ソフトは王様か家来か?

今回の話はほとんどの人にとっては何の興味も意味もないテーマです。悪しからず・・・m(_ _)m。

『「16bit 44.1kHz」というCD規格の器は・・・然るべき情熱を注げば、「至高のアナログ再生(^^;」に肩を並べられるような世界を十分に作り上げることができるのです。ただし、その世界はノイズも込みで作り上げるアナログな世界とは全く別物にはなるはずです。
「肩を並べる」と言ってもそれはアナログとニアイコールの世界を目指すことではないのですが、それは書き始めると長い話になるので、機会を改めてふれてみたいと思います。』

この一言に対する補足です。

「Hi-Fi(ハイファイ)」から「レコード演奏家論」へ

最近ではあまり聞くことがなくなりましたが、「Hi-Fi(ハイファイ)」という言葉がオーディオの世界にはありました。「High Fidelity(高忠実度、高再現性)」の略語であり、日本では「原音再生」と訳されたりもしていました。調べてみると、この用語が広く使われ出したのは50年代のことで、私がオーディオなどというものを囓りはじめた70年代の終わり頃でもそれなりの影響力を持っていました。

コンサートホールやライブ会場で鳴り響いている音を、オーディオ機器で忠実に再現すると言うのが「Hi-Fi(ハイファイ)」の主張でした。
冷静に考えれば、そのようなことは容易に実現できるものでないことはすぐに気がつくのですが、世間では安易なマーケティング用語として跋扈しました。そのせいで、この主張をまじめに追求した高城重躬のような存在までもが、まるでこの胡散臭いマーケティング用語のお先棒を担いだかのように見なされるのは実に残念な話です。
ちなみに、高城はその場で録音・再生できる場合にのみ「原音再生」という概念を使用し、一般的なレコード音楽には使わなかったことには留意しておく必要があります。

そして、この「Hi-Fi(ハイファイ)」という言葉の胡散臭さが広く周知されて影響力を失っていく中で(それでも、広告からこの言葉が消えることは今もありませんね)、次に大きな影響力を持つようになったのが菅野沖彦による「レコード演奏家論」でした。
この「レコード演奏家論」によって、オーディオ評論家のカリスマの地位は高城から菅野へ移動したことは間違いありません。

菅野の主張はリンク先を参照していただくのがベストなのですが、そんな面倒なことはイヤだという方のために無理を承知でまとめれば、「録音再生音楽の不可避な物理的非忠実性を否定するのではなく、これを、新しい独自性をもった音楽芸術カテゴリーとして肯定的に捉え、考え、再創造行為として価値を認め尊重したいと考える・・・。」という一言に尽きます。

長年「原音再生」のお先棒を担ぎながら、「原音再生」の胡散臭さが広まると、今度は原音再生が論理的に不可能なことを「新しい独自性をもった音楽芸術カテゴリーとして肯定的に捉え」とは何とも虫がいい・・・というような「嫌み」はひとまず脇におくとして(^^;、菅野の主張はオーディオの世界を「忠実性」という呪縛から解き放ち、再生する側の「恣意性」を容認し、賞揚するという意味で大きな意味を持ちました。

もちろん、菅野は「恣意」などと言う言葉は使ってはいないのですが、レコード音楽とは「再生する人の解釈次第ということになって、望むと望まざるに関係なく、ここにこそ、レコード音楽の独自性と特質が在在することになるのである。」と述べているのですから、「恣意性」という言葉で要約しても大きな誤りではないでしょう。
とは言え、彼はこの「恣意性」につながりかねない主張の中に注意深く哲学者のカントを持ち出してきて、「芸術であるからには、ただの感性の遊びではなく、そこに悟性的秩序の存在がなくてはならない」と釘をさす用心深さは忘れてはいません。
しかし、その後の彼の言動(ステサン誌に彼が連載した「オーディオファイル訪問」等々・・・)を見る限りは、「好き勝手な感性の遊びだけに終始しているものを彼は芸術とはいえないといっているのである」というカントの忠告にはそれほど忠実でなかったことも事実です。
しかし、そんな些細なことで菅野の「レコード演奏家論」を否定的に見るつもりは全くありません。
それどころか、そんなつまらぬ細部に気を遣っていらぬ予防線などを張る必要はなかったのに、とさえ思ってしまいます。

何故ならば、「感性の遊び」と「悟性的秩序」の間に線を引ける奴なんてどこにもいないからです。それどころか、「感性の遊び」を忘れた「悟性的秩序」なんて、「脂をすっかり抜き、のどに刺さるといけないと骨を一本一本抜いてグズグズにしたものを椀の中に入れて出した」サンマみたいなものです。
世間知らずのお殿様だって、「サンマは目黒にかぎる」と言いたくなるでしょう。

つまりは、多くの人が長い間漠然と感じていた「再生の自由への渇望」を菅野が整理して体系づけてくれたことで、音楽ソフトは実演を詰め込んだ缶詰から、レコード音楽という新しい料理を作るための素材に格上げされたのです。
菅野流の言い方を借りれば「真摯にレコードを演奏する人にとってのプログラムソース(アナログディスクやCDなどのメディア)は、クラシック音楽演奏家にとっての楽譜に限りなく近い存在」となったわけです。

