こりゃ、かなわんな

随分昔の話ですが、冬のウィーンを訪れたときに国立歌劇場で「くるみ割り人形」を見る機会に恵まれたことがあります。
劇場に入って、すぐにいつもとは全く雰囲気が異なることに気づきました。
子供が圧倒的に多いのです。

チケットは一階平土間の中央だったのですが、前の席にもかわいらしい女の子がちょこんと座っていました。フランス圏などは特にそうなのですが、一般的にヨーロッパ社会では幼い子供に対するしつけは非常に厳しく、このウィーンでも開演前に劇場を走り回っているというような大馬鹿野郎のガキは一人もいませんでした。
前に座っていた女の子も実に行儀良く、静かに開演を待っていました。
mike
余談になりますが、仕事の都合で家族揃ってスイスに転勤した友人がいました。そこの男の子はいささか躾に問題があったようで、学校ではよくトラブルを引き起こしていたようです。親もまたいささか問題ありで、トラブルの報告を学校から受けても自分の子供の非を認めようとしないので、そのトラブルもいつもうやむやにされていた節があります。
さて、スイスの学校に変わったその子は最初は環境の変化に戸惑って大人しくしていたようなのですが、慣れてくると再び日本時代と同じように授業中に立ち歩くようになりました。そして、教師から注意されても、これまた日本時代と同じように悪態をついたらしいのですが、すぐに別室に連れて行かれて保護者に連絡がきたそうです。

その内容は、基本的なルールが守れないのですぐに家に連れて帰れと言う命令だったそうです。
驚いた母親は、これまた日本時代の感覚で「立ち歩く子供を指導するのが教師の役割だろ」みたいな事を言ったらしいのですが、「そんな偉そうなことを言う前に当たり前のルールが守れるように躾けてから学校によこせ」の一言だったそうです。

おかげで、2年間のスイス生活でその子も真っ当な人間になって帰国することができて、両親共々大変喜んでいました。ちなみに転勤先はフランス語圏のジュネーブだったそうです。
余談終わり。(^^;

演奏も素晴らしく、舞台のしつらえも豪華絢爛で、観客に子供が多いからと言って一切の手抜きなし・・・どころか、いつもよりオケのメンバーは気合いが入っているほどの熱演でした。同行した女性陣は、ネズミの親分を踊った若い男性がすっかり気に入ったようで、舞台がはねた後も「どうして彼が王子様を踊らないんだ!」と怒りをぶちまけていました。

しかし、そんなこと以上に、驚かされたのが前に座っていた女の子です。
最初は行儀良く座っていたその子は舞台が始まると少しずつ姿勢が前のめりになり、その後はいささか行儀は悪いかもしれませんが前の座席の背もたれを両手で握りしめた前傾姿勢となり、最後まで身じろぎもしないで舞台を見つめ続けていました。
正直言って、こりゃ、かなわんな・・・と思いました。

もちろん、今や日本にもたくさんのバレエ教室があり、その中からすぐれた踊り手が登場して世界的なコンクールで優秀な成績を収めています。しかし、そう言う報道を聞くたびに思い出すのは、背もたれを両手で握りしめて身じろぎ一つしないで舞台を見つめ続けていたあの女の子の姿です。
教室で技術を身につけることはできるでしょう。
しかし、人を感動させる芸術的営みというものは、その技術の向こう側にあります。その向こう側に到達していくためには、やはり彼我の間には大きな隔たりがあり、日本の子供たちは大きなハンデを背負わざるを得ないことが本当にかわいそうに思います。

くるみ割り人形を聞くたびに、いつもその女の子を思い出してしまいます。

チャイコフスキー:バレエ音楽「くるみ割り人形」 作品71:アンセルメ指揮 スイス・ロマンド管弦楽団 1959年6月録音


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