ベートーベンのピアノソナタ全32曲を聞いてみる(6)

ベートーベン:ピアノソナタ第6番 ヘ長調 作品10の2

  • 作曲:1795年~1798年
  • 出版:1798年
  • 献呈:ブラウン伯爵夫人 アンナ・マルガレーテ

(P)クラウディオ・アラウ 1964年9月録音

新しいスタイルを模索するベートーベン

“3つのピアノソナタ”としてまとめて発表されていますが、一つ一つがユニークさをもっていて、意欲満々で新しい形式を模索するベートーベンの姿を感じ取ることができます。
曲の配列は作品2の時と同じで、ここでもハ短調のソナタを1番に持ってきて、最も演奏効果の高いニ長調のソナタを最後に持ってきています。

そう言えば、チャールズ・ローゼンはこの3曲のことを「彼は情熱的な英雄気取りで1曲目をはじめ、より機知に富んだ2曲目へと続き、雄大な広がりを見せて3曲目を終えている」と述べています。

そして、この中で一番ユニークであり優れているのがピアノソナタ第7番の第2楽章です。
“ラルゴ・エ・メスト”と記されたこの楽章は、ベートーベン自身が「悲しんでいる人の心のありさまを、様々な光と影のニュアンスで描こうとした」ものだと語っています。
“メスト(悲しみ)”と記されているように、ベートーベンの初期作品の中では際だった深刻さを表出している作品です。

また、ラルゴというスタイルを独立した楽章に用いるのもこれが最後になるだけに意味深い作品だと言えます。

それ以外にも、例えば第5番のソナタの第1楽章の構築感は紛れもない「ベートーベンそのもの」を感じ取ることができますし、緩徐楽章が省かれた第6番のソナタのユニークさも際だっています。
初期のピアノソナタの傑作とも言うべき第8番「悲愴」の前に位置する作品で、見過ごされることの多い作品ですが、腰をすえてじっくりと聞いてみるとなかなかに魅力的な姿をしています。

  1. 第1楽章 Allegro
    ぱっと聞いただけではこぢんまりとしたソナタだが、第1主題は結構複雑です。
    二つの短いスケルツァンド(諧謔的な)的な動機に8小節もの「cantabile」と書かれたメロディで構成されています。そして、13小節目からすぐに属調への移行が始まり、それが半終止で区切りがつくと突然ハ長調で第2主題が始まります。
    当時の人はこういう音楽の流れに喜劇的な要素を感じとったのでしょうか。また、最後の再現部で第1主題が帰ってくるのですが、よく聞いてみると音程がおかしいのですが、それはピアニストが間違ったのではなくて、それも一種の冗談としての仕掛けだったようです。
  2. 第2楽章 Allegretto
    「A – B – A’」という3部形式です。
    その意味では、緩徐楽章を欠くこのソナタではこの第2楽章は「スケルツォ」の性格を持つのでしょうが、若きベートーベンはそこまでの決断は出来ずに「アレグレット」と書くにとどまっています。第1部と第2部は規則通りの8小節で構成されていますが、第3部では第1部を基本に最初の4小節の後に2小節の二声の対位法を置き、その後ろ4小節を反復する14小節で構成されています。
    また、三拍子の二拍目にアクセントを置くシンコペーションが聞き手をからかうような雰囲気がこの楽章にも存在します。
  3. 第3楽章 Presto
    明らかにハイドンを思い起こさせるような音楽です。
    頑固なまで一定のテンポが維持され、その上で繊細であってもベートーベンらしい動きに満ちたスタッカートを実現しないといけません

色々なピアニストで聞いてみよう

  1. (P)アルトゥル・シュナーベル 1933年4月10日録音
  2. (P)ヴァルター・ギーゼキング 1949年4月26日録音
  3. (P)ヴィルヘルム・バックハウス 1951年3月録音
  4. (P)ヴィルヘルム・ケンプ 1951年12月19日録音
  5. (P)イヴ・ナット 1955年2月9日録音
  6. (P)ヴィルヘルム・バックハウス 1963年10月録音