この立場に立つならば、演奏家にとってスコアが解釈の対象であるように、音楽ソフトもまた解釈の対象となるのは当然のことでした。

これは、なかなかに思い切った主張です。
何故ならば、演奏家にとってのスコアの解釈の幅は非常に広いからです。

長年クラシック音楽を聴き続けてきた人ならばその事は簡単に理解できるはずです。クラシック音楽の世界では同じスコアを使って全く別の音楽かと思うような演奏が可能なのです。
時には、その違いが「恣意性」の範囲に及んでいるように聞こえることもありますが、「大家」と呼ばれる域に達すればそれもまた「有り」なのです(個人的には「有り」ではないのですが・・・^^v)。

ソフトは家来となるアナログの世界

自分の楽しみのためだけにレコード音楽を追究している再生家ならば、演奏に許されている枠よりもさらに広い自由度(恣意性)が許されるのは理の当然です。同じソフトを再生して全く別物であるかのように響いてもそれは「有り」なのです。
ですから、どなたかがコメント欄で書かれていたことも十分に有りだと思います。

「アナログの話題につられて、超久しぶりにターンテーブルをセットしてLPを聴いたのですが、その音の好ましさに今更ながら驚きました。私のセットはエントリークラスそのもので、明らかに音が歪んでいるばかりか、情報の欠落まではっきりと解るのですが、涙が出そうに好ましい音なのです。(少年時代を思い出すというバイアスが大いに掛かっていますが)」

「明らかに音が歪んでいるばかりか、情報の欠落まではっきりと解るのですが、涙が出そうに好ましい音なのです。」というのは、実に正直な言葉だと思います。
このスタンスは料理にたとえるならば、「ソフトを素材としながらも、自分の好みにあった調理法で自分好みの最高の料理に仕立てる方法」だと言い切っていいでしょう。

アナログというのは、録音からミキシング、そしてプレスに至る過程だけを見てもアバウトの極みです。
そして、そのようにして作られたLPレコードが再生される過程もまたアバウトの極みです。
そんな、アバウトの二乗とも言えるような媒体を使って音楽を再生しなければいけないものにとっては、ソフトはどこまで行っても素材でしかあり得ないのです。信じたくても信じようがないのです。

ですから、そのような媒体を使った再生という行為において最も問われるべきは、その素材をいかに料理するかという料理人の腕です。
素材は料理人の前に傅かざるをえません。

音楽ソフトをいかように取り扱おうとそれは料理人の自由に属する問題であり、誰から何を言われようと気にする必要はありません。演奏家であればスコアの解釈次第で客が入らなくなる心配をしなればいけませんが、個人で楽しんでいるレコード音楽ならば、そんな心配すら存在しません。
つまり、菅野のレコード演奏家論の立場に立つならば、おそらく本人は否定するでしょうが、本質的にソフトは王様ではなくて、どこまで行っても再生家に傅く家来の地位にとどまるのです。
もしかしたら、口では「ソフトは王様」と言いながらも、実際にやっていることは家来扱いと言う人も多いのではないでしょうか。

一部の評論家は「reproduction(リプロダクション)」なんて言葉を使い始めているようですが、普通に日本語に訳せば「再生産」です。言葉は変わっても言っている中味は、ソフトは家来だと言っているのと同じ事です。

ただし、誤解のないように言い添えておきますが、私はこのようなスタンスで音楽再生を行うことは一つの見識だと思っています。
とりわけ、アナログ再生の世界で素晴らしいレコード音楽の世界を作り上げておられる方々は、このようなスタンスにたった極上の料理人であるとリスペクトもしています。そして、強く言い切ってしまえば、アナログ再生の世界においては、実質的にこのスタンスで音楽を再生するしか道はないように思います。

ソフトが王様となるデジタルの世界

しかし、デジタルの登場によって、それとは異なるスタンスで音楽が再生できることが漸くにして認知されるようになってきました。
そのスタンスとは、ソフトは素材ではなくて王様だというスタンスです。

もちろん、ソフトは王様という言葉はオーディオの世界では長い間使われてきました。しかし、この言葉が持つ本質的な意味を本当に理解し実践が可能となったのはつい最近のことだと思います。

デジタルの世界がもつ最大の強みは、限定された空間内ならば信頼しきれるという一点に尽きます。
もっと具体的に言えば、CD規格であっても「16bit 44.1kHz」という空間内のデータならば信じ切れると言うことです。そして、その限定された空間内ならばアナログのような曖昧さは基本的には存在しないのです。

こう言ってもいまいちピントこなければ、次のように言い換えることも可能です。
「20kHzまでの周波数領域と96dBのダイナミックレンジ」だけは完璧に保持されているのです。

確かに、CD規格には96dBをこえるダイナミックレンジはありませんし、20kHzをこえる領域の音楽データは再生不可能です。しかし、その枠の中ならば一切の曖昧さもなしに完璧に録音時のデータが保持されているのです。
とりわけ、
「取り扱う信号が周波数 fc より高い周波数成分を持たないとき、サンプリング周波数 fs は
  fs≧2fc
であれば、サンプリングされた信号から元の信号は完全に再現される。」

というサンプリング定理の重みは改めてかみしめる必要があります。

CD規格の「44.1kHz」という規格は常に批判の的になってきましたが、それは逆から見れば20kHzまでの信号は「完全に再現される」空間はもっていると言うことのです。
ならば、この限定空間にあって録音時のデータが完璧に保持されている媒体に対して、再生する側はどのような立場で望むのかという根本的な問いが投げかけられることになります。
アナログとは比べものにならないほどの忠実性をもった媒体に対して、それでも素材として家来扱いするのか、それともその忠実性の前に傅くのかという問いかけです。

