最終楽章に鳴り響くシンバルの一撃!~セルのチャイ5番

1999年1月1日追加(2015年3月8日加筆)

ML(メーリングリスト)での面白いやりとりがありました。

Tchaikovsky
(注釈:メーリングリスト(英:mailinglist)とは、複数の人に同時に電子メールを配信(同報)する仕組み。MLと略される。用途としては、特定の話題に関心を持つグループなどで情報交換をする場合に利用されることが多い。今でも技術系のコミュニティでは存命していますが、ネット黎明期には様々なネット・コミュニティで利用されました。クラシック音楽関係のコミュニティも数多く作られ、私も一時そのようなコミュニティを運営していたことがありました。)

セル・クリーブランドのコンビによる「チャイコフスキーの交響曲5番」に関わる話題です。
メーリングリストでセル指揮のチャイコフスキーの5番に、シンバルが入っているという情報を教えていただいたのです。
アンサンブルの整った室内楽的な響きばかりが強調されるセルですが、その実は結構スコアをいじくる事を躊躇しない19世紀的な側面も最近指摘されています。
ベートーベンやワーグナー、それに楽器を大幅増強したヘンデルの「水上の音楽」などは有名ですがチャイコフスキーは初耳でした。そして、調べてみるといろいろ面白いことが分かってきました。

 

最後にシンバルの一撃が?

チャイコの5番に関する情報、私も全く気がついていませんでした。とっても面白い情報で、早速手持ちの「チャイ5」のCDをあれこれ聞いてみました。

寄せられた情報は以下の通りです。
「問題の箇所は4楽の一番のクライマックスのところ、ラッパが主題を演奏するところです。何とシンバルの音が聞こえるではありませんか!
チャイ5は確かパーカッションはティンパニのみのはず。私の気のせいでしょうか。」
「それともセル様の粋なはからいでしょうか?全然違和感感じないです。だから今まで気がつかなかったのかも。」

チャイコフスキー:交響曲 第5番 ホ短調 作品64

確かに、はっきりとシンバルが鳴っていますね。
私のプレーヤーでは、第4楽章のちょうど10分45秒から46秒にかけてのあたりに、シンバルの一撃が入っています。
フィナーレになだれこむ直前のクライマックスのところで、なるほどシンバルを一撃したくなるようなところです。

楽器編成ではティンパニ3と指示されているだけですから、これは明らかにセルの考えに基づくものだと思います。

そんなわけで、今日は日曜日と言うこともあって、早速手持ちのCDを片っ端からチェックしてみました。
当たり前ですが、こんなところにシンバルの一撃を加えているような指揮者はいません。なんといっても原典尊重の時代ですからね。

アバド・ヴァント・小沢・チェリビダッケ・クレンペラー・ムラヴィンスキー・バルビローリと聞いてみたのですが、どれもティンパニーのみです。スコアがそうなっているんだから当たり前だろ・・・です。

もしかして彼ならと思い、ストコフスキーもチェックしてみましたが、あれほどあちこちいじっているにもかかわらず、この部分に関しては何故かおとなしくティンパニーのみです。

ところが、さがしてみるものです。あったんですね。
パウル・ケンペン指揮、アムステルダム・コンセルトヘボウ管弦楽団による51年の録音です。

チャイコフスキー:交響曲第5番

これはかつてレジェンダリー・クラシックスの一枚として、ノイズ除去を売り物として発売されたもので、現在は残念ながら廃盤となっています。

これはなんとご丁寧に、2回もシンバルが鳴り響きます。
それも、セルの方は控えめに鳴るのですが、こちら「ぶっ放す」という表現がふさわしいほど盛大に鳴り響いています。

