一般のユーザーにはそれほどではないが、なぜか専門家の中では評価が高い、と言う指揮者が存在します。私が大好きなセルなどはその典型でした。しかし、なぜかネットの時代に入ってから彼を評価する声が高まり、冷たくて機械的な演奏をする指揮者という、どこのだれが言い出したのかしれない評価を覆すに至りました。
実は、このクリュイタンスという指揮者も、なぜか専門家筋では高く評価する人が多いのです。しかし、一般ユーザーの中では、クリュイタンスのベートーベンなんて面白おかしくもないというのが一般的な評価でした。なかには、ベルリンフィルがはじめてベートーベンの交響曲全集を完成させたときの指揮者・・・と言う一種の「トリビア(くだらないこと、瑣末なこと、雑学的な事柄や知識)」としての話題しか価値がないという酷評も存在しました。
もっと凄いのは、音符を並べただけ、と切り捨てた評論家もいましたね・・・。
ちょっと記憶が曖昧なのですが、プロオケのメンバーで何種類かの運命の録音を聞いてもらって、どの指揮者で演奏したいかをこたえてもらうような企画がありました。(あったような気がします。)選ばれたのはカラヤンやフルトヴェングラーなどの錚々たるメンバーだったのですが、その中になぜか(^^;クリュイタンスが紛れ込んでいました。
一つ一つ聞きながら、それぞれが好き勝手なことを言っていくので、こりゃぁ「かませ犬」かな?と思ったのですが、何と最後にほぼ全員一致で選ばれたのがクリュイタンスだったのです。
その理由は「何をしたいのかが明確に伝わってくる」というのです。
このあたりは、気楽に聞いていればすむ人たちとと、そう言う聞き手に対して一定のクオリティの音楽を提供する義務のある人たちとの相違があるので、だからクリュイタンスって凄いんだ!と言う根拠にはなりません。
どこかのコンマスが、指揮者との間に一定の軋轢があり、なんだこの野郎!みたいな感じで格闘しているような時の方が観客席が沸くという話をしていました。
彼が言うには、いったい何を振っているのか分かんないけどもそれでも必死でついていったら観客席からは「ブラボー!」が巻き起こることが多いというのです。逆に、明確な指示でオケのメンバー全員が実に気持ちよく演奏できたのに、なぜか観客席がシラッとしていることがよくあるというのです。
このあたりのオケと指揮者の関係というのは掘り下げれば面白いネタになりそうなのですが、ここはそう言う場ではありませんのでこの程度でやめておきます。
しかし、このコンマスの話を信じるならば、なぜにクリュイタンスのベートーベンが面白おかしくもないと言われるのかが、何となく分かってくるような気がします。
野球の試合にたとえれば、フルトヴェングラーの演奏というのは壮絶な乱打戦の末にもうダメかと思った9回の裏に一気に5,6点取って胸のすくような逆転サヨナラゲームという風情です。見ている方は拍手大喝采ですが、やっている選手のプレッシャーは並大抵ではありません。
これがカラヤンならば、点を取られたら取り返すというシーソーゲームの面白さを堪能はさせるが、それでも最後はだめ押し点をきっちりと追加して悠々と逃げ切り、「今日も勝ったぜ!!」というような試合でしょうか。劇的な幕切れというのはありませんが、1回から9回までタップリと試合を楽しませてくれます。
しかし、クリュイタンスの場合は、ランナーが出ればきっちりとバンドで2塁におくってワンヒットで1点獲得、時には四球で出塁したランナーが足をからませて外野犠飛でノーヒットで1点、みたいな野球です。大量点は入りませんが、コツコツと1点ずつ積み上げて「5対0」ぐらいで完勝という野球です。選手にとっては実に気持ちの良い試合展開でしょうが、見ている方はあまり面白くないのです。
しかし、専門家が高く評価するのはこういうそつのないプレーをするチームですし、長いペナントレースを制するのもこういうチームです。
