ベートーベン:ピアノソナタ第5番 ハ短調 作品10の1
- 作曲:1795年~1798年
- 出版:1798年
- 献呈:ブラウン伯爵夫人 アンナ・マルガレーテ
(P)クラウディオ・アラウ 1964年9月録音
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新しいスタイルを模索するベートーベン
“3つのピアノソナタ”としてまとめて発表されていますが、一つ一つがユニークさをもっていて、意欲満々で新しい形式を模索するベートーベンの姿を感じ取ることができます。
曲の配列は作品2の時と同じで、ここでもハ短調のソナタを1番に持ってきて、最も演奏効果の高いニ長調のソナタを最後に持ってきています。
そう言えば、チャールズ・ローゼンはこの3曲のことを「彼は情熱的な英雄気取りで1曲目をはじめ、より機知に富んだ2曲目へと続き、雄大な広がりを見せて3曲目を終えている」と述べています。
そして、この中で一番ユニークであり優れているのがピアノソナタ第7番の第2楽章です。
“ラルゴ・エ・メスト”と記されたこの楽章は、ベートーベン自身が「悲しんでいる人の心のありさまを、様々な光と影のニュアンスで描こうとした」ものだと語っています。
“メスト(悲しみ)”と記されているように、ベートーベンの初期作品の中では際だった深刻さを表出している作品です。
また、ラルゴというスタイルを独立した楽章に用いるのもこれが最後になるだけに意味深い作品だと言えます。
それ以外にも、例えば第5番のソナタの第1楽章の構築感は紛れもない「ベートーベンそのもの」を感じ取ることができますし、緩徐楽章が省かれた第6番のソナタのユニークさも際だっています。
初期のピアノソナタの傑作とも言うべき第8番「悲愴」の前に位置する作品で、見過ごされることの多い作品ですが、腰をすえてじっくりと聞いてみるとなかなかに魅力的な姿をしています。
- 第1楽章 Allegro molto e con brio
冒頭は主和音のフォルテで始まり、すぐにピアノで優しい動機が続きます。
この強く、弱くと言う周期的な繰り返しがこの楽章を成り立たせているのですが、当然のことながら同じ周期が単調に繰り返されるだけでは音楽も単調なものになってしまいます。
当然のことながら、ベートーベンはその周期性を精緻に扱い微妙に変化させる中で音楽の緊張感を高めています。ピアニストには、その仕組みを読み取る知性と、読み取った仕組みを現実の音に変換するテクニックが求められます。演奏するものに高い傾注を要求するベートーベンの楽の特徴がここにもあらわれています。 - 第2楽章 Adagio molto
オペラ的なアリア形式によるアダージョ楽章です。
作品2のヘ短調ソナタのアダージョ楽章と同様に、この楽章もまた提示部と再現部だけでできていて、展開部といえるほどの部分は持たないカヴァティーナ形式です。そして、ベートーベンにとってこの形式でアダージョ楽章を書くのはこれが最後となります。再現部の前にフォルティッシモで属七の和音がアルペジオによって奏されるのが印象的です。 - 第3楽章 Finale. Prestissimo
第1楽章と同様に非常に凝縮された楽章で、展開部はわずか11小節しかないそうです・・・が、聞けばすぐに分かるように実にベートーベンらしい激しさに溢れています。
また、コーダに突入する部分ではritardando(だんだんゆっくりと)とcalando (遅くしながら弱く)と言う二つの指示が書き込まれています。これは、確かに、最後は音を弱めながら音楽を閉じるのですが、それをどのように終わらせるかを演奏家に要求しているのです。当然のことながら、ベートーベンはただ端に音を小さくしていくだけでなく、ある種の大きさをイメージできるように終わらせることを要求しています。
こういうあたりも聞き比べるときのポイントになるはずです。
色々なピアニストで聞いてみよう