レッテル張りの罪深さ~マルケヴィッチ

一部の評論家によって振りまかれたイメージがいつの間にか広まってしまって判断を根本から間違ってしまうと言うことがよくあります。
その最たるものの一つが、セルは「冷たくて硬い」という評価でしょう。

さすがに、今の時代にこのような評価を真に受ける人はほとんど絶滅したとは思います。しかし、合奏の精度だけを狂気のように追い求めたという狭い評価は未だに根を張っていますから、最初に言い出した奴の罪は重いのです。

それから、ギレリスのことを「豪腕ピアニスト」などと言った評論家も酷いものです。しかしながら、これもまたこのキャッチコピーは長年にわたってギレリスにつきまといました。驚くことに、つい最近もこのコピーを貼り付けられたギレリスのボックス盤を発見しました。
彼のピアニズムの基本は繊細なタッチから紡ぎ出される深い叙情性と、細部を曖昧にしないクリアな響きにあることはデビューの時からはっきりと刻印されているですから、こんなことを言い出した奴のツミもかなり重いと言わざるを得ません。

まあ、それ以外にも酷いものはたくさんあります。
最晩年のごく一部の録音を聞いただけでシェルヘンのことを爆演指揮者と言ってみたり、古いところではライナーのことを「ミスター・メトロノーム」といった評論家もいました。
しかし、そうやって一度貼られてしまったレッテルというのはなかなか剥がせないので、受け取る方もよほど注意しないといけません。

聞くところによると、シェルヘンの娘さん(ミリアム・シェルヘン)が「Tahra」レーベルをはじめたのは、その様にして貼られた父へのレッテルを剥がしたいというのも動機の一つだったと聞いたことがあります。
そして、マルケヴィッチです。

Igor Markevitch

彼に関しても、例えば「バイオレンス」「野蛮性」「バーバリズム」などと言うレッテルが貼り付けられています。そして、これもまたどういう聴き方をすればこういうレッテルが思いつくのか首をかしげざるを得ません。
しかし、正直に告白すれば、私もまたそう言うレッテルに目くらましをされて、長きにわたって彼とは距離を置いていたのです。
そして、ひょんなきっかけから彼の録音を幾つか聞く機会があり、そう言うレッテルのいかにアホくさいことかに気づかされて愕然としたのです。

しかし、過去に一度だけ彼の録音を取り上げていたことに気づきました。
ハスキルの伴奏指揮者としての録音は幾つか取り上げてはいたのですが、マルケヴィッチそのものを取り上げたのは、1953年録音の「展覧会の絵」だけです。その時には、概ね以下のようなことを綴っていました。

「彼の演奏を聴いてみて驚くのは、オケの下手さを感じさせないほどに完成度が高いことです。もちろん、個々の奏者の力量はどうしようもないのでゴージャスでリッチな響きを求めるのは無理ですが、音楽の姿がいつも明確で実にクリアなのです。とにかく、一つ一つのフレーズが全て意味を持って鳴らされているので、曖昧さというものが全く存在しないのは実に驚くべき事です。」

「このベルリンフィルとのコンビで録音された展覧会の絵も、音楽の造形を常にクリアにしようとするマルケヴィッチの手法がよくあらわれています。派手さはありませんが、「展覧会の絵」という作品の構造が手に取るように分かる演奏です。」

なるほど、「バイオレンス」「野蛮性」「バーバリズム」などと言うレッテルにとらわれることなく、自分なりに感じたことを正直に書いていたのでホッとしました。そして、「音楽の姿がいつも明確で実にクリア」だとか「一つ一つのフレーズが全て意味を持って鳴らされているので、曖昧さというものが全く存在しない」というのは、今回感じたことと大差ありません。
ただし、その時にその様に感じながら、さらに次ぎに繋がらなかったのは、そう言うことに感心はしながらも「感動」をするほどのレベルではなかったのでしょう。そして、件の録音を聞き直してみて、録音のクオリティに関わる問題もあって、それはそれで仕方の無かった出会いだったと認めざるを得ないものでした。

ビゼー:「カルメン」第1組曲第2組曲 マルケヴィッチ指揮 ラムルー管弦楽団 1959年12月録音

もしも、その時に、例えばここで紹介したビゼーの「アルルの女」や「カルメン」の組曲を聴いていれば、その後の展開は随分かわったことでしょう。
とりわけ、「アルルの女」の組曲を聴いて感じたのは、まるでチェリビダッケのようだと言うことでした。

私が聞いたことのある範囲では(あまりよいチェリの聞き手はありませんので)、ミュンヘンフィルとのシューマンの4番で感じた音楽の作り方と相似形のものを感じました。
オケは力感というものを一切排して、一つ一つの響きがまるで脆いガラス細工のように積み上げられていきます。ただし、その偏執ぶりはさすがにチェリに域にまでは達していませんが、それは彼らの時の隔たりを考えてみれば仕方のないことです。
今から半世紀以上も前の時代にあって、このような演奏を指向していたとは驚くほかありません。

言うまでもないことですが、オケからこのような響きを出そうと思えば、それこそ死ぬほどのリハーサルが必要です。そして、聞くところによると、マルケヴィッチもまたチェリと同じような常軌を逸したほどの厳しいリハーサルを要求し、その結果として一つのオーケストラと長く関係を維持できなかったと伝えられています。
このパリの(かつては名門であった)ラムルー管弦楽団でもその厳しい練習に楽団員が反旗を翻して、わずか数年(1957年~1961年)で首になっています。と言うか、練習嫌いで有名なこのオケがこの厳しい指揮者のもとでよくぞ4年ももったものだと、その方を驚きます。

ビゼー:「アルルの女」第1組曲第2組曲 マルケヴィッチ指揮 ラムルー管弦楽団 1959年12月録音

それから、「アルルの女」の組曲と言えば、もう一人ケーゲルの録音も思い出します。
しかし、あの録音と較べてもマルケヴィッチの録音はさらに思い入れというようなものが希薄であり、ある意味ではさらに現代的ですらあります。

これは困った、また一人、集中的に追跡しなければいけない指揮者と出会ってしまったようです


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