ここからは私の推測です。おそらく鍵は、アムステルダム・コンセルヘボウ管弦楽団ではないかと思います。

ご存じのように、それぞれのオケはライブラリーとして膨大なスコアを所有しています。
歴史のある名門オケなら、そこには数多くの指揮者による書き込みや指示がしたためられていて、それはまさに楽団にとっては「宝」ともいうべき存在です。
そして、戦後、アメリカに根を下ろして活躍を続けたセルですが、ウィーンとあわせて、アムステルダム・コンセルヘボウ管弦楽団との結びつきは大変強いものがありました。
正規のスタジオ録音では、クリーヴランドを除けばアムステルダム・コンセルヘボウ管弦楽団との録音が一番多いのではないでしょうか。そういえば、何人かの方が、セルの優れた業績として、アムステルダム・コンセルヘボウ管弦楽団との録音、ベートーヴェンの5番にシベリウスの2番をあげておられましたね。

だとすれば、アムステルダム・コンセルヘボウ管弦楽団のライブラリーをかなり詳細にみる機会はあったはずです。

メンゲルベルクはどうなんだろう?

ここで、問題になるのはメンゲルベルクです。
彼の時代と、彼の音楽なら、チャイ5のこの箇所にシンバルを加えていたとしても何の不思議はありません。
不思議でないどころか、20世紀のはじめであれば、その様にスコアに改変を加えて演奏効果を上げるのは、指揮者の義務みたいなものでした。
ですから、メンゲルベルグのその様な指示が、アムステルダム・コンセルヘボウ管弦楽団のスコアに書き込みがなされ、後年それを見たケンペンもその指示を良しとして受け入れて録音をしたのではないでしょうか?

そして、セルも何かの機会にそれを見て、彼なりの判断でそれを良しとして、録音の時に取り入れたのではないでしょうか。
セルに関して言えば、彼は精密な演奏の代表のように言われますが、ガチガチの原典尊重主義者ではありませんでした。
例えば、ベートーベンの交響曲でも、ここぞと言うところでティンパニーを追加したりして、けっこうスコアをいじっていることが最近知られてきました。

そういう意味では、モダンでスタイリッシュな衣をまといながら、その内側には20世紀はじめのウィーンの伝統と文化を持ち続けた人です。そこがまた私がセルを敬愛する理由の一つです。
今回の指摘も、改めてそんなセルの一面を再確認させてもらいました。

しかし、以上述べたことは、推測の上に推測を重ねたものです。とにかく確証を得るための第一歩は、メンゲルベルクの録音にあたってみることです。
何種類かの録音が出ているようですが、すべてセット物の中の一枚として含まれています。これを確かめるためだけに、何枚ものセット物を買うほどメンゲルベルクが好きでもないので、もし、どなたかお持ちの方がおられましたら教えて下さい、と返信したところ早速に返事をもらうことができました。
その内容は、推測通りのもので、39年のアムステルダム・コンセルヘボウ管弦楽団とのライブ録音も、40年のベルリンフィルを振ったテレフンケンの正規録音でも、同じ場所でシンバルが炸裂しているという貴重な情報でした。

その後、さらに古い28年の録音も入手できたので聴いてみたのですが、やはりそこでもシンバルが鳴り響いています。

チャイコフスキー:交響曲第5番

また、この28年録音には、以下のようなエピソードも語り伝えられています。

それは、ロシアのペテルスブルグでメンゲルベルグがチャイコフスキーの交響曲を演奏したときのことです。そのコンサート会場にはチャイコフスキーの弟がきていて、その演奏に感動した彼はメンゲルベルグを自宅に招いたというのです。
そして、その時にチャイコフスキーが残した自筆のスコアをじっくりと見る機会を彼は得たというのです。

そのスコアにはチャイコフスキーによる加筆や訂正がなされており、その時に得た知見がこの録音にいかされているというのです。ですから、メンゲルベルグはこの録音こそがチャイコフスキーの真の意志を忠実に反映したものだと主張していたそうです。

まあちょっとこの話は眉唾のような気がしますが、思わぬところで、セルという人がその根底において、いかに20世紀初頭のヨーロッパの伝統を受け継いだ人であったかを知らされました。


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