音のサーカスに酔う~ホロヴィッツの凄み

あらためて、ホロヴィッツを集中的に聴き直しています。
最近はこういう聴き方が増えてきています。

Horowitz
カラヤンという指揮者の真価について目を開かれたのも、50年代の録音を集中的に聴き直してみるという作業のおかげでした。こういう聴き方は、好みに合いそうなものだけをピックアップして聞いていただけでは見えなかったものに気づかせてくれます。

そんなわけで、今回はホロヴィッツに焦点を合わせたというわけです。
聞いてみた中心は、1953年にコンサート活動からドロップアウトしてしまうでの録音です。

もちろん、今までも、ホロヴィッツの代名詞ともいうべき録音、チャイコフスキーやラフマニノフのコンチェルト、展覧会の絵などは取り上げていたのですが、彼の業績全体から見れば極めて不十分な取り上げ方しかしていませんでした。
しかし、そう言う不十分な取り上げ方であっても、ホロヴィッツという稀代のピアニストのアウトラインくらいはつかむことができていました。

例えば、51年録音の「展覧会の絵」を聞いたときには、ピアノという楽器はかくも容易く軽々と演奏できるものなのかと驚かされます。そして、何よりも、その音楽から発散される爽快感と開放感は他のどのピアニストからも感じ取れないものでした。
しかし、ホロヴィッツの録音を集中的に聞いてみて、そのような「直感」だけでは、必ずしもそ彼の凄さと真価は充分には感じ取れていなかったことに気づかされました。

「ピアニストの系譜」という本があります。

「音楽の友」2006年4月号から2009年12月号までの連載の単行本化したものらしいのですが、まあいってみれば「ピアニストの家系図」とでもいうべきような内容です。
読んでみて面白いというような内容ではないのですが、資料的な価値は高いので、手元には置いておきたいと思うような本です。

ピアニストの系譜

その中に、系譜の原点として、ウィーン式とイギリス式という二通りのピアノの構造が紹介されています。

ウィーン式は跳ね上げ式ののハンマーアクションで軽やかなタッチが得意であったのに対して、イギリス式は突き上げ式のアクションで重厚なタッチが得意だったとのことです。
このピアノの構造は作曲家によっても好みが分かれ、有名どころではモーツァルトはウィーン式、ベートーベンはイギリス式を好んだそうです。

それは、彼らが作り出した音楽の質を考えてみれば当然のことです。
簡単に言ってみれば、ウィーン式のピアノを使うときに大切にされるのは何よりも感覚的な楽しみであるのに対して、イギリス式を用いるときは、響きを通して構築される論理の方が大切にされるからです。

もちろん、こんな二分法は極めて乱暴な論理であることは分かっています。
しかし、「感覚と精神」という「音楽をつかさどる異なった二側面」のどちらに重点を置くかという把握の仕方は、クラシック音楽という巨大な世界を取りあえずカテゴリ化する上である程度は有効です。

つまりは、モーツァルトは何よりも音楽に対して感覚的な楽しさを求めたのに対して、ベートーベンは理路整然とした論理とそれによって表現される精神的な深みを表現することを求めたのです。
そして、その嗜好性の違いがピアノという楽器の選択にも表れたということです。

そして、この源流からの流れは、演奏する側のピアニストにも大きく影響を与えたことが見て取れます。
もちろん、これもまた極めて乱暴な二分法であることは分かっています。
しかし、片方(ウィーン式)は何よりも華やかな演奏効果による感覚的な楽しみを提供することを大切にするのに対して、他方(イギリス式)はそう言う感覚的な楽しさよりも作品に込められた論理的一貫性や精神性を表現することに重きを置きます。

もちろん、現実のピアニストというものはこれほど潔く二分するわけではなく、この対立的な二項の間にあって、自分にとってちょうど居心地のいいところにポジションを占めるわけですが、なかにはそう言う潔さに徹するピアニストもいます。
おそらく、そう言う潔いピアニストの一人がホロヴィッツだったのだと、今回の集中視聴で確信することができました。

言うまでもないことですが、彼が占めるポジションは「華やかな演奏効果による感覚的な楽しみ」を提供することを大切にするというものです。

そして、この反対側に潔くポジションを占めたピアニストも存在しています。
考えをめぐらせて思い当たったのがシュナーベルやアラウというピアニストでした。
もちろん、ケンプやバックハウスでもいいのですが、より典型的な存在としては彼らの方が相応しいと思います。

この両者の違いが顕著習われるのはプログラムの組み方です。
よく知られているように、シュナーベルというピアニストは亡命先となったアメリカの音楽界とはあまり上手くマッチングしませんでした。そのため、戦争でアメリカへの亡命を余儀なくされたあとはあまり力を発揮することができませんでした。

