「TAS Super LP List」をパブリックドメインで検証する(29)~グリーグ:ピアノ協奏曲 (P)アルトゥール・ルービンシュタイン:アルフレッド・ウォーレンステイン指揮 RCAビクター交響楽団 1961年3月10日録音

RCAにとっては、ルービンシュタインは他にかえがたいドル箱スターではあったのですが、録音と言うことに関しては何とも困ったピアニストでした。それは、「私のピアノの音は隅々まで聞こえなければいけない」というルービンシュタインの言葉に集約されています。
言うまでもないことですが、音楽にとって「バランス」と言うことはとても重要です。それは、独奏曲でない限りは、お互いの響きを聞きあうことが重要であり、楽器の音量バランス等も含めたあらゆる事をコントロールすることが必要不可欠だからです。

Arthur Rubinstein

そう言えば、アンセルメなどはオーケストラの楽器のバランスをコントロールするのは指揮者の仕事であり、そのバランスを録音が終わってからの編集段階で調節することを忌み嫌いました。そして、そのポリシーに相応しく、彼のオケに対するコントロールは常に完璧であり、編集の段階で何らかの補正作業を行う必要はほとんどなかったとDeccaの名物プロデューサーだったカルショーは明言しています。
しかし、世の中には、そう言うポリシーとは全く真逆のポリシーを持った音楽家もいます。とりわけ、ソリストと呼ばれる人種の中にその様な困った人が多いようです。

ソリストというものは目立ってなんぼであり、それ故に共演した他の音楽家よりも「目立たない」と言うことは絶対に許されないのでした。
カルショーの回想によれば、とある歌手の妻は常にテープレコーダーを持参して録音会場に姿を現したそうです。そして、彼女は録音が始まると自分もまた持参したテープレコーダーで録音を始めるのです。(昔の大スターはそんな事が許されたのですね、驚き!!)
そして、彼女は自分のレコーダーでプレイバックをして、夫の歌声が他の歌手よりも「大きく」録音されているかどうかをチェックするのです。
そして、もしも、その声が彼女が「要求」するレベルよりも小さくしか録音されていなければすぐにクレームをつけたというのです。

お金を出してそんなレコードを買ったユーザーからすれば目眩がしそうな話なのですが、ソリストとよばれるような人は程度の差こそあれそう言う存在なのです。
そして、ルービンシュタインもまたそう言う傾向が極めて強いピアニストだったのです。

彼の「私のピアノの音は隅々まで聞こえなければいけない」と言うポリシーを実現するためにルービンシュタインは二つのことを行いました。
まず一つめは、自らのピアノの音が隅々まで聞こえるように力の限りピアノを轟かせることであり、二つめは、その轟くピアノの音がオーケストラの響きによって邪魔されることがないように、指揮者に対してオーケストラの音を控えめに鳴らすように要求することでした。
音楽的に言えばあり得ない要求なのですが、その背景には、ユーザーが聞きたいのは伴奏のオーケストラではなくて、ソリストである自分のピアノなのだという揺るぎない自信と信念があったのです。

そして、このルービンシュタインの信念がもたらした最大の不幸がモーツァルトの録音において発生しました。
あの録音には幾つかの不幸が重なっていました。

その一つは、ルービンシュタインが専属契約を結んでいるRCAではなくて、Deccaによって行われたことでした。
当時のレーベルと演奏家の専属契約は絶対で、普通ならばDeccaがルービンシュタインを起用して録音を行うことはあり得ないのですが、50年代の後半からその両者は提携関係を結んでいました。
その提携関係のおかげで、Deccaはライナーやルービンシュタインを起用して録音が可能となり、逆にRCAもDeccaが抱えている有名歌手を起用してオペラの録音が行えるようになったのでした。

そして、それはそれでめでたいことだったのですが、録音スタッフと演奏家が初顔合わせだと問題が起こることが多いのです。
ライナーのように、最初のセッションのプレイバックを聞いて、それが気に入らなければすぐに荷物をまとめてかえると凄みをきかせる人もいたります。しかし、Deccaにしてみれば、厳しくはあってもその様なプロ意識に徹した人の方がつき合いやすかったようで、ライナーもまた音楽のために最善を尽くすDeccaの録音スタッフとすぐに信頼関係が結べて仕事はすべて順調に進んだのでした。

