生きる事への肯定~カザルスのブランデンブルグ協奏曲

バッハ:ブランデンブルク協奏曲全集

(Con)パブロ・カザルス マールボロ音楽祭管弦楽団 (P)ルドルフ・ゼルキン (vn)アレクサンダー・シュナイダー 他 1964年7月6日6日~9日 & 11日~12日録音(第2番のみ1965年7月15日録音)

Columbia Masterworks – M2S 731

この録音を「ステレオ録音ではあるものの古色蒼然たる音質であり、歴史的録音を聞く風情がある」と評しているページがあって驚いてしまいました。
いったい、どんなシステムで聞けばこの録音が「古色蒼然たる歴史的録音の風情」で鳴るのかと、逆に興味がそそられる指摘です。(^^;ネット上に溢れている録音評のかなりの部分はあてになりませんし、信じない方がいいようです。

もしかしたら失礼な物言いになるかもしれませんが、オーディオというのが趣味の王様と君臨していた時代の録音は、その時代の最先端の技術と、もっとも優秀な能力が投入されて作られていました。そして、本気で作っている録音は本気で再生しないとその真価は見えてきません。
昨今の残響過多で楽器の響きの芯も定かでないような録音をもってして「優秀録音」だと思っている人や、さらにはその手の「録音」をチープなシステムで再生してもそれなりに聞こえるように編集の手が加えられたソフトをばかりを聞いていたのでは、オーディオ全盛期の本気の録音の真価は見えてきません。

Pablo Casals

聞けば分かるように、ピリオド楽器を使った演奏とは全く世界観が違います。分厚くてどっしりとした低声部が音楽全体を支えていて、独奏楽器の響きの艶やかな響きも見事にすくい取られています。
古色蒼然たるどころか、この時代の水準を大きく上回っていますし、今でもこれを上回ることのできない薄っぺらい録音がざらに存在します。

また、この演奏をただのお祭り気分の音楽として、それほど深いものを求めないのであるならばそれなりに楽しめるという指摘もあります。。
なるほど、多くの人にとって「精神性」というのは眉間にしわを寄せて世界の苦悩を引き受けることと同義なのかもしれません。

確かに「この世は涙の谷であり、流す涙だけが清らかである」というのは一つの真実です。
その涙の美しさに心を寄せて芸術として昇華するところに「精神性」のよりどころがあることは否定しません。

しかし、それはフランス革命以降の近代社会が持ち得たものであり、バッハやモーツァルトが生きた時代の精神とは相容れないものです。
彼らの時代にあって生きると言うことは苦悩と向き合うことではなくて、それは疑いもなく喜ばしいこととして素直に向き合っていたのです。
ですから、生きることは喜びであり、その喜びに心を寄せて芸術として昇華することもまた「精神性」のよりどころとなるのです。
かつて、モーツァルトに関してこんな風に書いたことがあります。

モーツァルトは本質的に18世紀の人(近世)でした。
彼がお疾呼やウンコを連発して騒々しく大騒ぎするのも、ト短調のシンフォニーやクインテットを創作するのも、喜ばしい人生を構成する等しく価値のある要素でした。下品なものは偉大なるものへと止揚されなければならないと考えるのは近代の精神であって、近世の人にとってそれらが同じ人物の中に共存していても何の不思議でもありませんでした。
確かにモーツァルト音楽の中に「かなしさ」を見出したのは近代の精神が持つ慧眼でした。しかし、それ一色でモーツァルトを塗りつぶすならば、大きな過ちを犯すことになります。
モーツァルトの音楽の根底には何よりも喜ばしい人生を肯定する屈託のなさが腰を据えています。
そして、その屈託のなさにときおり影が差したとしても、それは「近代的自我の苦悩」などとは全く異なるものでした。

そして、生きることの素晴らしさをモーツァルト以上に歌い上げたのがバッハでした。

彼の音楽の根底に流れているのは「生きる事への肯定」でした。

そうとらえるならば、このカザルスの音楽を貫いているものもまた「生きる事への肯定」です。
2つの大戦を経験し、母国スペインのフランコ政権に命をかけて抗議し続けた男がその晩年に到達した世界がここには刻み込まれています。その事を思えば、いかにゼルキンといえどもチェンバロに変えてピアノが使用されていることに違和感を感じるなどと言うのは小さな話です。

なお、この録音は初出年がなかなか確定できなかったのですが、漸くにして1965年にアメリカで全曲のリハーサル場面も収録した豪華ボックス盤としてリリースされていることが確認できました。(Columbia Masterworks – M2S 731)
また、録音年に関しても全曲が1964年7月6日?6日に録音されたというデータが出回っているのですが、Sonyが「カザルス不滅の記念碑」としてリリースしたシリーズでは第2番だけが1965年7月15日に録音されたとなっていますので、それを採用しました。

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