして、スイッチを入れるだけで音楽再生ができる状態になり、スイッチをオフにすれば終了しますから、使っているときにそれがPCであることはほとんど意識することはなく、普通のオーディオ機器と同じ感覚で使用できています。
さらに言えば、音楽再生に必要なのはシンプル構成のPCであって、ハイパワーなPCはかえって音質を劣化させますから、この45000円程度の構成のPCがほぼベストチョイスなのです。
ちなみに、「Voyage MPD」の作者は、あらかじめ「Voyage MPD」を組み込んだPCの基盤を1万円程度で配布しています。
「Linux」ベースのシステムならばコアの部分はこれと基本的に同じでしょうから、これらを少しは見栄えをよくしたケースに入れて、あれこれの諸経費や利益を見込んでも5万?10万円程度で提案できるのではないでしょうか。
まあ、その辺の商売のことはあまり詳しくないのですが、それでも100万円を超えるような価格設定は到底認めることはできません。
よって、現時点での私の意見としては、
『「技術的困難」を避けてPCオーディオの福音を享受したい人は、国内メーカーから「Linux」ベースのシステム提案が5万?10万円程度でなされたときは、検討してみる価値がある』
です。
果てさて、今日も長くなってきましたので、ここで次回に続くです。

3 comments for “PCでオーディオをやる意義(2)

  1. こた
    2011年5月9日 at 4:52 PM

    ご指摘の通り、パソコンからオーディオの世界に入ると途端に魑魅魍魎の世界になってしまうのは残念で仕方がありません。なんで数10万円〜100万円を超える価格になるのでしょう。そういった高価格機器を購入して手持ちのCDをリッピング!音が画期的に良くなると考える方が非論理的だと思えてなりません。と思わず興奮してしまいました。ゴメンナサイ

  2. mituo
    2011年5月9日 at 7:26 PM

    自分にとって、PCオーディオの意義はバイナリ一致の確認が定量的に出来ると言う以外考えられません。
    それは、WIN2K以前のOSを使えば条件はありますが、可能です。
    それもかなり安価で....
    自分はソースがCDなので16bit、44.1kHz以外は不要なので、アップサンプリングとも無縁です。

  3. yk
    2011年5月11日 at 1:57 AM

    ”オーディオ”と言う言葉を、”良い音”(これ自身、なかなり定義の難しい厄介な言葉ですが・・・・)の再生およびその装置(の追求)・・・・と捕らえると、PCオーディオと言う言葉は本質的に無駄・・と言うか、あいまい・・・と言うか、妥協的・・・と言うか、ある種の矛盾を含む概念を表す言葉のように思いますね。
    まず第一に、従来のオーディオと言うのは大方のところレコードorCD”プレイヤー”+”プリ・メインアンプ”+”スピーカー”(等)の総合体ですが、PCオーディオと言うのはこの内の”レコードorCDプレイヤー”に対応するものであって、考えようによってはオーディオの"音”そのものに対してより大きな影響を与えるアンプおよびスピーカーを排除して語られる”PCオーディオ”は的外れの議論になる可能性があり得ることは十分に意識しておく必要があると思われます。さて、その上で・・・・・
    PCというのは”汎用・多機能”であることを最大の要素として作られたコンピュータであって、オーディオと言う”専用”の機器とは本質的に異なる有り方の機器だと思われる。実際、WINDOWSにせよLINUXにせよUNIXにせよ、コンピュータ用のOSの大半の部分はオーディオには不必要なものともいえる(・・・・・・ので、PCオーディオでは”チューニング”と言う名の、OSからの不用部分の削除が必要になる)。
    恐らく、"デジタル”と言うオーディオ形態の"音”を取り出すのであれば、PCなどは使わずに”オーディオ”専用のデジタルデータ処理システムを組むべきように思われます(DACはある意味で一種のオーディオ専用デジタル・データ処理システムです・・・・プレーヤーとしては非常に中途半端ですが・・・)。・・・・・にもかかわらず、オーディオ専用のデジタル・データ再生専用システムがなかなか現れず、PCオーディオと言う形を取るのかと言うのは、一つには”過渡的”であると言う要素があるとも思われますが、もう一つには現状のPCでも通常のオーディオ・データを扱うには(たとえ、不必要に重いOSを背負っていてさえも)かなり十分(完璧とは言いませんが・・・)な性能を持っているからとも、言えるからではないかと思われます。こういった事情は、例えばCD上のデジタルデータの取り出しに関しては、ほぼ20年前のデジタル技術で飽和状態にまでかなり近いところまで行き着いていたことから考えても明らかなように思われます。
    ・・・・で、勿論PCと言うのは”音”の処理装置としての機能以外の点でもとてつもなく多機能な装置ですから、例えば、"聴く”だけではないオーディオ・データのデジタル処理による"音つくり”とか、インターネットとオーディオの競合的利用とか、膨大なデジタル・オーディオ・データの一括管理とか、映像とのリンクとか、・・・・と言った、複合的な利用の点でPCには極めて大きな可能性があるのは明らかですが、こういった多機能性の追求は”ピュアー・オーディオ”と言った概念からは少し外れたものになる可能性があることはやはり意識しておく必要があるんじゃないかとも思います。

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