ラッキー君行方不明事件の顛末(3)

眠れぬ夜

家に帰り着いたのは11時前でした。私は6時過ぎから、妻も7時半頃から探し続けてきたのでお互いに体力的には限界に近づいていました。明日は5時前には明るくなるだろうから、それまでとにかく横になって少しでも眠ろうということになりました。
しかし、こういう状態では眠れるものではありません。

胃は痛い、吐き気はするという状態で、それでも横になっておかないと明日も仕事はあるのですから体が保たないということで必死で目だけはつぶっていました。しかし、そうするとラッキー君のいろんな姿が頭に浮かんできます。
ラッキー君は暑くなると、廊下であお向けになってよく寝ていました。お腹を丸見えにして、まったく無防備な状態で、そして安心しきって熟睡していたものです。それが今はどこで、どういう状態でこの夜を過ごしているのでしょうか。あの真っ暗な茂みのなかで身動きもとれずに悲愴な思いでこの夜を過ごしているのかもしれないと思うととてもではないが眠れそうにはありません。

そんなときに、突然警察に電話をしたら!ということが閃きました。
それは何かのサイトで、迷い犬は警察では「落とし物」になると書いてあったのが記憶の底から浮かび上がってきたのです。
人間の頭というのは凄いものです。必死で何かの答えを探しているときは、どれほど遠い過去の、それもほんの一寸した記憶でさえも蘇らせるのです。
「迷い犬は警察では落とし物として扱われる」
ということは、ワンコを保護するのは保健所だけでなく、警察の可能性もあるんだ!!

飛び起きて、またまたパソコンのスイッチを入れて我が町の警察署の電話番号を調べました。
保健所と違って警察は24時間体制だから、こんな真夜中でも大丈夫だろうと思ってすぐに電話をしてみました。すぐに当直らしいおじさんが電話に出ました。すぐにラッキー君が行方不明になったことを申し上げ、警察で保護されていないかどうか尋ねてみました。実はこの時に情報の伝達が上手くいっていなかったようで、こちらは茶色のワンコといったつもりが相手は茶色の首輪と受け取ったようなのです。
しばらく待って下さい、ということでしばらく時間がたってからそのようなワンコは保護していませんとの返事が返ってきました。

保健所にもいない、学校にも紛れ込んでいない、さらに警察にも保護されていない。状況は考えれば考えるほど最悪の方に向いています。

電話口での落胆ぶりが相手にも伝わったのか、明日交番の方でもいいので届けを出してくれれば、見つかり次第すぐに連絡をさせてもらいますと行ってくれました。それを聞いて、真夜中の電話で申し訳なかったことをお詫びしながら、明日の朝に届けを出しますといって電話を切りました。
こうなるととてもではないが眠れる状態ではありません。
ベッドで横になってみたものの悪い考えが頭を横切るので、リビングのソファに呆然と座っていました。しばらくすると妻がやってきて、これだけ頑張って探しても見つからないのだったら諦めるしかないと慰めてくれました。あの時に私がリードをはなしさえしなければ、また仕事よりワンコの方を優先して最後まで探していれば、等々の愚痴をこぼすと、それでもここまで頑張って探したんだからあなたの責任ではないと言ってくれました。そして明日の朝、用水路をすべて捜索してみて、それでも姿がいなければどこかで保護されているか事故で亡くなったと言うことだから、諦めるか、もしくは連絡があるのを待ちましょうと言ってくれました。
彼女にしても辛いことはこの上もなく辛いはずですが、そういってくれる心が嬉しくて、明日の朝に備えてとにかく必死で横になって少しでも体力を回復させようと心に決めました。
まさに最悪の一夜でした。

