ジョージ・セル没後30年企画の音質改善について

2000年10月28日追加 2015年3月23日一部加筆訂正

セルの没後30年を記念するCDがようやくにしてセットで届きました。
まさに待望のCDが到着!という感じです。何故か19枚でしたて、CDショップの話によると、ベートーベンの3番を含むCDは未発売とのことでした。もちろん、後日無事に到着しました。

ライヴ・イン・東京1970

早速そのうちの何枚かを、J.シュトラウス、ドヴォルザーク、メンデルスゾーン、ワーグナーあたりをじっくりと聞いてみました。
一聴して、その音色の変化に驚かされました。どちらかというと、やせて、乾き気味の音がセルとクリーブランドの特徴でしたが、ずいぶんと厚手で艶のある音色に変わっていました。

もう少しひんやりした音色のほうが私のイメージにピッタリなのですが、ずいぶんと暖色系の方にシフトした感じです。
原因は低域方向の改善にあるようです。オーディオ的に言うと中低域のあたりでしょうか?

以前のCDでは、このあたりの帯域が十分に確保されていなかったようで、それが高域の乾き気味の音色の原因になっていたようです。
そのおかげで、音楽そのものもじっくりと腰が落ちて、テンポまで少し遅くなったようなきがします。
ともすれば、せかせかと音楽が進んでいくような気がする時もあっただけに、これは大変な改善だと思います。

反面、いささか雑な部分も目につき少しばかり複雑な心境でもあります。特に、強奏時に混濁するような場面がはっきりと見受けられます。
これは今まではあまり気にならなかっただけに、ちょっと意外な感じがします。

とはいえ、セルの音楽は実演とCDは全く違うと言われてきましたが、これで、その差が多少埋まるかなと思っています。

しかし、私は疑り深いので、これら一連のマスタリングが妥当なものか否か?いささか疑念を感じる部分も若干あります。

基本的には、マスターテープ自身は時間を経るにつれて確実に劣化していっているわけですから、10年前より音がよくなると言うのはおかしな話なのです。
その劣化の程度を、CDの周辺技術が上回っているということなのでしょうが、どうも変な操作を加えているのではないかという疑念も否定し切れません。
特に、中低域のあたりを実態以上にブーストしているのでは?という疑念は残ります。
だとすると強奏時の混濁も説明がつきます。

全てのCDをもう少し慎重に比較しないと断定的な事は言えませんが、あまりにも音色がファットになりすぎているような気がします。

しかし、なんだかんだ言っても、セルを愛するものにとっては当分の間楽しい時間が過ごせそうです。

大幅な音質改善ですが疑惑も感じます

これが今回の一連のCDを聞いた最初の感想です。
音質の大幅な改善を認めながらも、どこかで変な厚化粧をしているのではないかという疑惑を捨て切れませんでした。

そのため、セルの音楽を楽しむと言うよりは、この音質に関わる問題が気になって仕方がありません。そこで、かなりの時間をかけて何種類かのCDを聞き比べてみました。
そして結論から言うと、未だこの「厚化粧疑惑」は捨て切れていませんが、基本的にはセル&クリーヴランドの本来の響きが再現された素晴らしいマスタリングだと言えると思います。

はっきり言って、今回のマスタリングは音質改善という範疇をこえています。
ある意味ではまったく別の響きによみがえっていると言っていいほどです。この変わり方は録音年代の古いものほど顕著で、いかにも音の古さを感じた50年代の録音が実に鮮やかな音によみがえっています。

ヘリテージシリーズの改善とも雰囲気が違います

今回のマスタリングによる音質改善については早い時期から何人かの方がふれていました。
それを読んだときは、おそらくはヘリテージシリーズでリリースされた一連の録音と同じような改善がされているのだろうと思っていました。

ヘリテージシリーズというのはご存じの方も多いと思いますが、セルの録音についてもシューマンやドヴォルザーク、R.シュトラウスなど多数リリースされています。
そして、それらのCDはジャケットや解説なども丁寧に作られており、音質面においも国内盤と比べると一線を画するほどの改善がされていました。
そのため、我ながらばからしいと思いながらも、新しいCDがリリースされるたびに買い込んでいました。

しかし、その改善は以前のものと同じ延長線上にある改善で、確かに楽器の分離がよくなりクリアさは増していますが、セルの録音といえば真っ先に思い浮かぶあのどこか乾燥してぱさついたトーンは払拭していませんでした。

セルの実演を聞いたことがある人は、常にこの問題、CDと実演の響きがあまりにもかけ離れている事について触れていました。
そして、「CDをどれだけ聞いてもセルの素晴らしさは分からないよ」と言われるたびにいつも悔しい思いを抱いてきました。

来日公演の素晴らしい響き

とりわけ、セル&クリーブランドの最初で最後の来日公演となった70年のライブはすごかったそうで、それを聞いた人はCDと実演のあまりの落差に愕然としたそうです。
ちょうど大阪ではカラヤン&BPOの公演の後にセルが乗り込んできました。
片方はまさに世界を征服しつつあるカラヤン&BPO、他方のセルは一部識者にはその実力は知れ渡っていたようですが、一般的にはその威名が轟いていたわけではありません。

ところがコンサートホールに鳴り響いた音楽はカラヤン&BPOを圧倒するほどの素晴らしいものだったそうです。
特に皆が驚いたのは貧相なレコードの音からは想像もできない素晴らしいオケのサウンドでした。
圧倒的な透明感を持ちながら、その芯にすごいエネルギー感を凝縮したサウンドは今までに体験したことのない素晴らしい響きだったそうです。

