ヴァントの後半生約30年間の足跡は、名門RCA Red Sealレーベルへの録音となって結実しており、巨匠亡きあとも私たちはその独自の音楽観を味わうことが出来ます。これは、生誕100年・没後10年というアニヴァーサリー・イヤーに当たり、その中から永遠の定番ともいうべき、セッション録音のベートーヴェン、シューベルト、ブラームス、ブルックナーのセッション録音を中心に、ヴァントがRCAに残したレパートリーをCD28枚に網羅した究極のボックス・セットです。
来年はヴァンとの生誕100周年だという事です。最後の巨匠と言われて、つい最近亡くなったばかりという感じがしますが、それだけ長生きしたと言うことなのでしょう。
ヴァントと言う人はクラシック業界が最後にすがりついた「カリスマ」でした。そう言う商売の仕方が良いか悪いかはひとまず脇に置いておくと、この業界は「カリスマ」を生み出すことで商売を成り立たせてきました。その最大の存在がカラヤンであったことは言うまでもありません。
そう言えば、まだ私が「アンチ・カラヤン」だったときに、「たとえ猿が振った録音でもクレジットにカラヤン指揮と書いてあれば喜んで買うやつばかり」と書いて顰蹙を買ったことがあります。(^^;さすがに「猿が振った」は言葉が過ぎましたが、それでも「カラヤン」という名前だけでレコードが売れた時代があったことは事実です。
そして、レコード業界は80年代に入ってカラヤンの衰えを否定できなくなってくると、そう言う「よき時代」が消え去ることないように次なる「カリスマ」の誕生に着手しました。そうして祭り上げられたのがバーンスタインでした。ところが誤算だったのは、カラヤンが亡くなった翌年に肝心のバーンスタインも亡くなってしまったことです。
そこで大あわてで次のカリスマを探し求めて白羽の矢が立ったのがヴァントでした。
ですから、ヴァントの名声が一気に高まるのは90年代以降です。もちろん、80歳を目前にした老巨匠の芸が、80を超えてから一気に円熟味を増して至高の高みに上っていったために脚光を浴びたのではないことは(いささか嫌みな言い方・・・かな^^;)、この一連の録音を聞けば分かります。彼が「最後のカリスマ」として脚光を浴びる前から、彼は既に優れた演奏を行い録音も残していたのです。
一部でしか話題になりませんでしたが、未だにカリスマでなかったヴァントがN響を指揮した演奏会はどれもこれも素晴らしいものばかりでした。私は、テレビの貧相な音からであっても、「こいつは何物だ!」と居住まいをただしたものです。
しかし、カリスマになったことがヴァントにとって本当によかったのかと思うこともありました。
例えば、何かのインタビューで彼はこんな事を語っていました。
「年をとるというのはいいことだ。かつては闘い抜いてようやく手に入れることができたものが、今は最初から簡単に手に入る」
ああ、ヴァントじいさん、それは年をとったからではなくて、業界があなたをカリスマとして祭り上げたからですよ。そして、あなたの真骨頂は闘う男ではなかったのですか!
私は思わずその記事に向かって、そうつぶやいてしまったものです。
そして、危惧したように、彼は90を前にしても随分と無理をさせられました。いや、私にはそう見えて、結果として彼の晩年の録音には全く興味を失っていきました。
そのヴァントもこの世を去ってはや10年です。業界は、その後もしつこくカリスマを求めてザンデルリングを担ぎ上げようとしましたが、彼はヴァントの姿を批判的に見ていたのか、その手にはのらずにさっさと引退してしまいました。これによって、半世紀近くにもわたってこの業界を支え続けてきた「カリスマ」という名のアイドル路線は終焉したわけです。
そして、最後のカリスマと言われたヴァントの録音がボックス盤となって「叩き売り」されるまでになったわけです。
個人的にはあまりにもダブりが多いので(8割を超える)、さすがに注文する気はおこりませんが、そんなこんなでいろいろな思いがわき上がるリリースではあります。
【収録予定曲】
Disc1
・ベートーヴェン:交響曲第1番ハ長調Op.21
北ドイツ放送交響楽団
録音:1986年11月、セッション
・ベートーヴェン:交響曲第6番ヘ長調Op.68『田園』
北ドイツ放送交響楽団
録音:1986年4~5月、セッション
Disc2
・ベートーヴェン:交響曲第2番ニ長調Op.36
北ドイツ放送交響楽団
録音:1988年10月、セッション
・ベートーヴェン:交響曲第7番イ長調Op.92