それは、ソフトと再生家の関係を作曲家と演奏家の立場に置き換えれば、問題の本質がよりクリアになってきます。

アナログの媒体をスコアにたとえれば、おそらくアナログ派の方々は疑義を唱えるでしょうが、それでもその実体は至る所に欠落や誤りが存在していることは否定できません。
演奏家にしてみれば、スコアを信じたくても信じ切れないというのがアナログの宿命です。
しかし、デジタルならば、ある限定された空間内においてはスコアは常にクリアなのです。ビットパーフェクトであれば、そこに欠落もなければ誤りもありません。
そう言うスコアを前にして、あなたはどのようなスタンスで演奏に臨むのですか、という問いかけがなされているのです。

言うまでもなく、ソフトがもっている忠実性に傅くというのはソフトを本当の意味で王様の地位に据えると言うことです。演奏の方法論にたとえれば、それは典型的な「原典尊重」の立場です。
この立場に立つならば、ソフトをただの素材として自由に扱うことは許されず、「16bit 44.1kHz」という器の中に収録された音楽信号をできる限り正確に拾い出しそれをできる限り劣化させることなくスピーカーにまで送り届け現実の音楽に変換することこそが求められます。

それに対して、デジタルの世界であってもソフトを家来扱いにするというのは、明確に提示されたスコアよりも演奏家が己の感性を優先させるということです。それは、19世紀的なロマン主義的歪曲を是とする立場でもあります。
しかし、私たちは長い演奏史の経験から、そのようなロマン主義的歪曲が作品の本質をいかに毀損するかと言うことをすでに知っています。

ここで話は、突然大きく横にそれます。(^^v

テレビ朝日で「関ジャニの仕分け∞」という番組をやっています。この番組の中でプロの歌手に子どもや芸人さんがカラオケで挑戦するというコーナーがあります。

例えば、
歌手:葛城ユキに歌うま芸人:阿佐ヶ谷姉妹・渡辺が葛城ユキの持ち歌である「ボヘミヤン」で挑戦するとか
歌手:日野美歌に歌うまキッズのさくらまや(15)が日野美歌の持ち歌である「氷雨」で挑戦する
というようなコーナーです。

面白いことに、自分の持ち歌を歌った歌手の方がよく負けます。

勝ち負けはカラオケの採点機能が判断します。

まず、採点基準の原則は音符を外すか外さないかです。スコアに忠実に歌えば歌うほど得点は高くなります。しかし、一音もはずさに歌ったとしても100点満点にはなりません。それに加えて、「こぶし」とか「しゃくり」とか「ロングトーン」というような、歌を美味しく聴かせるような要素がないと加点されないので得点は伸び悩みます。
つまりは、スコアに忠実に歌うことは大前提ですが、その作品が持っている美味しい部分を上手く表現しきらないと高得点にならないのです。一昔前のカラオケの採点機能はスコアへの忠実度だけが対象だったので、歌を聴いて受ける感銘と得点が必ずしも一致しなかったのですが、最近の得点機能はそのような違和感を感じることは非常に少なくなっています。

前ふりが長くなってしまいました。(^^;
私が面白いと感じたのはそのような採点機能の凄さではありません。

そうではなくて、この勝負の中で歌われる歌が、どれもこれも「あれっ?この歌ってこんなに素敵な音楽だったかな?」と思ってしまうほどに素晴らしいのです。
そして、その素晴らしさは、時には「おおーっ!!」と呻ってしまうほどの凄さだったりするんです。観客席にはその歌を聴いて泣いてしまっている人もいたりするんですが、それがやらせだなどと微塵も思わせないほどにの凄さなのです。
それはもう、日頃聞き慣れた歌とは全く別物になってしまっているのです。

歌手というのは、自分の持ち歌ならばコンサートなどで結構崩して歌っていることが多いです。理由は簡単で、その方が楽だからです。つまり、自分が歌いやすいように適当に音楽を崩して歌い、その崩しを自分のテクニックだと思っている場合が多いのです。
ところが、この勝負でそんな歌い方をすると驚くほど得点が出ません。
最初の頃は、それでも自分のスタイルを崩さずに思い入れたっぷりに大熱唱する歌手もいたのですが、その独りよがりの盛り上がりに反して得点の方は驚くほどの低さだったりしました。

そんな悲惨な光景を何度も見せつけられると、歌手の方も本気でスコアを見直し、自分の癖を全てリセットして本番に望むようになります。
当然のことながら、挑戦者の方は最初からスコアだけを頼りに高得点を狙ってきますから「崩し」なんかは入る余地もありません。この二人が本番ではガチンコでぶつかるのですから、これはもう聞き物です。

おそらく歌っている方は大変だと思います。抑えるべきポイントが山ほどあって、気持ちよく歌い上げているような場面などは皆無なんだろうと思います。いわば、不自由の極みの中で音楽を整然と構築し、さらにはその内容が聞き手にキチンと伝わるようにあらゆるテクニックを計算通りに駆使し続けなければならいなのです。

ところが、そう言う不自由の極みの中で歌い上げられた音楽の何という素晴らしさ!!
手垢にまみれた音楽が、本当にまっさらになってキラキラと魅力を振りまいているのです。
そして、思うのです。

