響きに対する狂信と献身~オーマンディ

後の時代の人が何を語ろうと、50年代から60年代にかけてのCBSレーベルの看板指揮者はオーマンディとバーンスタインでした。
我が敬愛するジョージ・セルは、その卓越した才能を玄人筋では認められていたものの、彼が録音活動をしたのはCBS傘下のEPICレーベルでした。当時のアメリカにおけるオーマンディ&フィラデルフィアのサウンドは絶大な人気を誇っていたのです。

Eugene Ormandy

そして、その人気の背景には、小難しい芸術論議などは吹き飛ばしてしまうほどの名人芸の披露が、時には深い精神性に裏打ちされた(と、言われていた)ヨーロッパの芸術を凌ぐことがあるという事実をハイフェッツやホロヴィッツが証明したことも大きな力となっていたはずです。

そして、それと同じ事を、アメリカの人々はオーケストラの分野にも求めたのでしょう。
当然、そこで求められるのは、しんねりむっつりとした響きではなくて、この上もなく美しくて豊満な響きであったはずです。音楽は何よりも官能的であり、聞くものの心をとらえて放さない感覚的な喜びが求められたのです。

そう考えてみれば、歩んだ道は全く違うのですが、求めたものはセルもまた同じだったのかもしれないという気がします。
オーマンディはオーケストラの響きに人生をかけたのだとすれば、セルは完璧性に己の命をかけました。
そして、両者に共通するのは「音のサーカス」だと言えば、セルファンに叱られるでしょうか。

しかし、セルは常にコンサートに聞きにくれている聴衆のことを気にかけていました。なれ合いの妥協で完璧性を犠牲にすることはお客さんに申し訳ないみたいなことをどこかで語っていました。

大阪の人間にとっては、このエピソードは藤山寛美の事を思い出させてくれます。

演劇の芸術性などというものとは全く無縁な大衆演劇の世界で活躍した寛美もまた、完璧性への狂信者であったことはよく知られてます。
彼の稽古の厳しさは有名で、彼の思い通りに演じられない役者に対して「俺はなんぼでも我慢するけど、お客さんは我慢してくれヘンのや」というのが口癖でした。

おそらく、セルもまた「独裁者」「軍隊的」「楽団員を豚扱いする」と陰口をたたかれながらも、心の中では「俺はなんぼでも我慢するけど、お客さんは我慢してくれヘンのや」と叫んでいたことでしょう。
そして、オーマンディに関してはその様なエピソードは伝わっていませんが、それでも何らかの狂信がなければこの豊かにして美しい響きを長きにわたって維持することは絶対に不可能だったはずです。
その事は、オーマンディ亡き後のフィラデルフィアの凋落を見れば明らかです。

そして、その様なオーマンディとフィラデルフィア管の音楽に対する献身が最もよく分かるのは、ベートーベンやブラームスのようなドイツ。オーストリア系の本流よりは、その傍流であったのは仕方のないことでした。
しかし、その事を持って彼らの音楽を低く評価するのは間違っているでしょう。評価というものは、何よりもその人が目指したものを持ってこそ判断されるべきものだからです。

彼が演奏するレスピーギやサン=サーンスの音楽を聞けば、なるほど、こういう響きでここまで演じきってくれた演奏はそうそう聞けるものではないのです。

サン=サーンス:第3番ハ短調 Op.78「オルガン付き」 オーマンディ指揮 (Org)パワー・ビッグス フィラデルフィア管弦楽団 1962年10月7日録音

とは言え、彼の次の時代にアメリカに君臨したショルティ&シカゴにしても日本での評価は低いですね。
そこが日本のいいところでもあり、困ったところでもあるのかもしれませんが、得体の知れない「精神性」という「亡霊」にに縋りつく人がなくならないことは、こういうサイトをやっているといたいほどよく分かります。

やはり、それは困ったことなのでしょう。


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