ウィーン育ちのヴァイオリニスト~エリカ・モリーニ & シュナイダーハン

清冽な響き

エリカ・モリーニというヴァイオリニストは残念ながら私の視野には全く入っていなかったヴァイオリニストでした。
唯一、ジョージ・セルと協演したモーツァルトのヴァイオリン協奏曲が記憶に残っているくらいでした。しかしながら、その録音も手兵のクリーブランド管ではなくて1959年のザルツブルグ音楽祭にまねかれてフランス国立放送管弦楽団を客演したときの録音だったので、ほとんど何の印象も残っていませんでした。

Erica Morini
Erika Morini

しかし、ジョコンダ・デ・ヴィートの録音をまとめて聴いているうちに、もう一人のブラームス弾きとしてエリカ・モリーニの名前と出会ってしまったのです。

20世紀の初頭にオーストリアに生まれたモリーニは14才にしてベルリン・フィルやゲヴァントハウス管弦楽団と共演して衝撃的なデビューをはたしたそうです。(知らなかった^^:)父はヨアヒムの系列をくむヴァイオリニストであり、彼女もまたウィーンでヴァイオリンの教育を受けたので、まさに生粋のウィーンが生んだヴァイオリニストでした。
しかし、1938年にナチスの迫害を逃れてアメリカに渡り、その後はニューヨークを拠点として音楽活動を続けることになります。

これだけ読むと、彼女もまたヨーロッパの動乱の中で人生を大きく変えられた音楽家の一人かと言うことになるのですが、今回彼女のことを調べてみて、そんな簡単なひと言でくくれるような女性ではなかったことを知らされました。
それは、とてつもなく強情な女性なのです。もう少し肯定的に表現すれば己を失わない強さに貫かれているのです。

20世紀前半のヨーロッパの音楽家というのは「何でも演奏させていただきます」というような腰の低さとは無縁でした。自らが演奏するに値すると思う音楽だけにレパートリーを絞り込み、それ以外の作品には見向きもしないというのが基本でした。
モリーニもまたそのような古いタイプの音楽家の一人であり、彼女のレパートリーはウィーン古典派からブラームスなどのロマン派の作品あたりに限られていました。そして、そう言う基本的なスタンスを彼女はアメリカに移ってからも絶対に崩さなかったのです。

結果として、営業的にはいたって不利なことになり残された録音も多くありません。

おそらく、レコード会社はいろいろなオファーはしたのでしょう。しかし、ブラームスのヴァイオリンソナタや協奏曲ばかりを何回も録音するわけにはいきません。
オファーを受けてもらえる録音計画の数は限られてしまい、結果として残せた録音の数は少なくなってしまいました。

今回、多いとは言えない彼女の録音をまとめて聴いてみて、彼女からしか聞けない音楽があることを知らされて、実に幸福な時間を過ごすことができました。
一番最初に聞いたのは本命のブラームスではなくて、変化球からはいることにして、選んだのがタルティーニの「悪魔のトリル」でした。
そして、その最初の音が出た瞬間に頭にうかんだのが「清冽」と言う言葉でした。そして、聞き進んでいくうちに、全く不意に万葉の歌が頭をよぎりました。

「石走る 垂水の上の さわらびの 萌え出づる春に なりにけるかも」

あまりにも有名な志貴皇子の歌です。

そして、この感覚は彼女のどの演奏を聴いても貫かれている特徴でした。
人はその事を、「清潔」とか「折り目正しい」と表現するのですが、どうもそれだけでは不満が残ります。彼女の演奏にはそのような行儀良さだけでなく、あの万葉の歌に込められたような生命力がやどっています。しかし、その生命力は時にはある種のけだるさにつながるような夏の豊穣な生命力とは全く異なり、それはまさに「萌え出づる春」のみがもっている清冽な生命力なのです。

おそらく、技巧的には、ビブラートを極力減らして折り目正しく造形していくスタイルがそのような清冽さをもたらしているのでしょう。しかし、そんなことをしたり顔であれこれ指摘しても彼女の演奏の素晴らしさは何一つ伝わりません。
どのように頭をひねっても、あの和歌以上に彼女の演奏の素晴らしさを言い当てることは私にはできそうもありません。

聞くところによると、ブラームスのソナタはフィルクスニーと協演したライブ録音の方がいいという話なのですが、残念ながら私は聞いたことがありません。しかし、そう言うレアな音源を聞かなくても、気心の知れた相方とも言うべきレオン・ポマーズと録音した正規盤を聞くだけで、ブラームス弾きとしての彼女に魅力はすぐに納得がいきます。
デ・ヴィートの抑制のきいた太くて暖かみのある音でブラームスを聴いたときは「ブラームスはかく弾かれるべきだよ・・・ね!」と呟かずにはおれませんでした。
しかし、それとは全く違ったモリーニの清冽で透明な音色でブラームスを聴かされると、「なるほどこういう風に折り目正しく演奏されてこそブラームスだよね」などとほざいてしまいます。

デ・ヴィートのヴァイオリンには「色気」があります。もちろん、その「色気」とはお水系の「色」と「欲」とは全く異なるものです。
それに対して、モリーニのヴァイオリンには「潔さ」があります。
音楽の質はタルティーニとは全く異なりますから、ここには「石走る 垂水の上の さわらび」を思わせるような迸りは影をひそめています。しかし、それと引き替えに抑制された透明感が全体を支配しています。
ですから、彼女のブラームスは全く渋くはありません。