「この歌ってこんなに素敵な音楽だったんだ!!」

そして、これと同じ事がデジタルにおける再生という行為についても当てはまるのではないかと思うのです。

音楽ソフトを素材と考えるならば、つまりはソフトを家来扱いするならば、その時々に鳴り響いているレコード音楽は自分の主観的な好みにあった最高の再生であるはずです。
それ故に「至高のアナログ」なのです。
つまり、アナログを至高と考えるのは、それが音楽を再生する器として「16bit 44.1khz」を遙かに超える大きさを持っているから(そのようなことは絶対にあり得ない!)「至高」なのではなく、「至高」と感じさせるような解釈を前提として成り立っているシステムだから「至高」なのです。

しかし、このような広い自由度が保障された空間に放り込まれた人間は、フロムの「自由からの逃走」を持ち出すまでもなくその対価としての孤独や責任が発生し、そのようなの孤独や責任を受け入れる責務と覚悟を持つことが迫られるのです。
もっとわかりやすく言えば、そのような自由は常に自己満足と向上心の欠如というブラックホールと背中合わせになる危険があるのです。
そのことは、自分の持ち歌を思い入れたっぷりに大熱唱して悲惨な得点しかでないプロ歌手の例を見れば明らかです。安逸さに満ちたブラックホールに落ち込んでいくのを防ぐのはとてつもなく難しいのです。

それに対して、ソフトが王様の立場に立つならば、音楽ソフトは絶対です。
再生する側はどこまで行っても音楽ソフトに傅く存在であり、その取り扱いの自由度は限りなく限定的なものにならざるを得ません。ソフトをただの素材として自由に扱うことは許されず、「16bit 44.1kHz」という器の中に収録された音楽信号をできる限り正確に拾い出し、それをできる限り劣化させることなくスピーカーにまで送り届け現実の音楽に変換することこそが求められるのです。

しかし、音楽ソフトの中に封じ込められた音楽データを100%くみ上げて音楽に変換することは限りなく難しい営みです。
特に、『「16bit 44.1kHz」という器の中に収録された音楽信号をできる限り正確に拾い出す』ことはPCオーディオの急激な発展でかなりの部分までは実現できつつありますが、後段の『それをできる限り劣化させることなくスピーカーにまで送り届け現実の音楽に変換する』という部分が実に難しいのです。
それは難しいどころか、伝統的なオーディオの世界では、そのような忠実性を持ち込むことを「リプロダクション」とか「レコード演奏家」などという言葉のもとに積極的に否定してきた節があるのです。つまりは、デジタルの時代に入ってもアナログ段で積極的に色づけを付加することで、主観的に満足がいくような音の世界を作ってきたのが伝統的なオーディオの世界なのです。

ですから、本当に「16bit 44.1kHz」という規格の中に封じ込められた音楽データを信じ、それを忠実に再現することこそがデジタルのレコード音楽の世界では重要であり肝なんだと確信するならば、そう言う伝統的なオーディの世界からは決別しないといけないのです。

ついでながら、ここで一言付け加えますと、19世紀のロマン主義的歪曲というのは、その裏側に、原典通り演奏したくても演奏できないという演奏家側のスキルの低さが大きな要因になっていました。そして、そんな演奏する側の勝手な都合をぶち破るにはトスカニーニのような強烈な個性が必要だったのです。
そして、ほぼそれと同じ事がオーディオの世界でも言えると思います。

正直言って、今のアナログ段のオーディオ機器には「16bit 44.1kHz」のデータを過たず正確に音に変換する能力はありません。とりわけ、スピーカーこそは最大の劣等生です。
この厳然たる事実がレコード演奏家論が大きな影響力を持たざるを得なかったもう一つの大きな要因だったと思います。
一部では、それでも○○のスピーカーを使えば完璧な原音再生ができますよとお気楽なことを言う人がいますが、事はそんな低レベルな話ではないのです。

さらに言えば、ここからぼそっと怖いことを書きますが(^^;、そしてほとんどのオーディオメーカーは否定するでしょうが、ディスクプレーヤーでお皿を回す再生の形では、前段の『「16bit 44.1kHz」という器の中に収録された音楽信号をできる限り正確に拾い出す』ことすら不可能だと確信するようになってきました。
ただし、それは、あちこちの試聴会で数多くの超高級ディスクプレーヤーを聞き回った上での感覚的な結論です。技術的、および理論的な裏付けは全くありません、全く持っての感覚的な話です。
しかし、その感覚はどれほどの高級機をもってきても、ディスクレスと比べると何か打ち破れない一つの壁のようなものが存在していることを主張するのです。もしかしたら、それこそがアナログ的な、無用の色づけなのかもしれません。

ですから、後段の『それをできる限り劣化させることなくスピーカーにまで送り届け現実の音楽に変換する』などというのは遙か彼方の見果てぬ夢のように映ります。
それは、まるで到達することのないパ-フェクトと言う収束点に向かって永遠に突き進んでいく無限級数のような営みです。しかし、そのように舵を切り直さないとハイレゾどころか「16bit 44.1kHz」さえも汲みつくせないのです。

確かに、CD規格には不十分さがあります。そして、いろいろな理由で酷い音のするCDソフトが広く流通したことも否定しません。
しかし、CDの音が悪いと言われた最大の原因は、デジタルの世界に主観に基づいた色づけを容認するアナログの方法論をそのまま適用した再生側にこそ存在したのではないでしょうか。

