クラリネットはダークばかりが魅力じゃないよ

レジナルド・ケルはイギリスを代表するクラリネット奏者ではあったのですが、知名度という点ではウラッハには一歩も二歩も譲らざるを得ません。クラリネットを演奏している人の中では未だに知名度はあるようですが、一般的な「聞き専」の人の中ではそう言わざるを得ません。

clarinet

そして、そうなってしまった背景として、この二人の音色の違いが存在するようなのです。

クラリネットの歴史を振り返ってみれば、18世紀初頭にまで遡れるようなのですが、楽器として完成したのは19世紀に入ってからです。
特にドイツ人だったミュラーの功績は大きく、彼が創案したキイが13個付いたクラリネットは「エーラー式」(ドイツ式)と呼ばれる楽器に発展しました。
このドイツ式のクラリネットの特徴はあたたかみとすこし暗めの音色を持っていたことでした。

そうです、私たちがウラッハの名前と結びつけて思い浮かべる典型的なクラリネットの響きは、まさにこのドイツ式の楽器の特徴だったのです。

それに対して、フランスではフルートの機構を取り入れた「ベーム式」(フランス式)と呼ばれる楽器が発明されました。
このフランス式のクラリネットの特徴はフルートの機構を取り入れたことで機能性という点で優れていて、華やかで明るい音色をもっていたことでした。

Reginald Clifford Kell

そうです、ケルのクラリネットの音色が、まさにこのフランス式の楽器によって生み出される音色の典型だったのです。
そして、なぜかは分かりませんが、クラリネットと言えばドイツ式の暗めの音色を多くの人が好むようになり、その典型としてのウラッハの名前だけが記憶されることになったのです。

聞くところによると、最近は「ベーム式」の機構を取り入れた「エーラー式」(ドイツ式)のクラリネットとか、「エーラー式」のような音色を持つ「ベーム式」(フランス式)のクラリネットが作られたりしているようです。
どういう事か分かりますか?

つまりは、どちらにしても機能性は高めた上でドイツ式の暗めの音色は保持しようとする方向に動いているのです。
実際、世界中のどこに行っても、クラリネットの音色はどんどんダーク系に傾いているようで、そう言う流れがますますケルを過去の人にしてしまっているのかもしれません。

しかし、クラリネットの魅力がウラッハのような「ほの暗い音色」だけにあるわけではありません。
そう考えれば、今のダークへダークへと流れていく傾向は必ずしも好ましい動きではないようにも思えます。

確かに、そう言うダークなサウンドというのは聞いていて心地がよいことは事実です。
そして、その心地よさだけに寄りかかっていれば、音楽がもっている微妙なニュアンスなどを単色で塗りつぶしてしまっても、それほど聞き手からの文句はでないとも言えます。

誤解を恐れずに言い切ってしまえば、そう言う安直さの上で胡座をかきたいがためにダーク系のサウンドに傾斜していくのではないかと勘ぐってしまいます。

聞くところによると、ケルはメルテル兄弟が作ったクラリネットを使っていたようで、それは明るくて高音域が痩せない事が特徴だったようです。
ですから、ケルのクラリネットの魅力は伸びやかで明るく、透明感にあふれた高音域にこそあります。

そして、その音色で実に多彩な表情付けを行っていることに気づきます。

そう言うケルの美質がいかんなく発揮されていたのが、ウェーバーの「グランド・デュオ・コンチェルタント」やサン=サーンスの「クラリネットソナタ」あたりだと思います。
楽しさという点では、クライスラーの小品などを集めたレコードなども魅力的でした。

それと比べると、このブラームスのクインテットなどは音楽そのものがダークなので、ウィーン風のダーク・サウンドよりもこっちの方が絶対にいいよ、とは言いきれない部分はあります。
とは言え、クラリネットはダークばかりが魅力じゃないよと言うことを教えてくれるという意味では価値のある録音です。

ただし、多彩な表情付けというのは別の言い方をすればかなり恣意的な解釈と言うことにもなり、そのあたりに「ケルの古さ」を感じる人がいても、それは仕方のないことかもしれません。

サン=サーンス:クラリネットソナタ 変ホ長調 OP.167
(Cl)レジナルド・ケル (P)ブロック・スミス 1957年5月27日録音

1 comment for “クラリネットはダークばかりが魅力じゃないよ

  1. Griddlebone
    2021年11月18日 at 11:13 AM

    クラリネットの有名なソリストはエーラー式吹きが多いようなので独墺圏以外で主流なベーム式吹きもエーラー式風の音を目指す風潮はあるようですね。
    しかしながら一時期のイギリスのクラリネット吹きはとても魅力的で、生音で聞けなかったのは非常に残念に思っています。クラリネットに限りませんが50年くらい前まではヨーロッパ各国で違った楽器と流儀があり録音を聞く楽しみの一つです。
    ケルの演奏は確かに古いですがある時期の貴重な記録ですね。

Comments are closed.