ベートーベンのピアノソナタ全32曲を聞いてみる(22)

ベートーベン:ピアノ・ソナタ第22番 ヘ長調 Op.54

  • 作曲:1804年
  • 出版:1806年
  • 献呈:なし

(P)クラウディオ・アラウ 1965年10月録音

「ワルトシュタイン」と「アパショナータ」という2つの大きなソナタの間に挟まれた2楽章構成の小さなソナタです。

既に何度もふれているのですが、ベートーベンという男は膨張と拡大のあとに必ず縮小します。

普通に考えれば、「テンペスト」で「新しい道」に進むことを明言し、「ワルトシュタイン」でその道を踏み固めたならば、そのまま「アパショナータ」という到達点に向かって一直線で進めばいいのにと思ってしまいます。そして、それはそんなに難しいことではなかったように思うのですが、ここでもベートーベンは一度収縮してみせるのです。

そして、そう言う「収縮」した作品はこれ以前においても評判はよくなかったのですが、二つの偉大なソナタに挟まれているためか、この作品の評判は至って芳しくありません。
「フィデリオの合間をぬって作曲されたために、あまり良い物ができなかった」くらいならばまだいいのですが、「音の遊び」とか「出版屋に追われて書いたもの」という酷評も存在しました。

ちなみにローゼン先生はこの作品について次のように述べています。

様式は単調で、表現はぶっきらぼうに見える。・・・(しかし)これは簡単には解き明かされないものの、厳しい吟味に耐える隠された詩である。

「簡単には解き明かされない隠された詩」というのはなかなかにそそられる表現ではあるのですが、それが前段の「単調」で「ぶっきらぼう」とどのように結びつくのかは彼の文章を読んでもよく分かりません。
ただし、「単調」で「ぶっきらぼう」というのは何となく分かるような気がします。

第1楽章の(おそらくは)トリオに当たる部分は一拍ごとにsfがついていて、おまけに左右のフレーズが噛み合わないように書かれているので、そこで期待される優美さとは縁遠い無骨でぶっきらぼうな音楽になっています。
第2楽章のアレグロは止まることのない無窮動的な音楽なので「単調」な感じを与えることは言うまでもありません。

ですから、ここから「隠された詩」を教えてくれるような演奏というのはほとんど聞いたことはないような気がします。
ただし、この「単調」さと「ぶっきらぼう」がベートーベンの実験精神の表れであることには気づくことが出来ます。

ベートーベンはこのソナタにおいて、驚くほどに少ない素材でもって音楽を構築しようとしています。そのために、通常の形式に寄りかかることを放棄しています。
第1楽章はソナタ形式のようでもあり、ロンド形式のようでもあります。ベートーベンは「In tempo d’un Menuetto」と記しているのでシンプルな「A-B-A」かもしれませんが、上で述べたように「B」の部分は無骨ですし、帰ってくる「A」は装飾過多です。
ただし、その過多と思える装飾音が音楽を前に進めていく推進力になっているともみることが出来ます。

何とも言えず不思議なスタイルです。

また、第2楽章もソナタ形式のようでもあり3部形式でもあるようなスタイルをもっています。
ソナタ形式と見るならば提示部に対して展開部が異例に長すぎることになるのですが、ローゼン先生はその様なありきたりな捉え方はベートーベンの実験精神を過小評価するものだと指摘し、展開部が提示部の役割の一部をになっているのだと述べています。
よく分からんと言えば分からん話なのですが、それでも変わったスタイルであることは事実です。

しかし、その変わったスタイルは限界までに切り詰められた素材でもって独立した音楽を作りあげる実験の成果だったと言うことは何となく納得はいきます。
それ故に、「音の遊び」という評価はもしかしたらこの作品の本質の一面を言い当てているかもしれません。
そして、アパショナータという中期における到達点に達するためには、その様な実験が必要だったと言うことは見ておく必要があるのです。

べートーベンという作曲家は驚くほどに慎重な男だったのです。

  1. 第1楽章:In tempo d’un Menuetto
  2. 第2楽章:Allegretto

色々なピアニストで聞いてみよう

  1. (P)アルトゥル・シュナーベル 1933年4月11日録音
  2. (P)ヴィルヘルム・ケンプ 1951年9月25日録音
  3. (P)ヴィルヘルム・バックハウス 1952年4月録音
  4. (P)イヴ・ナット 1954年9月18日録音

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