この辺の事情については、このシリーズの最後にリリースされた東京ライブのCDに、ソニー・ミュージックの京須氏が「マエストロのフィナーレ」と題して感動的な一文を寄せています。
興味のある方はCDを購入されてぜひともお読みください。

それほどの伝説のライブだったのですが、この演奏会の模様がCD化されることはありませんでした。
唯一例外は、70年5月22日の東京公演で演奏されたシベリウスの2番がクリーブランドの自主制作CDとしてリリースされたことがありますが、枚数も少なかったためか今では幻のCDとなっています。

そんなわけで、日本公演におけるクリーブランドの響きを実際の音として体験するのは一般的にはかなり困難な状態が続きました。
この辺の事情は私も同じで、この響きの一端を始めて体験できたのが昨年リリースされた東京ライブの海賊盤でした。
決していい状態の録音ではなかったのですが、SONYCLASSICALから出ている従来の正規盤の響きとはまったく異質の響きを体験することができました。
それは、「冷たさ」や「かたさ」などとはまったく無縁の、「しなやか」で「艶」のある素晴らしい響きでした。
なるほど、「これがセルとクリーブランドの響きか!」と一人納得しながらも、これがセルとクリーブランドの本当の響きに近いとすると、あの正規盤の響きは何なんだ!と思わずにはおれませんでした。
それほどまったく別物の響きでした。

そして、没後30周年記念のCDをあれこれと聞いていくうちうちに、今回のマスタリングによる音質の改善はこの海賊盤で聞くことができた響きと方向性が同じではないかと思うようになってきました。

最初に書いたように、今回のマスタリングは単なる音質改善ではなく、音づくりの方向性が変わっていると書きましたが、その方向性の根拠となっているのが日本公演で鳴り響いたサウンドではないかと思うようになってきたのです。

東京公演ライブ録音の素晴らしさ!

そして、今回のシリーズの最後を飾ってリリースされた東京ライブのCDを聞いてみて、この予感は確信に変わりました。

この東京ライブの正規盤は、新しく発見されたNHKのマスターテープからCD化されたものとクレジットされています。
昨年海賊盤としてリリースされたCDとはまったく別物の音質でよみがえっていますが、このクレジットを読んで納得しました。

この東京ライブのシベ2は、クリーブランドの自主制作盤としてリリースされたことがありますから、その時に使用されたマスターテープを流用して海賊盤が作られたのだと思います。
しかし、NHKの奥に眠っていたというマスターテープはそれとは一線を画すほどの素晴らしさでした。
ある意味ではセル&クリーブランドの本当響きを封じ込めたものだと言ってよいマスターテープです。

そして、今回のシリーズをマスタリングするにあたって、このマスターテープにおさめられている響きをスタンダードとして作業が行われたことは間違いがありません。

一般的にマスタリングという作業はかなり広い選択の幅を持ちます。その広い幅からある種のトーンに絞り込んでいくためには、実演における響きを熟知している人がその作業にあたることが不可欠です。
新録音のCDなら、録音から最後のCD化まで同じ人が作業にあたるでしょうからとりわけ問題にする必要もない事柄ですが、これが一定の時間が流れてマスタリングを行うとなると深刻な問題を引き起こします。

つまり、再度マスタリングをするにあたって、もはやそのオケの実際の響きを誰も知らないと言うことが起こりうるからです。いや、「起こりうる」、と言うよりはそう言う場合の方が一般的です。
ですから、実際に録音に携わった人物がマスタリングに携わったときなどは、「真の響きを知る人がマスタリングに携わり、オケ本来の響きがよみがえる!」なんて事がクレジットされるほどです。例えば、ワルターとコロンビア響による一連のシリーズや、最近では朝比奈のジャンジャン盤のブルックナー全集。特に朝比奈のブルックナーは最初にCD化されたものと比べればまったく別物になっています。

マスタリングの基本が変わったのではないか?

そのため、本来の響きを知らない連中がマスタリングを行うとなると、変だなと思う部分があっても、響きの方向性を変えるなどと言うことは恐くてできるものではありません。
結局は新たなマスタリングで鮮明な音がよみがえりました!などとクレジットがしてあっても、安全運転で同じ延長線上における細部の改善にとどまっている場合がほとんどです。
それでも、最初の段階でそれなりにレコード化されていればいいのですが、セルの一連の録音のように、貧弱な状態で問題も多い録音の場合は何回マスタリングを繰りかえしても根本的な問題は解決しないことになります。

ところが、今回の一連のシリーズでは、東京ライブの響きをスタンダードとして、音の方向性を根本的に変えるという大胆なマスタリングが行われています。そんなことはどこにも書いていませんが、21組のCDを聞いてみれば明らかです。

はっきり言ってこれは快挙です。もちろんものによってはある種の強引さもあるような気はしますが、あまりにも問題の多かったセルのCDが、始めて本来の響きに近いサウンドでよみがえったのです。
多少の厚化粧疑惑には目をつむりましょう。
解説など含めて、どうでもいいような部分は徹底的にコストダウンをはかったようで、見た目は実に素っ気ない作りのCDですが、最も重要な部分で多大な労力をつぎ込んで素晴らしい成果を上げています。

そのためか、今まではあまり気づかなかった細かいニュアンスもはっきりと感じ取ることができます。あふれるロマン性を強固な形式感に包み込んだセルの芸術をたっぷりと堪能できるCDに仕上がっています。
めったにレコード会社や誉めないユング君ですが、今回ばかりはSONYCLASSICALに「Goodjob!」の言葉を贈りたいと思います。


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