北ドイツ放送交響楽団
録音:1987年10~11月、セッション
Disc3
・ベートーヴェン:交響曲第3番変ホ長調Op.55『英雄』
北ドイツ放送交響楽団
録音:1985年10~11月、セッション
・ベートーヴェン:交響曲第8番ヘ長調Op.93
北ドイツ放送交響楽団
録音:1987年2~3月、セッション
Disc4
・ベートーヴェン:交響曲第4番変ロ長調Op.60
北ドイツ放送交響楽団
録音:1988年10月、セッション
・ベートーヴェン:交響曲第5番ハ短調Op.67『運命』
北ドイツ放送交響楽団
録音:1987年2~3月、セッション
Disc5
・ベートーヴェン:交響曲第9番ニ短調Op.125『合唱』
エディト・ヴィーンズ(Sp
ヒルデガルト・ハルトヴィヒ(A
キース・ルイス(T
ローラント・ヘルマン(Bs
ハンブルク国立歌劇場合唱団
北ドイツ放送合唱団
北ドイツ放送交響楽団
録音:1985年2,5,6月、セッション
Disc6
・ブラームス:交響曲第1番ハ短調Op.68
北ドイツ放送交響楽団
録音:1982年10&12月、セッション
・ブラームス:交響曲第3番ヘ長調Op.90
北ドイツ放送交響楽団
録音:1983年9月、セッション
Disc7
・ブラームス:交響曲第2番ニ長調Op.73
北ドイツ放送交響楽団
録音:1983年3月、セッション
・ブラームス:交響曲第4番ホ短調Op.98
北ドイツ放送交響楽団
録音:1985年、セッション
Disc8
・ブルックナー:交響曲第1番ハ短調[1890-91年第2稿(ウィーン稿)]
ケルン放送交響楽団
録音:1981年12月、セッション
Disc9
・ブルックナー:交響曲第2番ハ短調[1877年稿(ハース版)]
ケルン放送交響楽団
録音:1981年12月、セッション
Disc10
・ブルックナー:交響曲第3番ニ短調[1889年第3稿]
ケルン放送交響楽団
録音:1981年1月、セッション
Disc11
・ブルックナー:交響曲第4番変ホ長調『ロマンティック』[第2稿(ハース版)]
ケルン放送交響楽団
録音:1976年12月、セッション
Disc12
・ブルックナー:交響曲第5番変ロ長調[原典版]
ケルン放送交響楽団
録音:1974年7月、セッション
Disc13
・ブルックナー:交響曲第6番イ長調[原典版]
ケルン放送交響楽団
録音:1976年8月、セッション
Disc14
・ブルックナー:交響曲第7番ホ長調[ハース版]
ケルン放送交響楽団
録音:1980年1月、セッション
Disc15~16
・ブルックナー:交響曲第9番ニ短調[原典版]
ケルン放送交響楽団
録音:1979年6月、セッション
・ブルックナー:交響曲第8番ハ短調[1890年第2稿(ハース版)]
ケルン放送交響楽団
録音:1979年5~6月、セッション
Disc17
・シューベルト:交響曲第1番ニ長調D.82
ケルン放送交響楽団
録音:1978年12月、セッション
・シューベルト:交響曲第2番変ロ長調D.125
ケルン放送交響楽団
録音:1979年9月、セッション
Disc18
・シューベルト:交響曲第3番ニ長調D.200
ケルン放送交響楽団
録音:1983年1月、セッション
・シューベルト:交響曲第6番ハ長調D.589
ケルン放送交響楽団
録音:1983年1月、セッション
Disc19
・シューベルト:交響曲第4番ハ短調D.417『悲劇的』
ケルン放送交響楽団
録音:1980年6月、セッション
・シューベルト:交響曲第8番ロ短調D.759『未完成』
ケルン放送交響楽団
録音:1981年1月、セッション
Disc20
・シューベルト:交響曲第5番変ロ長調D.485
ケルン放送交響楽団
録音:1984年2月、セッション
・シューベルト:劇音楽『ロザムンデ』D.797 ~ 間奏曲第3番
・シューベルト:劇音楽『ロザムンデ』D.797 ~ バレエ音楽第1番
・シューベルト:劇音楽『ロザムンデ』D.797 ~ バレエ音楽第2番
北ドイツ放送交響楽団
録音:1984年2月、セッション
Disc21
・シューベルト:交響曲第9番ハ長調D.944『ザ・グレイト』
ケルン放送交響楽団
録音:1977年3月、セッション
Disc22
・モーツァルト:交響曲第39番変ホ長調K.543
北ドイツ放送交響楽団
録音:1990年5月、ライヴ
・モーツァルト:交響曲第40番ト短調K.550
北ドイツ放送交響楽団
録音:1994年3月、ライヴ
・モーツァルト:交響曲第41番ハ長調K.551『ジュピター』
