アナログ再生についての若干の考察

1999年11月23日追加 2015年3月14日追加

本当に古い文章なのですが、アナログ再生の気むずかしさに関わる指摘はきわめて正確です。しかし、「近年、スーパーCDやDVDオーディオも離陸しました。」以下の記述は完全に外していますね。
散々文句を言われた「16bit/44.1kHz」というCD規格の「優秀」さが近年見直されてきています。やはり、今取り組むべきは「16bit/44.1kHz」というCD規格を「汲み尽くす」事のようです。

なお、この一文の中の「お節介だとは思いますがメインテナンスフリーのCDをお勧めします。」に対して、「ホントにいらぬお節介だ!!好きでアナログやっている人につまらぬ事であれこれけちを付けないでくれ」というメールをもらったことは鮮明に覚えています。あのメールをいただいた方は、今もアナログ再生の孤高を守っておられるでしょうか。もしそうならば、嫌みではなく、本当にココロから尊敬の念を抱きます。


「私はアナログレコードのリアルなサウンドが好きでいまだにLPを買い求めてるんですが、レコードを聴いていてひとつだけ残念なのが、針が内周に来たときのひずみです。これを少しでも少なくするにはどういうアイディアがあるんでしょうか。」
大要、このような内容のメールをいただきました。
確かに、アナログ再生を完璧に行うのは大変な事です。
THORENS
アナログレコードにおける避けがたい欠点

まずはじめに、結論から言いますとアナログレコードにおいて、針が内周に来たときに音質が劣化することは宿命です。
これは原理的に避けられません。

理屈は簡単です。アナログプレーヤーは常に一定のスピードで回転するからです。一分間に約33回転ですから、計算を簡略化すると2秒間で1回転です。
この回転は針が外周にあっても内周にあっても変化しません。次に、最外周の溝を直径30センチ、最内周の溝を直径15センチと簡略化して仮定しますと、それぞれ2秒間の間に針が走り抜ける距離は、最外周で約1メートル、最内周で約50センチとなります。

つまり、単位時間あたりの情報量は変わらないわけですから、大変な無理をして内周部分ではカッティングしていることになります。
この無理が聴感上歪みとして感じられるのです。

その点、CDの場合はアナログとは異なって、滑らかに回転速度を落としながら内周から外周部へとピックアップが信号を読みとっていきますから、このような問題は原理的にはおこりません。

その他にも、トラッキングエラーといって、カートリッジと溝との角度の問題があります。これも当然ながら外周部と内周部ではずいぶんと異なります。
この問題を最小限にするために、ヘッドシェルとカートリッジとの取り付け角度をどうするのかという問題が生じます。
もちろん、そんなことは無視をして、一番安定するところにカートリッジを取り付けたほうがベターだという意見もありますが、そのときはトラッキングエラーの問題がもろに出てきます。

さらに、回転する円盤に接触しながら信号を読みとるわけですから、当然のように遠心力が働きます。この遠心力をキャンセルする装置も付いていますが、これをどのように使うのかという問題もあります。
これも無視した方が良いという意見もありますが、そうすると、外周と内周では遠心力には大きな差がでますので、音質に与える影響は無視できません。

この、トラッキングエラーと遠心力の問題は、接触型のアナログ故に起こる問題であり非接触型のCDでは何の問題もありません。

ですから、内周部にくると音が歪んで聞こえるというのは、アナログレコードの場合は原理的に避けられない問題です。

それ以外にもいろんな問題が山積するのがアナログの宿命

しかし、こんな事はレコード制作者にとってはすべて自明のことですから、良心的に作られているレコードではその様な弊害を少しでも目立たないような工夫がなされています。

たとえば、収録時間が多少短くなってもあまり内周まで無理してカッティングしないとか、A面からB面への切り替わりには、できるだけ情報量の少ないピアノの部分で行うとかです。そう言えば、いいのか悪いのか分かりませんが、ミンシュ指揮パリ管の幻想で、第3楽章の途中で切り替わっているのがありました。
しかし、廉価版のLPにはそんな配慮が全くなされておらず、内周部までギッチリとカッティングされていて、音の歪みがはっきりと感じ取れるものもすくなくありません。