それでも残る疑問とためらい

しかしながら、ここまで見切りながら、それでも残る疑問とためらいがあります。

一つは、信じるべき録音に対する不信です。

「初期のワンポイント録音は、その場の空気感をとらえてあまり音圧を上げずDレンジを広いまま入れるような音作りでした。・・・それらは超高級オーディオで聞けば最高にいい音でもあっても、一般リスナーには・・・迫力不足になりかねないのも事実。現在はどちらのユーザーにも満足してもらえるように・・・両立を心がけている。」
要はわざと音質を劣化させて販売していますと言うことです。

こんな事を録音現場の人間から聞かされると、ソフトを王様と奉ってもいいのかという根本的な疑問が否定しきれません。
とはいえ、最初期と比べればCDの音質は格段に向上しているのも事実です。不信は拭いきれませんが、信じるしかないと言うことでしょう。

もう一つは、オーディオの劣等生と言われるスピーカーのクオリティに対するためらいです。
デジタル段で可能な限り正確にデータを拾い出し、それをDACでアナログ変化してアンプからスピーカーまでできる限り劣化を最小限にとどめて送り届けたとしても(現状はとてもできていると言えるようなレベルではないですが)、果たしてそれを正確に現実の音に変換する能力が現代のスピーカーにはあるのだろうかという躊躇いです。

スピーカーは長らく「楽器」だと言われました。
そう言えば聞こえはいいですが、それはできの悪さを覆い隠すための美辞麗句でしかないことは明らかです。
ソフトを王様と思い定めたならば、そう言う送り込まれた音楽信号に対して積極的に色づけをするような楽器型のスピーカーはNGです。
その意味では、私もまたスピーカーの入れ替えを視野に入れなければ・・・と考えています。何しろ、ソナスの古いスピーカーなどというものは典型的な楽器型のスピーカーだからです。

しかし、ならば、メタル筐体の高忠実度を主張するマジコとかヘイリーのようなスピーカは本当に信頼するに足るのかと聞かれれば、やはり躊躇いは消えないのです。

マジコ S1・・・アンプどうすうのよ^^;

S-1

YG Acoustics Hailey 1.2・・・さすがに高すぎて買えないですが・・・--;

hailey

そして、そう言うタイプのスピーカーはどれもこれも結構な高額機が多いので、そうそうおいそれと買い換えを繰り返すわけにはいきません。もちろん、その高忠実度に信頼が置けると確信できれば思い切れないこともないのですが、基本が劣等生ですから、その売り言葉を信じるには躊躇いが残ります。

この1~2年、機会があるたびに試聴会に出かけてはそう言うタイプのスピーカーを聞いているのですが、その結果は躊躇いを大きくさせるばかりです。
そうなると、そう言う高忠実度を主張するスピーカーよりはソナスの新しいスピーカーを選んだ方が、中途半端ではあっても選択としては賢いのではないかという囁きを否定しきるが難しいのです。正直言って、今も私の中では7分3分くらいでソナスのようなスピーカーに心が傾いています。
偉そうなことを言っている割には腰の定まらない中途半端な男だと言われそうです。

ですが、そうやって割り切ってしまえないあたりにオーディオの難しさと深さがあるのではないか、とも思ったりしています。
オーディオは難しいのです。

37件のコメント

  1. こんばんわ、失礼します

    ソナスの新しいスピーカーですか
    パオロソナスはセルブリンソナスとは全く違います
    口の悪い方は「劣化B&W」とおっしゃいますし
    シアター展開のベネレ除けば総じて高額です。音楽性がないと言われてます
    オリンピカもリリウムも高いばかりで、オールドソナスのファンからは酷評されてます
    でも、いくらなんでもベネレ2.5や3.0では、お持ちのアンプからみれば役不足でしょう
    まあ、どこまでセルブリンファンの言うことを真に受けていいのかわかりかねますが

    YGアコースティックはいいスピーカーですね
    IASで聞いてきました
    私が「音楽性」よりトランスペアレンシーなサウンドステージにあこがれるせいかもしれませんが
    でも、普通に買えませんよね。ピュアオーディオがニッチになっているせいでもありますが

    1. オリンピカもリリウムも高いばかりで、オールドソナスのファンからは酷評されてます

      なるほど、新しいソナスは評判が悪いですか・・・。
      上にも書きましたが、この1年ほどは、機会があるたびに試聴会には出かけています。正直言って、どれを聞いても今のスピーカー(エレクタ・アマトール)を変えたい!!と思えるようなものにであわないのです。
      そりゃ、自分の部屋で自分の方向性に合わせて調整されたスピーカーと、その時だけポッと設置されたスピーカーを同じ目線で比較するのは間違いだと言うことは分かっています。

      分かっていますが、もうちょっと、何とかならないものか!などと思ってしまいます。

      YGアコースティックはいいスピーカーですね

      はい、これはいいなと思いました。
      でも買えないですね。(^^;
      Liliumは、もっと買えないですね。

      いろいろ考えると、上限は2000K円あたりが限界でしょうか。

  2. カーオーディオではこんなスピーカーが出ているようですが。

    Z8/Z17F

    デジタル信号をスピーカーに直接入力し、スピーカーの振動によって空間上でアナログ信号に変換するそうです。真のデジタルシステムということで、原理上は最強ということになりますね。

    分野が違うためかあまり評判は聞きませんが、今後の発展を考えればハイレゾ音源よりもはるかに期待が持てそうですね。

  3. デジタル信号をスピーカーに直接入力し、スピーカーの振動によって空間上でアナログ信号に変換するそうです。真のデジタルシステムということで、原理上は最強ということになりますね。

