ベートーベン:ピアノソナタ第11番 変ホ長調 作品22
- 作曲:1800年
- 出版:1802年
- 献呈:ブラウン伯爵
(P)クラウディオ・アラウ 1962年6月録音
ベートーベンは己の中における一つの時代に締めくくりをつけている
ベートーベンの数多いソナタの中ではそれほど目立つ作品ではないのですが、色々な意味でこのソナタは彼の創作の道筋における分岐点を為すものとなっています。
この作品において、ベートーベンはウィーンにおける音楽の伝統様式を自由に扱う能力を身につけたことを明確に示しています。それは「Grande Sonate Pathetique」でみせた膨張を見事な形で収縮させてみせたのです。
その意味において、彼が18世紀的なソナタをハイドンやモーツァルトから受け継ぎ、それを自分の中で消化するために取り組んできた初期ソナタのまとめになっているのです。
ですから、これに続く作品からは、その総決算の上にベートーベンなりの革新的な試みが盛られるようになっていくのです。
そして、その事を何よりもベートーベン自身は強く意識していたようで、彼はこの作品に対する強い自信を表明していまた。
彼は出版社への手紙の中で「このソナタは素晴らしいものです」と明言して「グランドソナタ」と名付けただけでなく、作品20の七重奏曲や第1番の交響曲と同じだけの値段を要求しています。
この作品の第1楽章の主題は3度の上昇と下降という単純なものであり、それは後の「ハンマークラヴィーア」と類似しています。
しかし、その似通った動機を用いながら、ここではあのような英雄的な表現ではなくて、このシンプル極まる素材を用いて一つの楽章をいかにして成り立たせるかという「技術的興味」に集約されています。
そして、その興味こそがこのソナタを「初期ソナタ」の総決算としているのです。
ローゼン先生は「第1楽章は表現力に乏しく、悲劇的でも喜劇的でもないし、叙情にも訴えない。単に技巧に走るのみで満足している」と述べているのは、その様な技術的労作にベートーベンの興味が集中している事への言及ととらえるべきでしょう。
これに続くAdagio楽章は初期ソナタを締めくくる緩徐楽章に相応しい美しさを内包しています。
それは、オペラのアリアのようであり、さらに言えば、後のロマン派の性格的小品につながっていくような音楽でもあります。
ただし、それ故にか、多くのピアニストはこれを遅く演奏しすぎる誘惑から逃れることは難しいようです。
ピリオド楽器による演奏は決して好むものではないのですが、その研究によって、古典派の時代の「Adagio」は今の私たちが考えるほどには遅くなかったとい指摘は心に留めておくべきでしょう。
そして、これに続く楽章は規則通りのメヌエットであり、スケルツォという新しい試みは完全に封印してウィーンの伝統的な様式にそって音楽は組み立てられています。
しかし、ト短調のトリオは聞くものに感銘を与えるようで、シューマンはこの部分を自作の「フモレスケ」の中で模倣しています。
そして、最後のロンド楽章もまた、伝統的なウィーン風のロンド形式で締めくくられます。
その整然とした形式の上できわめてピアにスティックな音楽が紡がれていくことによって、ベートーベンもまた己の中における一つの時代に締めくくりをつけたのです。
- 第1楽章:アレグロ・コン・ブリオ 変ロ長調 (ソナタ形式)
- 第2楽章:アダージョ・コン・モルタ・エスプレッシオーネ 変ホ長調 (ソナタ形式)
- 第3楽章:メヌエット 変ロ長調
- 第4楽章: ロンド アレグレット 変ロ長調
色々なピアニストで聞いてみよう