用水路捜索

いつの間にか少しはうとうとしたようで、妻におこされて目が覚めると4時半頃でした。外は少し明るくなってきています。長袖・長ズボンで完全装備をし、さらにラッキー君を発見したときのために飲み水と大好物のソーセージを用意して用水路に向かいました。
ラッキー君が行方不明になった広場に行き、そこから茂みの中に入っていきます。外は少し明るくなっていても茂みの中にはいるとかなり暗いので懐中電灯で足下を照らしながら斜面を降りていきます。そして問題の用水路に出ると、まずは昨日私一人で100メートルほど捜索した方に向かいました。昨日は一人だったのでかなりおっかなびっくりだったのですが、今日は妻と二人なので多少は心丈夫です。やがてブッシュの濃さに負けて昨日は引き返した地点まできました。こうなったら心を決めて前進するしかありません。ブッシュをかき分けて、ラッキーの名前を呼びながら前進を開始しました。

昨夜、反対側の用水路が流れ込む地点から100メートルほどは捜索しましたから、おそらくは手つかずの地点は300~400メートル程度だと思われます。こういうブッシュをかき分けてその距離を進むのはかなり厳しいなと思っていたのですが、幸いなことに20~30メートルも進むと再び歩きやすい道に出ました。どうやら、ブッシュが濃いのは部分的なようで、そういう状態が延々と続いているわけではないようです。
用水路はところどころで直角に曲がっていて、想像したよりは複雑な経路をたどっています。直線距離で500~600メートル程度と想像していたのですが、どうやら曲がりくねっている分もう少し距離はありそうです。しかし、進んでいくにつれて、前進を阻むようなブッシュが何度も現れるこの道をラッキー君が突き進んでいったとは次第次第に思えなくなってきました。昨日聞こえたように思えたワンコの鳴き声は、どうやらラッキー君のものではなくて川向こうのどこかの家に飼われているワンコのもののようでした。
やがてブッシュがほとんどなくなった場所に出てくると、そこは昨夜反対側から捜索して引き返した地点らしいことが分かりました。足早にその先の曲がり角まで言ってみると、この用水路が流れ込む場所が確認できました。

これで、こちら側にラッキー君が迷い込んでいないことは確認できました。残るはラッキー君が行方不明になった地点から反対側に伸びている用水路です。用水路が流れこむ地点から道路に出て、再びラッキー君が行方不明になった広場までもどりました。そして、再びそこから茂みを駆け下りて用水路のところにもどりました。
反対側の用水路はかなりブッシュが濃いので前進していくのはかなり困難そうです。しかし、そこから100メートルほど先で住宅地に出ますから距離的にはわずかだろうとは思います。その用水路の先にある住宅地の方へは散歩でも殆ど行ったことがなかったので、この用水路が果たしてどこに出るのかは分かりませんが、距離的にはたいしたことがないだろうと判断し、これまた心を決めて藪をかき分けて前進することにしました。
どうやらこの用水路を管理している人たちは、この部分は殆ど通っていないようでブッシュが延々と続きます。これはどう考えてもこんなところにラッキー君が迷い込んだとはとても考えられない状態です。それでも、万一ということがありますから、ひたすら藪をかき分け、ラッキー君の名前を呼びながら前進しました。
やがて、想像したとおり住宅地の前までくると藪はつきて、用水路もそこから溝のようになって住宅地の外延部にそって流れていきます。ここまでくると、その水路沿いにはコンクリートで固められた立派な道がついていて、やがてその水路は小さなため池へと流れ込んでいました。そこは、私たちが仮住まいしている家からは一段低くなった住宅地の一番奥まった場所で、そんなところにため池があるとはまったく知りませんでした。
ため池にはまりこんだというのは、さらに考えにくいことですが、これまた万万が一ということがありますから、念のためにその池の周辺も確認しました。

こうして、ラッキー君の行方は分からないまま早朝の捜索行動は徒労に終わりました。
家に帰り着いたのは6時前でした。約1時間の捜索は結果としては徒労に終わりましたが、ラッキー君が茂みの中に入り込んで身動きがとれなくなっているという可能性は限りなくゼロに近いことだけは分かりました。それは、私たちにとっては最悪の想定でしたから、気分的にはほんの少し楽になることはできました。(続く・・・