北ドイツ放送交響楽団
録音:1990年5月、ライヴ
Disc23
・モーツァルト:6つのドイツ舞曲 K.600
北ドイツ放送交響楽団
録音:1989年4月、セッション
・モーツァルト:セレナード第7番ニ長調K.250(248b『ハフナー』
ローラント・グロイター(Vn
北ドイツ放送交響楽団
録音:1989年4月、セッション
Disc24
・シューマン:交響曲第3番変ホ長調Op.97『ライン』
北ドイツ放送交響楽団
録音:1991年9月、ライヴ
・シューマン:交響曲第4番ニ短調Op.120
北ドイツ放送交響楽団
録音:1990年9~10月、ライヴ
Disc25
・チャイコフスキー:交響曲第5番ホ短調Op.64
北ドイツ放送交響楽団
録音:1994年3月、ライヴ
Disc26
・ストラヴィンスキー:組曲『プルチネルラ』(1949年版
北ドイツ放送交響楽団
録音:1991年12月、ライヴ
・チャイコフスキー:交響曲第6番ロ短調Op.74『悲愴』
録音:1991年12月、ライヴ
Disc27
・ドビュッシー:交響的断章『聖セバスティアンの殉教』
北ドイツ放送交響楽団
録音:1982年9月、ライヴ
・ムソルグスキー(ラヴェル編:組曲『展覧会の絵』
北ドイツ放送交響楽団
録音:1999年2月、ライヴ
Disc28
・ストラヴィンスキー:協奏曲変ホ長調『ダンバートン・オークス』
北ドイツ放送交響楽団
録音:1984年4月、ライヴ
・フォルトナー:歌劇『血の婚礼』~管弦楽のための間奏曲
北ドイツ放送交響楽団
録音:1985年1月、ライヴ
・ウェーベルン:管弦楽のための5つの小品Op.10
北ドイツ放送交響楽団
録音:1984年4月、ライヴ
・マルタン:小協奏交響曲
北ドイツ放送交響楽団
録音:1984年11月、ライヴ
ギュンター・ヴァント(指揮)
Disc29(DVD)
「わが生涯、わが音楽」
ギュンター・ヴァント・ドキュメンタリー&ラスト・インタビュー
第1部
「ギュンター・ヴァント~音楽に捧げた人生」
(ドイツZDF放送制作のドキュメンタリー、約25分)
[出演]
ギュンター・ヴァント
ヴォルフガング・ザイフェルト(音楽評論家、ヴァント評伝執筆者)
ライマー・ノイナー(ケルン・ギュルツェニヒ管メンバー)
ハンス・ルートヴィヒ・ハウク(ケルン・ギュルツェニヒ管メンバー)
ケント・ナガノ、他
[ドキュメンタリー中に挿入されるヴァントの演奏映像(全て抜粋)]
・シューベルト:交響曲第9番『ザ・グレイト』~第1楽章
北ドイツ放送交響楽団[1985年、ベルリン、フィルハーモニー]
・B.A.ツィンマーマン:1楽章の交響曲
ケルン・ギュルツェニヒ管弦楽団[1956年]
・ブルックナー:交響曲第6番~第2楽章・第3楽章[リハーサル]
北ドイツ放送交響楽団[1996年、ハンブルク、ムジークハレ]
・ストラヴィンスキー:『火の鳥』~カシチェイのグロテスクな踊り
北ドイツ放送交響楽団[1984年、キール]
・ブラームス:交響曲第1番~第2楽章
ケルン・ギュルツェニヒ管弦楽団[1959年、ケルン]
・ブラームス:交響曲第2番~第1楽章
北ドイツ放送交響楽団[1984年、キール]
第2部:
「音楽に身を捧げて~ギュンター・ヴァント・ラスト・インタビュー」
[2001年11月30日、スイス、ウルミッツのヴァント自宅にて収録]
インタビュアー:ヴォルフガング・ザイフェルト(約80分)
収録時間:約105分
画面:4:3、COLOR(モノクロ映像含む)、NTSC
音声:ドルビー・デジタル・ステレオ(AC3)
字幕:英語、仏語
リージョン・コード:ALL
片面2層ディスク
「アンチ・ベーム」のmknです(笑)。
構えの立派な音楽だけれども何となく水気も脂気も感じられないこと、クラシック音楽の世界以外で「ヴァント」の名が轟き渡ることはないであろうこと、これらの点でもベームを思い出してしまいました。
ヴァントの名はバックハウスの伴奏者やギュルツェニッヒ管弦楽団の指揮者として知ってはいましたが、せいぜい最後のカペルマイスター的指揮者という以上の評価を聞くことはなかったと思います。そういうヴァントにスポットライトが当てられたことで、なんと人材が払底したことかと寂しい思いがしたものです。
そんなわけでヴァントには興味を持てず今日に至っています。ケンペやコンヴィチュニーはリバイバルしましたがベームは没後一顧だにされませんでした。ヴァントも同じ道をたどるのではないでしょうか(また言い過ぎ?)。