    早速にリンク先を拝見しました。・・・が、イマイチ技術的背景が分かりませんね。
    Google先生に聞いてみると

    http://av.watch.impress.co.jp/docs/news/20120927_562695.html

    「デジタル音源をDDC(Dnote)回路で情報量をそのままに駆動する「Digital to Digital」のダイレクトドライブ再生方式(DA変換レス)とFDMD(Full Digital Multi Drive)を実現。音源のデジタル信号に256倍のオーバーサンプリング(44.1kHz×256fs=11MHz)とデジタル変調をかけ、複数のデジタル信号に変換。複数のデジタル駆動信号をダイレクトにボイスコイルに伝達し、正確なコーンストロークを実現。マルチ駆動型のDクラスドライバから出力することで、スピーカーを直接、きめ細やかに駆動できるという。」

    らしいですが、やはりよく分かりません。
    今までとは異なる特殊なDA変換をしていると見るのが正解のような気もするのですが、それでもこういう形で新しい試みが出てくるのは有り難いです。

    退職までは数年残っているので、その間にいろいろな技術的動向を見極めて行きたいと思います。

    1. デジタル信号を変調するとか、6つのボイスコイルを使用するとかありますが、詳細は不明です。デジタルスピーカーの発想は昔からあったのに実現しなかった理由は、おそらく高速低消費電力のデバイスが必要だからでしょう。

      このスピーカー自体はまだまだ海の物とも山の物ともつかないシロモノですし、音も聴いたことがあるわけではありませんが、今後への期待ということで確実に言えることは、アンプやDACが不要になることで、音質を劣化させる要因が減ってシステムを安上がりに構築できるようになることと、クラリオンのHPにあるとおり「車種別専用チューニング」(イコライジング)など思いのままであろうということですね。

      ここでの話題に沿って言えば、原音忠実性の維持と、再生環境やソース、聴き手の好みに合わせるという恣意性を高い次元で(しかも低コストで)両立できるようになる可能性があるといっていいでしょう。ハードウェアの束縛から大きく解放されるというのは、一部のオーオタにとっては必ずしも歓迎すべき状況ではないかもしれませんが、オーオタではない音楽マニアにとっては願ってもないことだと思います。

  4. こんにちは
    長らく、このシリーズを拝見していましたが、
    納得いきません。
    やはりアナログのデータとしての完全さはやはり動かしようがないです。
    完全さとはいいすぎでしょうか?情報量の多さというべきでしょうか?
    逆にいえばそのようなデータであるからこそアバウトに扱われても、一部欠落したり
    変に増幅されても音楽情報を不完全にも伝えられると考えられます。
    16bit 44.1kHzはやはりスカスカです。
    疑いようもありません。

    前回書き込みをしてときに、ハーベスのスピーカーの限界を感じました。
    そこで、リファレンスとして、ある試聴室にでかけていって一台のスピーカーを購入しました。
    TimeDomain Lightです。(笑)
    アンプ内蔵のデスクトップ型の非常に小さなスピーカーです。
    正直バカにしてました。
    しかし、バカは私でした。

    以前書き込みをしたときと同様に、APU1Cを使いlightmpd(64bit)で32bit float、384KHzまで
    アップサンプリングした設定でもTimeDomain Lightは過不足なくなります。
    机の上でシンフォニーが最小音はきわめて微弱に、最大音は豪快に(ちょっと大げさですが)
    これは聞いていただかないとわからないと思います。

    それで
    以前書き込みした

    ズービン・メーター指揮
    ブラームス バイオリン協奏曲ニ長調 作品77

    をレコード、16bit 44.1kHz、32bit float、384KHz

    で再度、再生してみました。
    16bit 44.1kHz は聞けたものではありません。バイオリンがさがさです、倍音がつまるようです。
    レコード 音色のよさ、情報量の多さによる響きの自然さ、響きの中に表情がある様。
    32bit float、384KHz 音色のよさではレコードとかなり似ています。しかし響きの中に表情はないようです。

    どなたかが言っていた
    >マスタリングの際のイコライジングの違いからか,アナログ盤の音色(音質ではありません)のほうが好ましい
    ということもあろうかと思いますが。
    この倍音の違いは私には圧倒的です。
    また、アップサンプリングによる変化も目を見張るものがあります。
    アップサンプリングによって偽音が発生するとおっしゃる方もいらっしゃいましたが、オリジナルでは
    聞く気になりませんでした。

    やはり、データ量の多いことで基準はアナログと考えたほうが正しいと思います。

    ひとこと、私はいい年ですが、まったくアナログにたいする思い入れはありません。
    レコードを再生し始めたのも、この2,3年です。正直あのノイズには辟易します。
    クラシックを聞くなら、ノイズがなく細部が聞き取れるCDと思っていました。
    しかし、CDでは倍音の多い楽器、特にギター、バイオリンなどがうまくなってくれません。
    わたしはそう思っています。補完機能のあるプレーヤーなら別でしょうが。

    1. やはりアナログのデータとしての完全さはやはり動かしようがないです。
      完全さとはいいすぎでしょうか?情報量の多さというべきでしょうか?