困ったのは、ルービンシュタインの方でした。
何しろ彼は、己のポリシーを100%実現させるために、彼の意向にすべて従う指揮者を指名してきたからです。

結果として、ピアノは雷鳴のように轟き、オーケストラはその轟きを一切邪魔しないようにひたすら静かに鳴り続けたのです。
そして、それを何とかしてくれと録音スタッフが指揮者に懇願しても、彼が顔色をうかがうのは最初から最後までルービンシュタインの方だったのです。

そして不幸のトドメは、当時の録音手法は基本的に「ワンポイント」的な手法だったことです。
良し悪しはひとまず脇におくとして、それがマルチ・マイク録音であるならば編集段階でいかようにでもバランスを整えることが出来ます。しかし、ワンポイント的な録音であるならば、やれることはほとんどありません。
結果として、ルービンシュタインがわざわざロンドンにまで出かけて行った録音だったにもかかわらず、その内の幾つかはとうとう使い物にならず永遠に封印されることになってしまいました。そして、その経緯を聞いたRCAの録音スタッフは「やっと俺たちの苦労が分かったか」と笑うばかりだったようなのです。

しかし、ルービンシュタインにしても、わざわざロンドンまで出かけて録音した物が商売物としては使い物にならなかったと言うのはさすがに考え込まざるを得なかったのでしょう。そして、彼は彼なりに「バランス」と言うことをもう一度考え直すきっかけとなったのかもしれません。
そして、その考え直した結果どうなったのかがよく分かるのがこのグリーグのピアノ協奏曲の録音なのです。

これは実に不思議な録音です。

グリーグ:ピアノ協奏曲 イ短調 作品16
(P)アルトゥール・ルービンシュタイン:アルフレッド・ウォーレンステイン指揮 RCAビクター交響楽団 1961年3月10日録音

何故ならば、ルービンシュタインは生涯にこの作品を4回録音しているのですが、その内、ステレオによる録音は以下の2枚なのです。

  1. アルフレッド・ウォーレンステイン指揮 RCAビクター交響楽団 1956年2月11日録音
  2. アルフレッド・ウォーレンステイン指揮 RCAビクター交響楽団 1961年3月10日録音

「RCAビクター交響楽団」というのは覆面オケであり、それ故にメンバーの入れ替えはあるとしても、基本的には全く同じ顔ぶれでわずか5年の歳月を隔てただけで同一作品を録音しているのですから、1961年の録音は、通常ではあり得ない「再録音」です。

しかし、そう言う「あり得ない」事をやってしまった背景には、協奏曲における「オーケストラとピアノとのバランス」という問題を一から考え直してみたいというルービンシュタインの強い意向があったことが窺えます。それは、我が儘と言えば我が儘何のですが、それが通ってしまうところにルービンシュタインの大物ぶりと、それを許してしまう「時代」を感じてしまうのです。

音楽的に言えば、あまりにも逞しいルービンシュタインのピアノは、北欧のリリシズムが欲しいリーグの音楽とはどこかそぐわない感じはあるのですが、録音としては見事な形に仕上がっています。
ピアノとオケがそれぞれに十全に鳴りきりながら、尚かつ両者が絶妙なバランスを実現しています。
60年代初頭のRCA録音ですから、基本的には最小限のマイクセッティングで録音されているはずです。ですから、ここで聞くことのできるバランスは、まさにスタジオにおいて鳴り響いていた物を見事なまでにすくい上げた物なのです。

言うまでもないことですが、ルービンシュタインのピアノは深々として低音の響きから、ピアニシモ繊細な響きまで見事にとらえられています。そしてオーケストラもまた管楽器の美しい響きは十全に捉えられていますし、それぞれの楽器の定位も見事に決まっています。
しかし、単独で見れば、例えば、同時期に録音した小品集と較べればピアノの響きに少し不満は残りますし、オケにしてみても、交響曲のように思う存分鳴らせるときのように巨大な音の壁が立ちあらわれるというわけにはいきませ。
そう言う意味では、一聴しただけで「凄い!!」と思わせられるような録音ではありません。しかし、その両者がこれほどのレベルで共存することもまた難しいのです。

それ故に、この録音は「ピアノ協奏曲」というジャンルの難しさを証明しているのかもしれません。


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