そう言う相性の悪さは、彼のアメリカデビューの時からはっきりしていました。
大衆に好まれるコンサートにするように興行主から要請されても、彼はそれを断り続けました。

興行主から「あなたは路上で見かける素人、疲れ切った勤め人を楽しませるようなことができないのか」と言われても、「24ある前奏曲の中から適当に8つだけ選んで演奏するなど不可能です」と応じるような男だったのです。
その結果として、興業は失敗に終わり、興行主からも「あなたには状況を理解する能力に欠けている。今後二度と協力することはできない」と言われてしまいます。

「24ある前奏曲の中から適当に8つだけ選んで演奏するなど不可能です」
おそらくは、この言葉に、シュナーベルというピアニストの立ち位置が何よりも明確に表されています。

ショパンの前奏曲集という音楽は、24の作品で一つの世界が構築されているのであって、そこから大衆に人気のある作品だけをいくつかピックアップして演奏するなどということは、自分の命を切り売りするようなものと感じられたのでしょう。
そう考えると、彼が世界で最初にベートーベンのピアノソナタ全集を完成させたのも一つの必然だったのだと納得させられます。

ベートーベンのピアノソナタという一つの体型を徹底した論理的一貫性を持って構築したいというのは、彼のような立ち位置にあるピアニストにとっては一つの本能でした。
全集の完成のためには「苦しみのために死んでしまうのではないか」と思うほどの困難が立ちはだかったとシュナーベルは語っています。しかし、そのような障害も、それが本能から発した「欲求」であればこそ乗り越えることも可能だったのでしょう。

アラウは幼くしてリストの弟子であったクラウゼの家に住み込み、そのクラウゼからドイツ的な伝統の全てを注ぎ込まれて養成されたピアニストです。ですから、彼の出身はアルゼンチンですが、ピアニストとしての系譜は誰よりも純粋に培養されたドイツ的なピアニストでした。
彼はよく「コンプリート魔」などと言われるのですが、それもまたこの手のピアニストの本能のなせる「業」だったのでしょう。

それに対して、ホロヴィッツのプログラムの組み方は極めて恣意的です。
例えば、歴史的に有名な1965年の「ヒストリックリターン」と呼ばれるコンサートのプログラムは以下の通りです。

  • バッハ/ブゾーニ編:トッカータ、アダージョとフーガ ハ長調BWV.564
  • シューマン:幻想曲ハ長調Op.17
  • スクリャービン:ピアノソナタ第9番Op.68『黒ミサ』
  • スクリャービン:詩曲嬰ヘ長調(嬰ニ短調)Op.32-1
  • ショパン:マズルカ第21番嬰ハ短調Op.30-4
  • ショパン:練習曲第8番ヘ長調Op.10-8
  • ショパン:バラード第1番ト短調Op.23
  • ドビュッシー:人形へのセレナード(『子供の領分』より)
  • スクリャービン:練習曲嬰ハ短調Op.2-1
  • モシュコフスキ:練習曲変イ長調 Op.72-11
  • シューマン:トロイメライ

自分の気に入った作品を、そしておそらくは聞き手もまた気に入ってくれるであろう作品だけをピックアップして、華やかな演奏効果による感覚的な楽しさを提供することを何よりも大切にしたプログラムの作り方です。
もちろん、通常のコンサートでこのようなプログラムで演奏するピアニストは珍しくはありません。しかし、ホロヴィッツが徹底しているのは、録音においてもこのスタンスを貫いている点です。

例えば、これで一枚のLPです。

  • ショパン:アンダンテスピアナートと華麗なる大ポロネーズ変ホ長調Op.22
  • ショパン:ワルツ第3番イ短調Op.34-2
  • ショパン:ポロネーズ第6番変イ長調Op.53『英雄』
  • ショパン:マズルカ第7番ヘ短調Op.7-3
  • ショパン:ワルツ第7番嬰ハ短調Op.64-2

はたまた、これで一枚です。

  • ビゼー/ホロヴィッツ編:カルメン変奏曲
  • ムソルグスキー/ホロヴィッツ編:水辺にて
  • バッハ/ブゾーニ編:いざ来ませ、異邦人の救い主よ
  • モーツァルト:トルコ行進曲K.331-3
  • シューマン:トロイメライ Op.15-7
  • メンデルスゾーン:無言歌第40番ニ長調Op.85-4『エレジー』
  • メンデルスゾーン:無言歌第30番イ長調Op.62-6『春の歌』
  • ドビュッシー:人形へのセレナード(『子供の領分』より)
  • プロコフィエフ:トッカータ ハ長調Op.11

つまりは、例えば、ホロヴィッツのベートーベンのピアノソナタ全集などというのは考えられないのです。
それどころか、ショパンのエチュードやプレリュードを全曲録音して一枚のレコードにする等というのも考えられないのです。

つまり、ホロヴィッツというピアニストにとって、自分にとって興味を引かない作品を、コンプリートするためにいやいや演奏するなどということは愚かさ以外の何物でもないのです。つまり、彼にとって大切なものは、ピアノという楽器が生み出す感覚的な喜びであって、作品に内包される論理的一貫性や精神性などというものには何の興味も持たないのです。