      一言で言えば、この問題については論理的にはすでに結論が出ていると思います。
      デジタルに比べて完全でもなければ、情報量(何をもって情報量というのかは分かりませんが^^;)が多いわけではありません。

      後は色づけを是とするか否とするかです。ただし、是とするのが悪いとは思っていません。しかし、その道は今までみんなさんざんやってきたことなのです。

      16bit 44.1kHz は聞けたものではありません

      この聞き飽きた言葉への回答としてこの項目を書いたつもりなのですが、やはり分かっていただけない方には分かってもらえないのですね。
      私は右へ行きますし,そうでない方は左へ行くまでです。

      <追記>
      図書館で久しぶりにステサン誌を読むと、二人の評論家の間で「自分が目指す音」と題しての討論企画が掲載されていました。(190号から192号まで)
      デジタルとアナログという括りでは全くないのですが、問題意識としては同じよう内容が語られていてちょっとばかり興味深かったです。和田博巳が主張している内容をもうひとりの評論家は全く理解できていないのを見て、やはり分からない人は分からないんだなと妙に納得しました。

      1. こんにちは

        >一言で言えば、この問題については論理的にはすでに結論が出ていると思います。

        サンプリング定理のことを仰っているとおもいますが、

        >「取り扱う信号が周波数 fc より高い周波数成分を持たないとき、サンプリング周波数 fs は
        > fs≧2fc
        >であれば、サンプリングされた信号から元の信号は完全に再現される。」

        ①サンプリング周波数 fs を44.1khzでサンプリングしたものと、それ以上の周波数でサンプリングしたものと
        と論理的には同じものと考えられるが、聴感的には?

        ②どなたが仰っていたように倍音成分をきちんとサンプリングするには44.1khzでは不十分である可能性。

        ③パルス音などの瞬間的な音の場合サンプリングするには44.1khzでは不十分である可能性。

        など疑問だらけだと思いますが・・・

        私の
        >情報量の多さ
        とはサンプリングされていないということです。

        可能性があるのに追求されないのは実験の精神とは程遠いですよね。

        >私は右へ行きますし,そうでない方は左へ行くまでです。

        そのとおりだと思います。
        わたしは、信者でもありませんし、自分の耳と実験でしか判断していませんので。
        あしからず。

        1. チャーリー様、Fujiと申します。

          1980年代以降、相当数のLPレコードはデジタル音源を用いて作成されていると思うのですが、LPレコード愛好家の方々は、これらのLPレコードは一切聴かないし、所有もしてないと言うことなのでしょうか。チャーリー様ご自身は如何でしょうか。

          1. Fuji様

            ご質問。ありがとうございます。
            前の書き込みに手もふれましたようにLPレコードマニアではありません。
            しかし、おそらく
            >デジタル音源を用いて作成されていると思うのですが
            確かと思われるのは、グールドのゴールドベルグがございます。
            CD、SACDともっていますので(すでにデータとしてしか存在しないものもありますが)、しばらく時間がかかってもよければ
            比較して、コメントさせていただきます。

    2. チャーリー様、Fujiと申します。

      >6bit 44.1kHz は聞けたものではありません。バイオリンがさがさです、倍音がつまるようです。
      >レコード 音色のよさ、情報量の多さによる響きの自然さ、響きの中に表情がある様。

      情報量の多さではないと思います。前回の投稿で述べたように、LPレコードは20KHz以上の音は入っていませんし、LPレコードの製造工程を見ても分かる様に、これだけアナログ信号をいじくり回したら、物理的にも、電気的にも、元の波形(音源)と比べると相当変形してしまい、まともな音など再生されるはずは無いと思うのですが、この辺りはマスタリングエンジニアーの腕の見せ所なのかもしれません。又、何度か皆様にお聞きしているのですが、どなたからも回答を戴いておりません。ネット上で散見されるのですが、デジタル音源で作成されたLPレコードから再生される音は、アナログの音になるそうですが、これって本当なんでしょうか。Linn Records なんかもSACDの音源を使ったLPレコードを出していますから、あながち嘘だとは言えないと思うのですが。(元はパソコンを使って録音した音源ですから、レコード愛好家の方々には許せないのではと思うのですが。)本当にデジタル音源で作成されたLPレコードから再生される音はアナログの音になるのでしょうか、チャーリー様はどの様に思われますか。

      1. Fuji様

        LPレコードのマスタリングがいいのか?CDのマスタリング(リマスタリング)が悪いのか?
        マスタリングの可能性を否定するわけではありません。
        ただ、CDの音源をアップサンプリングすることでLPの音色にかなり近づき、倍音の広がりも
        自然となりました。また、他の音源もアップサンプリングすることで同じような傾向となるようです。
        当方、マスタリングについて無知のためにわかっていないだけなのかもしれません。

        >ネット上で散見されるのですが、デジタル音源で作成されたLPレコードから再生される音は、アナログの音になるそうですが

        これについては当方、アナログマニアでもなく、アナログ好きでもないため、
        世の中で俗に言われる「アナログの音」についてはよくわかりません。

        とりあえず、前の質問にあるグールドの比較にて答えとさせてください。
        今度の日曜ぐらいには返事をしたいとは思います。

        1. チャーリー様、Fujiです。

          >アナログマニアでもなく、アナログ好きでもないため、世の中で俗に言われる「アナログの音」についてはよくわかりません。

          「アナログの音」と言うのは、チャーリーさんがおっしゃった”【レコード 音色のよさ、情報量の多さによる響きの自然さ、響きの中に表情がある様。】”に尽きると思うのですが、この音がデジタル音源を用いたLPレコードで再現されるのかに尽きると思います。とにかく録音現場では1980年代以降デジタル録音が徐々に増え、1990年代以降に入るとPCを駆使したデジタル録音が主流になって来ますので、新譜として発売されるLPレコードの殆どはデジタル音源を使用していたはずです。デジタル録音になってからミックスダウン、マスタリングといった作業は1950-1980年代に行われていたテープによるミックスダウン、マスタリング作業に比べ格段に楽になったそうです。それと引き換えに、それらに携わるエンジニアのレベルが以前と比べてかなり落ちているそうです。前回も述べましたが、テープを用いたLPの製作過程は10工程以上もあり、アナログ信号をこんなにいじくってしまっては情報量、音色等は確実に低下してしまいます。従って、LPレーコド作成時のマスタリング作業は、情報量、音色等の低下をいかにカモフラージュするか、ここでも使わせて戴きますが”【レコード 音色のよさ、情報量の多さによる響きの自然さ、響きの中に表情がある様。】”に聴こえる様にいかに調整するか、非常に重要な作業だと思っております。

