「セロ弾きのゴーシュ」とベートーベンの6番

偶数番号が苦手でした。

1998年11月1日 更新
celloベートーヴェンの6番が苦手でした。6番だけでなく、4番・8番という偶数番号がどうも苦手でした。

逆に、3番、5番、7番という奇数番号は大好きでした。特に、3番はお気に入りに曲で、CDラックを見てみるといつの間にやら何十枚もたまっています。ばりばりのハードロッカー、19世紀のパンク野郎、ベートーヴェンにピッタリの雰囲気がこれら奇数番号です。
それに引き替えて、6番「田園」に代表される一連の偶数番号は、曲自体もこじんまりした感じで、どこか退屈な感じがしてどうにも好きになれないでいました。

そんな、ベートーヴェン評価をひっくり返してくれたのが、宮沢賢治の「セロ弾きのゴーシュ」でした。
と言っても、原作を読んで評価が変わったのではなく、82年に制作された映画、高畑勲監督の「セロ弾きのゴーシュ」の方です。
子供向けの60分程度の作品として制作されたのですが、実に素晴らしい映画でした。

世間一般的には、余り評価されることもなく埋もれてしまった映画ですが、確か昨年、NHK・BS放送の宮沢賢治特集の中ででオンエアーされたので、もしかしたら見られた方もいるかも知れません。

あえて断言しますが、この映画は日本のアニメ映画のベストの一つです。

控えめに評価しても、ベストスリーの一つには間違いなく入ります。
ストーリーの確かさは原作が保証してくれていますが、本当に凄いのはエピソードとエピソードをつなぐ、間奏曲とでもいうべき部分での、音楽と映像との幸福な出会いです。
本当にこの部分の絵は素晴らしい。

音楽と映像の幸せな出会い。

音楽と映像との出会いと言えば、真っ先にうかぶのがディズニーの「ファンタジア」ですが、これはそれにも引けを取らないほどの完成度の高さを持っています。勿論、全編を通して流れる音楽はベートーヴェンの6番「田園」です。

ゴーシュは小さな町の映画館の楽団に勤める余り腕の良くないセロ(チェロ)奏者です。
町の周りには豊かで懐かしい日本の田園風景が広がっていて、その外れに彼は住んでいます。そんな彼のもとを猫やかっこう、タヌキにネズミなどが訪ねてきて繰り広げられる話しは良く知られています。

この映画の素晴らしさは、そんなシークエンスにあるのではなく、その間に挟まれる田園風景とベートーヴェンの出会いです。おそらく、この映画は日本のアニメの中でもっとも緻密で陰影に富んだ絵です。
そんな絵によって描かれる田園風景は、ベートーヴェンの6番に拮抗して自分を主張します。

例えてみれば、コンチェルトが、オーケストラと独奏楽器の出会いによって、より次元の高い表現を獲得するように、ここでは音楽と映像の出会いによってより次元の高い表現を獲得しています。

そして、この映像の助けによって初めて6番「田園」の真価を教えてもらいました。
誤解のないように言い添えておきますが、ここでの映像の表現というのは、いわゆる標題音楽と言われる「田園」の断り書きを絵にしたような俗な表現ではありません。
おそらく、ベートーヴェンの表現しようとした田園のイメージが、ここでは間違いなく表現されきっています。

一度目覚めれば、いいものがたくさんありました!
いつも不思議に思うのですが、こんな経験が一度あると、次からものの見え方が大きく変わってしまいます。あんなに退屈だった偶数番号の交響曲がけっこう面白く聞けるのです。

それ以後、カルロス・クライバーとバイエルン国立歌劇場管弦楽団によるベートーヴェンの4番のライヴにも出会い、偶数番号アレルギーは完全に払拭されました。そうして、改めてあれこれ聞いてみると、ジョージ・セル指揮、クリーヴランド管弦楽団による8番など、聞くに値する録音がたくさんあることにも気づかされました。

ちなみに、この映画で使われた田園の録音は岩城宏之指揮のNHK交響楽団です。
途中に挿入される「インドの虎狩り」や「愉快な馬車屋」などという曲は宮沢賢治が勝手に設定した架空の曲ですが、これも間宮芳生が素敵な曲として仕上げてくれています。

今となっては、簡単にヴィデオを借りてきて観ると言うわけには行かない映画ですが、機会があれば是非ともお勧めしたい映画です。

<2015年3月7日追加>
ヴィデオでは入手が難しかった映画ですが、それから時は流れて世はDVDの時代になり、おかげでこういうマイナーなアニメも簡単に入手できるようになりました。
有り難いことです。

脚本・監督: 高畑勲 「セロ弾きのゴーシュ」

1 comment for “「セロ弾きのゴーシュ」とベートーベンの6番

  1. naoki
    2015年5月18日 at 8:35 AM

    この映画は本当に素晴らしいですよね。宮沢賢治の原作では別にベートーヴェンの田園とは書いてなかったですよね。原作はすでに読んでいて、後にこのアニメを見て「そうだったんだ!」と思い知らされました。カッコウのくだりなどはまさに田園交響曲そのものですものね。それを表現しているアニメも素晴らしいです。あそこの映像表現は何度見ても涙がこぼれてきます。宮沢賢治の本当に短い童話なのに、含まれている内容の濃さと、それを認識させてくれたこのアニメは素晴らしいです。ネズミをチェロの中に入れて弾くくだりなどは、まさに今でいう音楽療法ですしね。万人に見てもらいたい映画です。

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