それ以外にも、アナログプレーヤーというのはやっかいな代物です。CDプレーヤーと比べると考えられないほど調整ポイントがおおいのです。

カートリッジを変えれば音がガラッと変わるのは常識としても、それを取り付けるシェルやアームとつなぐリード線を変えるだけでも、全く別の音になります。
さらに、プレーヤーを設置する場所の水平にも敏感ですし、何よりもハウリングマージンの問題があります。このハウリングマージンの問題は、ただ単にハウリングがおこらなければよいと言うレベルではだめです。実際の音楽のダイナミックレンジは広いですから、通常聞いている音量よりもプラス20デシベルの余裕が必要だと言われています。これだけのマージンを稼ごうとすればかなりしっかりとした置き台を用意する必要に加えて、設置場所の設定にも細心の注意が必要です。

そして、最後のとどめとして、フォノアンプの問題があります。
ご存知のように、カートリッジから送られてくる電気信号は微弱で、しかもRIAAカーブという特殊なフィルターをかけてカッティングされた信号ですから、そのままプリアンプに送り込んでもだめです。もう一度フィルターをかけて周波数特性をもとに戻し、さらにラインアンプに送れるところまで増幅しなければなりません。
そのためのアンプがフォノアンプです。

アナログ全盛の頃は、どこのメーカーも全力を挙げてフォノアンプを開発し、プリメインアンプでも結構優秀なフォノアンプをつんでいました。
しかし、CDがアナログに取って代わるにつれ、フォノアンプは厄介者になり、切り捨てられていきました。

今では、フォノアンプを積んでいないアンプの方が多いようですし、もし積んでいたとしても、積んでいる意味がないほどの粗悪なものが殆どです。
ですから、アナログレコードをそれなりに再生してあげようとすると、どうしてもしっかりとしたフォノアンプを買ってくる必要がありますが、その費用は馬鹿になりません。

そんなわけで、ここまでの基本的なメインテナンスをすれば、出てくる音はやはりそれだけの値打ちはあるなと思わせるものがあります。

しかし、悲しいかな、これらの調整ポイントはすべて機械的なものですから、時間がたてば確実に狂ってくるのです。そして、多少とも狂いが出てくると音質はがた落ちになり、中級程度のCDプレーヤーにも劣ります。
つまり、アナログには100点と50点と0点しかないのです。そして100点の音は素晴らしいですが、100点を維持するためには、少なくないお金と、莫大な時間と情熱が必要です。

その点、CDプレーヤーはしっかりとした台において、ケーブルさえケチらなければ、コンスタントに80点の音は出ます。おまけに、殆どメインテナンスフリーです。お金も殆どかかりません。

そんなわけで、私は、トーレンスのプレーヤーとシェアーのカートリッジ、そして、アナログ全盛時に作られたアキュフェーズのプリアンプを後生大事に持ってはいますが、殆ど使っていません。たまに、CD化されていないLPを聞くことがありますが、その取り扱いの気むずかしさに辟易します。
思うに、CDがLPを駆逐した最大の理由は「音質の差」等ではなく、この平均点の高さとメインテナンスフリーの使い勝手の良さだと思います。

お節介だとは思いますがメインテナンスフリーのCDをお勧めします。
全くのお節介ですが、アナログのそんな気むずかしさに耐えながら100点満点の音で音楽を聴こうとするよりは、常に平均80点で鳴るCDのシステムで、音楽を聴く方が良いのではないでしょうか。

それに、近年、スーパーCDやDVDオーディオも離陸しました。特にスパーCDは原理的にはアナログの能力を完全に凌駕しているはずです。まだ試聴したことがないので、はっきりしたことは言えませんが原理的には十分なはずです。だとすれば、ソニーの1号機で50万円程度ですから、アナログにつぎ込むお金のことを考えれば全く安いものです。本当にアナログは金食い虫です。カートリッジ一個で20万、30万の世界ですから常軌を逸しています。

最後に、音楽と再生の問題について一言付け加えておきます。
この国では、不幸なことにオーディオが好きな人と、音楽が好きな人が分離しています。オーディオ好きは音楽よりは音に熱中し、音楽好きはラジカセ程度で十分だという感じです。これは本当に不幸なことだと思います。

演奏家が楽器の響きにどれだけ注意を払っているかは言うまでもありません。それなのに、聞き手の方がラジカセ程度で十分だというスタンスが一般的なのはとても残念です。
まあお金の絡む問題ですし、いわゆるオーディオファイルと呼ばれる人たちみたいに次から次へと機械を取り替えるのもいかがとも思いますが、演奏家の努力にこたえるだけの誠実さもって音楽を再生したいと思います。

でもこの辺の感覚は、実際に音楽活動に携わっておられる方と、私みたいな「聞くだけ」の人間とではずいぶんと違いがあるようですね。
みなさんどのように考えられますか?