ですから、有名な評論家(ショーンバーグ)に「猫ほどの知性もない」と酷評されても、ホロヴィッツにとっては痛くも痒くもなかったのでしょう。

音のサーカス

さて、こうして乱暴ながらも二分してみると、この国におけるクラシック音楽の受容のされ方が、極めて跛行的であったことに気づかされます。この事は敢えて詳しく述べる必要はないと思いますが、その結果として、ホロヴィッツというピアニストに対する評価を曖昧なものとする結果を招きました。

誰もまねのできないテクニックと絢爛たるピアノの響きには敬意を表しつつも、精神的な深みに欠ける名人芸だけの演奏家という評価です。

私たちは、もういい加減、どちらかの陣営に属してかたくなな態度を取るという姿勢から卒業してもいいのではないでしょうか。
さらに困るのは、知ったかぶりの態度を取って、シュナーベルに対してはテクニックの弱さを指摘して駄目出しをし、ホロヴィッツにには精神的深みがないといって駄目出しをし、結果としては何でもかんでも駄目出しをして自分の「エラサ」を誇示しようとするスノッブな人々の存在です。そんなにも何を聞いても気に入らないのならば、最初から音楽なんか聴かなければいいものをと思ってしまいます。

そうではなくて、もうポチポチ、もっと大らかにクラシック音楽というものと付き合ってもいいのではないかと思うのです。

華やかな響きと絢爛たるテクニックという「音のサーカス」を楽しむのは決して価値の劣るものではありません。
逆に、地味であっても真摯な響きの向こうに深い精神性を読み取る人がいてもいいでしょう。それを「オタク」だとか「根暗」だと言って馬鹿にするのも、同じようにクラシック音楽を楽しむ幅を狭めるだけのものです。

ただし、この国の現状は、圧倒的に「音のサーカス」を低く見る傾向が強いです。
ですから、ホロヴィッツを聞きましょう。
そして、その圧倒的な「音のサーカス」に酔いましょう。
そして、「ホロヴィッツのショパンは素晴らしいが、それはショパンを聴くものではなくホロヴィッツの音楽を聴くものである」等という了見の狭い評論家の戯言などを蹴飛ばしていきましょう。

初来日コンサート

と言うことで、ここで話は終わってもいいのですが、是非ともふれておきたいことがもう一つだけあります。

それが、彼の初来日のコンサートに関わる一件です。
チケットが5万円という事で社会的現象にもなったコンサートで、さらにはその様子はNHKがライブ中継したことでも話題になりました。
しかし、それ以上に話題になったのは、そのコンサートを評して、あの吉田大明神が「ひびの入った骨董品」と切って捨てたことでした。

私もそのコンサートの模様はテレビに釘付けになって聞きました。そして、そのあまりの酷さに愕然としたのは覚えています。
ところが、その酷い(としか思えない)演奏に賛辞を送っている評論家に違和感を感じていたときに、吉田氏がバッサリ切り捨ててくれたことでホッとしたものでした。

ところが、このあまりにも的を射た吉田氏の批評がこのあと一人歩きしてしまって、世間一般でのホロヴィッツの評価を貶めるものとなってしまいました。

しかし、この吉田氏の批評はホロヴィッツ本人にも届いたようで、さらにはその批評はホロヴィッツにとっても非常にこたえたようなのです。
「猫ほどの知性もない」といわれても動じなかったホロヴィッツですが、「ひびの入った骨董品」にはかなりダメージを受けたようです。

しかし、それは彼の立ち位置を考えてみれば納得がいきます。
彼の演奏が聴衆に感覚的な喜びを与えることのできない骨董品レベルのものであり、さらにひびの入ったような代物であったとなれば、それは己のピアニストとしての存在そのものに関わるものだからです。

後の話によると、この時のホロヴィッツは大量の処方薬摂取で体調を崩していたようです。そして、この初来日の時の汚名を雪ぐために、彼は体調を整えて3年後に再来日を果たし、今度は素晴らしい演奏を聴かせてくれました。
さらに言えば、技巧よりは多彩な音色の美しさで勝負するようになったのもこれ以降のことですから、もしかしたら吉田氏の批評が大きな影響を与えたのかもしれません。

ただ、そう言う後日談はほとんど語られることなく、ただ初来日の時の「ひびの入った骨董品」だけが一人歩きしているのは残念と言うしかありません。
ですから、この事は是非とも付けくわえておきたいと思います。

おそらく、ホロヴィッツの演奏に関しては、あれこれと言葉を尽くす必要はないと思います。
とりわけ、彼の全盛期であった1953年までの録音は、ただひたすらその響きに耳を傾ければすむ話です。そのどの演奏を聴いても、退屈をすると言うことは全くありません。
確かに、録音によってはパチパチノイズが気になるレベルのものも少なくありません。しかし、少し我慢して音楽に集中してみれば、もうそんなノイズなどは全く気にならなくなります。そんな録音レベルの悪さなどは吹っ飛ばしてしまうほどの「凄味」に貫かれています。

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