ドヴォルザークの交響曲に関しては、古い録音を調べていると時々戸惑うことがあります。
それは、『ドヴォルザーク:交響曲第5番「新世界より」』などという記述に時々出会うからです。
こういう交響曲のナンバリングの悩ましさはシューベルトなどでは未だに続いているのですが、さすがにドヴォルザークに関しては周知が行き渡っているので、現時点で混乱が起こることはありません。
誰がなんと言っても、今は「新世界より」は第9番の交響曲です。
そして、ものの分からない評論家がこの作品をマーラーが恐れた「9番の呪い」の例証の一つとして持ち出してきて失笑を買ったりするのです。
しかし、こういうパブリック・ドメインとなった古い録音を扱っていると、そのあたりの問題は整理しておく必要に迫られることがよくあります。
まず始めに確認しておかなければならないのは、ドヴォルザークの生前に出版された交響曲は5曲だけだっと言う事実です。
そして、出版会社(ジムロック)は出版の順番に従ってナンバリングを行い、そのナンバリングは当然の事ながらそのまま世に広まったのです。
ジムロックがまず始めに出版したドヴォルザークの交響曲は、現在「6番」とナンバリングされている交響曲でした。ですから、長らくこの作品が第1番の交響曲だったわけです。
そして、これに続いて第7番の交響曲が出版されて「第2番」のナンバーが与えられました。そして、第5番の交響曲が出版されて「第3番」のナンバーが付与されます。
その後ドヴォルザークとジムロックの間で契約を巡るトラブルが発生し、第8番の交響曲は別の出版社から出版される事になるのですが、それでもナンバリングはそれまでの流れを引き継いで「第4番」とナンバリングされました。
そして、ジムロックとの関係を回復して出版された「新世界より」にも、流れを引き継いで「第5番」のナンバーが与えられました。
この関係を整理すると以下のようになります。
- 第1番交響曲→交響曲第6番 ニ長調 作品60(B.112)
- 第2番交響曲→交響曲第7番 ニ短調 作品70(B.141)
- 第3番交響曲→交響曲第5番 ヘ長調 作品76(B.54)
- 第4番交響曲→交響曲第8番 ト長調 作品88(B.163)
- 第5番交響曲→交響曲第9番 ホ短調 作品95(B.178)「新世界より」
ここで鋭い人は気づくと思うのですが、作品番号がおかしなことになっています。
この5曲の中では一番最初に作曲されたはずの第5番の作品番号が第6番や第7番よりも大きな番号が与えられているのです。
理由は明らかで、出版順に従ってジムロックが適当に番号を割り振ってしまったからです。
おそらく、第3番の「新作交響曲」の作品番号が、前作よりも作品番号が新しいのでは売れ行きに悪い影響が出ると考えたのでしょう。
ドヴォルザークはその様なジムロックの行いに異議を申し立てたようなのですが、ジムロックはそんな事にはお構いなしに自分が割り振った作品番号のままで出版してしまいました。
ちなみに交響曲第6番に付与された作品番号60という数字もジムロックがドヴォルザークの意向を無視して勝手につけた番号のようです。
こういうあたりも二人の間にトラブルが発生する遠因だったのかもしれません。
そして、50年代の終わりからチェコで始まったドヴォルザーク全集の出版に当たってもその作品番号は継承されてしまったのです。
ですから、作品番号76の第5番交響曲は作品番号60の第6番交響曲や作品番号70の第7番交響曲よりも後に作曲されたわけではありません。
最近はその様な混乱を避けるために「B番号(ブルグハウゼル番号)」も付与されることが増えています。
なお、50年代に始まったドヴォルザークの全集出版によって、今まで出版されなかった第4番以前の交響曲も日の目を見ることになります。
その時に問題となったのはこのナンバリングの問題なのですが、当然の事ながら、作曲された順番に従ってもう一度それぞれに新しい番号が割り振られることになりました。そして、そのナンバリングが現在では広く定着しているのですが、60年代の録音まではこの古いナンバリングがジャケットに印刷されいるのが普通なので注意が必要なのです。
ちなみに日本国内でのこのナンバリングの受容に関しては、レコード芸術が付録として発行していた「作曲家別・洋楽レコード総目録」を参考にすると1966年版までは「新世界より」はすべて「交響曲第5番」と記されています。
しかし、67年版からは「交響曲第5(9)番」というように変化しています。ちなみに、交響曲第6番も「交響曲第1(6)番」と記されていますが、7番と8番に関しては両方とも「交響曲第(7)番」、「交響曲第(8)番」と括弧付きで記されています。
69年版では、7番と8番に関しては「交響曲第2(7)番」、「交響曲第4(8)番」と表記が変更されています。
ただし、この年にリリースされたケルテスの全集に関しては別枠でスッキリとしたナンバリング表記が与えられています。
やはり、こういうナンバリングの変更を周知して行くには随分と時間がかかるようです。