ベートーベン:ピアノソナタ第24番 嬰へ長調 作品78
- 作曲:1809年
- 出版:1810年
- 献呈:ブルンズヴィック伯爵令嬢テレーゼ
(P)クラウディオ・アラウ 1965年11月録音
繊細さへのチャレンジ
巨大で、闘争的な中期の傑作を書いたあとで、今度はそれらとは正反対な、言うなれば「繊細さへのチャレンジ」とも言うべき試みで作曲されたのがこの作品です。
ですから、短い2楽章からなるソナタですが決して地味な作品というわけではありません。
例えば、冒頭の4小節の「Adagio cantabile」は導入部のように見えて、それ以前のものとは全く異なります。
それは、よく聞けばすぐに了解できるように、それに続く主部を導くためのイントロダクションではなくてそれ自身で一つの音楽として完結してしまっています。
そして、音楽として完結しているものが導入になるはずもなく、それは言ってみればごく短いながらも一つの楽章のような位置にあるのです。
このように、このソナタには中期の力強いベートーベンとは全く異なる姿でありながら、作品31で新しい道を模索することを宣言したベートーベンの姿が刻み込まれたソナタになっているのです。
なお、この作品が「テレーゼ・ソナタ」と呼ばれるのはベートーベンとは格別に親しかったブルンスヴィック伯爵家の令嬢テレーゼに献呈されているからです。
一家はベートーベンを快く家庭に迎え入れ、一時はこのテレーゼがベートーベンの「不滅の恋人」に擬せられたこともありました。その説は今日では否定だれているのですが、テレーゼはベートーベンの死後にハンガリーで託児所を作り、生涯独身のままに社会活動に力を尽くしました。
第1楽章冒頭で歌い出される優美な旋律はこのテレーゼを言う女性を想像させるに十分なほど美しい音楽となっていて、ベートーベン自身もこの作品をことのほか気に入っていたことを弟子のシンドラーが伝えています。
- 第1楽章:Adagio cantabile – Allegro ma non troppo
冒頭の「Adagio cantabile」」はそれだけで一つの音楽として完結しています。そして、それに続く「Allegro ma non troppo」は動機の構築ではなくて旋律が持つ叙情的な魅力だけで成り立っています。
その意味では、ベートーベンのソナタの中でも非常に特殊なポジションを占める音楽になっています。 - 第2楽章:Allegro vivace
ソナタ形式とも、ロンド形式とも見られる独創的なスタイルを持った楽章です。ローゼン先生はこれを「風変わりなロンド」と述べています。ワルトシュタインでは複雑そうに見えて18世紀的な枠に収まっていたロンドがここでは風変わりなスタイルへと歩を進めているのです。
また、ロンド主題の各部分が唐突にレガートに変わることによって、この楽章の暖かくて叙情的な雰囲気が強められています。
色々なピアニストで聞いてみよう