ラッキー君行方不明事件の顛末(1)

思い返せば10年以上も前の出来事です。これもまた、ファイルを整理していて出てきた一文ですが、ラッキー君の思い出でとしては一番忘れがたいものです。

発端

事件は自宅の建て直しをするために、少し離れた場所で仮住まいをしている時に起こりました。

その日はとても忙しい一日になる予定でした。それでもワンコの散歩は欠かせませんから、その朝もいつものようにラッキー君を連れて散歩に出かけました。ただし、連日の忙しさで疲れがたまっていたためか、その日は目が覚めたのがいつもより遅くて、そのために随分と慌ただしいお散歩でした。

いつものようにいつものコースを散歩していました。そして、ガードレールを隔ててちょっとした広場があるお気に入りの場所にやってきました。ラッキー君はいつもそこでガードレールをくぐり抜けてはその広場でウンコちゃんをしていました。そのたびに私はガードレールを乗りこえてはラッキー君のウンコちゃんをとるという毎日でした。
ただしリードをもったままガードレールをのりこえるのは大変なので、いったんリードをはなしてラッキー君を先に行かせ、そのあとに私がガードレールを乗りこえるというパターンでした。しかし、時々その広場にもぐり込んでもにおいをかぐだけで、ウンコちゃんもしないで再び道路にもどってくることもあります。そうなると、「何だせっかくしんどい思いをしてガードレールを乗りこえたのに!!」という思いは否定できません。
そういう毎日が続いていた油断があったのでしょう。その日は、リードをはなしてラッキー君がガードレールをくぐっても、ウンコちゃんをしたのを確かめてから取りに行こう!ということで、道路側で腕組みをしてはラッキー君の様子をうかがっていました。
しばらくはいつののようにあちこち匂いをかぎまわっていたのですが、そのうちに何を思ったのか、広場の端から茂みの中に入っていってしまったのです。
しまった!と思って名前を呼んだのですが、一向に帰ってきません。仕方がないなぁ!と思いつつガードレールを乗りこえて広場を横切り、茂みの中に入って姿を探したのですが、どこにも姿は見えません。

実はこういうことは以前にも何度もありました。

ラッキー君は我が家では「家出ジジイ」とよばれています。元気だったころは2メートルはある塀を乗りこえてでも脱走していました。最近はそんな元気はなくなっていたのですが、それでも散歩の途中で公園などでリードをはなして遊ばせていると、時々茂みの中に突入して30分から1時間ほど帰ってこないことがありました。
それでも、放っておけば満足そうな顔をして自分一人で家に帰ってきていました。

この日は散歩に出かけた時間が遅かったので出勤の時間が迫っていたこともあり、仕方がないなあと思いつつ、それでも放っておいても自力で帰ってくるだろうと思いラッキー君を残して帰宅しました。

こうして今回のラッキー君行方不明事件の幕は開いたのです。

ただし、その時はこんな一大事になるとは夢にも思っていませんでした。
ただ、少し心配だったのはリードをつけたままの状態で茂みに姿を隠したので、もしかするとそのリードが茂みに絡まって身動きがとれなくなるかもしれないということだけでした。ただし、お嬢さん育ちのユング君と違って、ラッキー君は縄抜けの名人でもあります。ユング君はリードがどこかに引っかかって動けなくなると、きっと誰かが外してくれるだろうと思っているので、その場でじっとしたたままで動こうともしないのですが、ラッキー君はどんな状態になっても自力で何とかする賢さはもっています。
だから大丈夫だろうと思いつつその場を離れたのでした。

おそらく仕事が終わって夕方に帰宅すれば、ちゃっかりと家に帰り着いていて、そしていつものように尻尾を振って出迎えてくれるだろうと思っていました。

ラッキー君が帰っていない!!

事件の第2幕は私が帰宅したところから始まります。
日中は仕事の忙しさにかまけて、ラッキー君のことなどはすっかり頭から消えていました。そして、いつものように帰宅すると、玄関ではいつものようにユング君とボニー君がお出迎えをしてくれました。でも、ラッキー君の姿は見えません。
ボニー君は時々お出迎えを手抜きすることはあるのですが、ユング君とラッキー君は絶対にそういうことはありません。
おかしいなぁ!と思いつつ「ラッキー!」と声をかけても姿を見せません。
とたんに、胃の底からズシーンという感じで不安感がこみ上げてきました。
家の中に駆け込んで、留守番をしてくれているばあさんに尋ねてみると、ラッキー君は帰ってきていないというのです。

血の気が引きました。

最初に頭をよぎったのは、茂みに入り込んだラッキー君がどこかでリードをからませて身動きがとれなくなっているかもしれないということでした。

すぐに服を着替えて、ラッキー君が姿を消した茂みのところに駆けつけました。
幸い山村で生まれ育った人なので、蛇やトカゲは結構平気です。藪をかき分けて斜面を駆け下りると、何とそこには用水路が流れていて、その用水路沿いに道がついています。それを見た瞬間「やばいなぁ!」と思いました。
おそらく斜面を駆け下りたところにそんな道があるのは発見したならば、きっと夢中になって奥へ奥へと突き進んでいった可能性があるからです。さらに悪いことに、その道のところどころに用水路の補修用に準備したと思われるU字溝が転がっているのです。それは、場合によってはリードが引っかかって身動きがとれなくなる状態が十分に想定できるものでした。

必死で藪をかき分けて、ラッキー君の名前を呼びながら100メートルほど進みましたが、ウンともスンとも鳴き声は聞こえません。そして、その先はかなりブッシュが濃いために、それなりの準備をしないと進めそうにありません。それに、いくら好奇心の強いラッキー君でもこの藪にもぐり込んでいったとはちょっと考えられません。どうやら、別の方向で行方を探った方がいいようなので、もとの場所にもどりもう一度まわりを見渡しました。
水路は反対側にも延びていますが、そちらは先ほど前進を阻まれたのと同じぐらいにブッシュが濃いので、そちらに向かったとはちょっと考えにくい状況です。そうなると、ラッキー君は用水路沿いに移動したのではなくて、そこからさらに斜面を下ったことが考えられます。20~30メートルほど下ると小さな川が流れているようで水音が聞こえています。よく見てみると用水路沿いと比べるとブッシュははるかに薄いので、どうやらこちらに向かった可能性が強いようです。

意を決して、さらに藪をかき分けて斜面を降りていきました。幸いなことに最初の茂みを抜けるとあとは下草はほとんど生えていません。ラッキーの名前を呼びながら川のところまで降りていきましたが、やはり姿もなければ鳴き声も聞こえません。また、どう考えてもリードが絡まって身動きがとれなくなるような状況ではありません。川沿いに少し探索してみましたが、結論からいえば下へ向かって身動きがとれなくなった可能性は限りなくゼロに近いように思われました。

こうなると、茂みのなかで身動きがとれなくなったのではなくて、茂みから出てきて家に帰るまでの間に何かの事件もしくは事故に巻き込まれたのではないかと考えざるをえません。
そこで、とりあえず家に帰って保健所に連絡することにしました。(続く・・・