こうして、モリーニのヴァイオリンをまとめて聞いてみて、改めて浮上してきたのがシュナイダーハンでした。

Schneiderhan
Wolfgang Schneiderhan

当然のことながら、シュナイダーハンを知らなかったわけではありません。
ネームバリューという点から言えば、シュナイダーハンからのつながりで「ウィーン育ちのヴァイオリニスト」としてモリーニの名前に気づくものです。
しかし、今回モリーニの演奏を聴いてみて、改めて同じ時代のウィーンでヴァイオリニストとしての教育を受け、キャリアを積み上げたシュナイダーハンに対して異なった側面から興味を引いたというわけです。

シュナイダーハンといえば、根っからのウィーン子ということになります。
ウィーンで生まれ、ウィーンで育ち、そしてウィーンフィルのコンサートマスターを勤めあげたあとは、ウィーンを根拠地としてソリストとしてのキャリアを積みげたのですから、まさに「根っからのウィーン子」です。

モリーニもまた同じようにウィーンで生まれ、ウィーンで育ち、そしてウィーンで活躍したヴァイオリニストですから根は全く同じです。
しかし、ナチスの台頭という時代状況の中で、片方はウィーンフィルのコンサートマスターとして戦争をやり過ごし、他方は迫害を恐れてアメリカに亡命せざるを得ませんでした。

ただ、注目したいのは、アメリカに亡命せざるを得なかったモリーニの方がレパートリー的には頑固だったことです。
それと比べると、ヨーロッパにとどまり続けたシュナイダーハンは「バッハからヘンツェ」までと言われるほどレパートリーが広かったというのは面白い事実です。

私たちは、「ウィーン風」という言葉からなんとなく「古き良き」という言葉を連想してしまうのですが、そんな連想がいかにいい加減なものかを思い知らされます。「ウィーン」というところは頑ななまでにに保守的であると同時に、時には驚く程に前衛的でもあるのです。

もしかしたら、モリーニはアメリカに亡命してもレパートリー的に頑固だったのではなくて、ウィーンという土地を離れてアメリカに亡命したからこそ頑固であろうとしたかもしれません。
何故ならば、周辺に追いやれた存在というのは、己の出自とそこに強く結びつけられたアイデンティティを保持するために、中心の本質が濃厚に、そして頑強に保持されるという原則があるからです。

そう思えば、頑なまでにレパートリーの幅を狭めていったモリーニの姿からは、何とも言えない「哀しみ」が伝わってくるような気がします。

また、私たちが「ウィーン風」という言葉から漠然と感じるイメージと、このふたりの演奏スタイルはかなり隔たっているという事実もけっこう興味深いです。
モリーニに関しては、「清冽」という言葉を使いました。
シュナイダーハンは「清冽」ではないでしょうが、それでもキリッと引き締まった美音が持ち味です。左手がぐいっと引き締まっている感じで、それは「ウィーン風」という言葉から連想させれる「大トロ」な雰囲気とは真逆です。

しかし、モリーニのあの清冽なまでに禁欲的な演奏からは、彼女の中のウィーンを必死で守ろうとする哀しみが感じられました。
それに対してシュナイダーハンの演奏は、戦時下のウィーンをしたたかに生き抜いたウィーン子の「小狡さ」みたいなものを感じる場面があります。哀切に響くところは泣かせ、有名な旋律はそれなりに歌わせ、小気味よく進むところは切れ味よく表現するソツのなさを聞いていると、思わずそんな言葉が浮かんできてしまいます。
「小狡さ」はさすがに言いすぎかもしれませんが、モリーニのような哀しみが伝わってこないことは事実です。

そして、そう言うソツのないシュナイダーハンの演奏を聞いていると、彼は本当にモーツァルトやブラームスというウィーンの音楽家たちを愛していたんだろうかという疑問にいきあたってしまいます。
もちろん、こんな疑問は罰当たりなことはよく分かっています。
どれをとっても申し分なく完成度の高い演奏を聴かせてもらってなんの不満もないはずです。それでもどこかで、「何かが足りない」と文句を言い始める自分を否定しきれないのです。

その足りない何かを「愛」だと言えば、やはり多くの方から文句は言われるでしょうか。

モリーニのモーツァルトやブラームスからは、それに縋りつくようにして己の中のウィーンを守ろうとする姿が痛いほどに伝わってきます。
それは、痛いほどの渇望感に貫かれた「愛」です。
しかし、何を演奏してもソツなく造形していくシュナイダーハンの音楽からはそのような痛切なるものが伝わってこないのです。

好むと好まざるとに関わらず、ある決断を強いられる社会状況に対してどのように決断して、その状況をかいくぐったのかという選択は、その人の存在に大きな刻印を残さずにはおけません。
そして、それが芸術家であれば、その刻印はその人の全ての創造活動において、通奏低音のように鳴り響いていくのでしょう。

シュナイダーハンほどの完成度の高い演奏を実現しながらこんなことを言われると、それはほとんど言いがかりみたいに聞こえるでしょう。しかし、人の心を揺り動かす芸術という営為には、何かそう言う「恐ろしさ」のようなものが根っこにいるのかもしれません。


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