なるほど、だからベルリンフィルが初めての全集(ペナントレース)を作るときにクリュイタンスを選んだんだな。
なるほど。クリュイタンスは、そう言うことだったのですね。
私はクラシック音楽の評論家の文章は一切信用しません。
しかし、ユング君の評論は同感出来る部分が多いですね。
聴く側の本人の感性を一番信頼しています。
自分自身が名演だと思ったら、他人が何を言おうが名演なんです。
そう思います。
ユングさんの文章を読ませて頂きました。正直クリュイタンスは、良く存じ上げない指揮者で、名前だけは、よく目にしていました。今回興味があり、何曲かクリュイタンスの録音を聴きました。感想としては、私の敬愛するベームと似ていて、つまらない系の指揮者であると思いました。ちょっと聞くと、実につまらない、よくぞこんなにつまらない演奏を頑張って、録音したな!と思わせるのも、ベームと一緒のようです。しかし、当時のレコードって、何度も聴くものでしたよね!!高価でしたから、今、CDを何千枚も持っている人は、ザラですが、当時は、大切に大切に聴くものだった筈です。盤面を傷つけないように、細心の注意を払って聴くもの・・・。だから、クリュイタンスもベームもそういったことを配慮して、録音していたと思うんです。じっくり何度も聴いていると、本当に細部の細部まで、磨かれた、しかし、程よく暖かく明るく柔らかく明確な音作りをしているんです、この両者は。これは、優れた美術品を、飾っておいて、いつ見ても素晴らしい!!というのと一緒です。何度聴いても飽きない、それどころか、聴く度に新しい発見をして、より素晴らしさが分かるといった向きの録音なんです。
ベームが、実演の人と呼ばれるのは、実演は一発勝負ですから、一回聴いて、感動させなくてはならないので、そういった演奏をしたのです。レコードの為の録音はそういった、一発屋的な物は排除して行われたものです。吉田秀和が、ベームの最盛期を、1972~1973年と言っていました。あの評判の悪い、ベートーヴェン全集が録音されたのと時期がかぶります。この全集を、大切に聴き続けていくと、正に、ベームの最盛期のものである事が、理解できてくるはずです。クリュイタンスも正にベームと同じタイプの指揮者だったのでしょう。カラヤンやフルトヴェングラーの良さは、誰でもわかるものですし、つまらないとは言われませんよね!!クリュイタンスのベートーヴェン全集も、良く聴き続けることによって、初めてその素晴らしさが理解できるものなのではないでしょうか??ちなみに、クリュイタンスもベームも、ヴィーラント・ワーグナーが好んで、バイロイト音楽祭に起用した指揮者という事でも共通しています。唯、ベートーヴェンの交響曲全集のベスト盤を挙げろと言われたら、吉田秀和同様、セル盤を挙げますけれど・・・一般論として。
クリュイタンスのベートーベンといえば、誰かが「8番」をわざと音を悪くして、フルトヴェングラーと偽って売り出し、しばらく流通していたというのが有名ですね。
「田園」のみという極端な評価をする方もおられた(おられる)ようですが、やはり全集でウィーン.フィルを振ったブラームスの4曲でも「4番」のみ評価というのは、ワルター.コロンビア響と少し似たものを感じます。
でも、当時、手兵を率いて初来日をした巨匠たちに中では、彼ののラヴェルやベルリオーズが最も総立ち状態でした。ただ、「幻想」はねェ、ゴール前で足がもつれ気味だったのは、今ライブ盤を聴いても感じるんで、これが無きゃ最強、最高の「幻想」なんですが。
ユングさんもおっしゃる通り、同じEMIでステレオのクリュタンスよりモノラルで音の悪いシューリヒトが再発を繰り返して売れ続ける(私も買いました、LPもCDもバラ売りも全集も)というのは、辣腕レッグでも予想出来なかったでしょうね。