          1. チャーリー様、Fujiです。

            本日投稿した、(2014年10月15日 at 8:45 AM)の分に付いて。
            【マスタリング作業は、情報量、音色等の低下をいかにカモフラージュするか、】
            この記述は不適切ですので、
            【マスタリング作業は、情報量、音色等の低下を補い、いかにLPレコードとして完成した時、】
            と訂正させてください。

          2. Fuji様
            結論がでました。
            今日、一日テストしてましたが、自分の引用でありますが
            【レコード 音色のよさ、情報量の多さによる響きの自然さ、響きの中に表情がある様。】
            あっているようですね。
            つけくわえるなら、【何かしらエコーのような響き、濃密さ、黒光りした艶、時間が遅くなったような感覚。】
            を感じました。
            LP>SACD(DSD)>アップサンプリングしたwav>wav(16bit 44.1kHz)
            の順です。
            LPはレーベル面にデジタル、デジタルのありますので、グールドですし間違いなく、デジタルです。新譜で買ったのでほとんどノイズもありません。
            SACD(DSD)もちょっと私の環境では(すいませんが、いろいろあってお話できませんが)音色が固かったですが、ダイアモンドみたいでした。情報量はLPと同じ程度だとおもいます。もっとよく鳴らせばLP同様にバランスのとれた表現の幅ひろく鳴らせるとおもいます。

            私の結論は、
            異論はあるかもしれませんが
            やはり、メディアは情報量の大きなものを使うべきです。

        2. チャーリーさま

          グールドのゴールドベルグ変奏曲ですが、1981年の録音だとすれば、多分SONYのPCM1630プロセッサーが使われています。
          PCM1630は量子化ビット数16bit、サンプリング周波数44.1kHz or 48kHzなのだそうです。
          ですから、このデジタルマスターを元に製作されたLPの情報量はCDと同等レベルということになります。

          素人が少し調べただけですので、基本的な部分で誤りがあるかも知れません。その場合はご容赦下さい。

          1. joecool さま
            ご意見ありがとうございます。

            それが事実ならしょうがないとおもいます。
            わたしの耳がその程度か、聞きすぎでハイになっているかでしょう。
            正直自分でも間に入っているプリアンプのせいかな、とも疑っています。

            自分の耳に正直に書いたことに間違いはないです。

          2. joecool さま

            インターネットで私も検索してみましたが、
            やはり、おっしゃるとおりのようですね。
            すると
            今回の試聴に関して
            >やはり、メディアは情報量の大きなものを使うべきです。
            という仮説はまちがっているようですね。
            なぜなら、「LPもCDもデジタルで同じデータ量」であるから。
            しかし、自分の耳を信じるなら、
            同じデータ量ならなぜ、LPの方がCDより音質が良く感じたか
            その理由を探したいとおもいます。
            それがわかればよりよくCDも再生できるかもしれません。

            音質がよく感じたからといって、マスターに近いわけではないというご意見も
            ありましたが、マスターがどんな音質かはマスターを直接にでも聞かなければわかりませんし、マスターが複数存在することもあるようです。
            現に、わたしの持っている1981年の録音のCDでも2種類、冒頭のアリア部分をSoundEngine に取り込んで比較しましたが全然違いましたよ。

            今回のご意見、大変勉強になりました。
            ありがとうございました。

      2. Fuji さま

        面白い実験をしているサイトを見つけました。
        http://fixerhpa.blog.fc2.com/blog-entry-217.html

        このサイトの実験結果からすると、PCM録音で製作されたLPでもちゃんとアナログの音になりそうです。

        手持ちのLPで検証できたら良かったのですが、PCMで録音されていると解るものが見つかりませんでした。残念。

        1. joecool 様、Fujiです。貴重な情報戴き有難うございます。

          >PCM録音で製作されたLPでもちゃんとアナログの音になりそうです。

          やはりユングさんが仰っていた”【たとえノイズであっても20kHzをこえる領域の音が付加されることが、結果として人間の耳に心地よく響くことがあるという主張は否定しません。】”これの効果が出ているのかもしれません。

          >PCMで録音されていると解るものが見つかりませんでした。残念。

          1990年代以降に作成されたLPレコードであればデジタル音源を使用していた可能性はかなり高いのではと考えています、もちろん推測では有りますが。ただ、時代背景としてPCでの録音、ミキシング、マスタリングが主流になり、マスタリングスタジオなどに設備される機材も順次デジタル機器に入れ替わっていますので、アナログで録音したくても出来なかった、出来たとしてもコストが高いなどの理由でデジタル音源が使われている可能性は充分に有ると思います。

          *例えば、このレコードなんか、デジタル音源かもしれません。
          サラサーテ:カルメン幻想曲 ー ヴァイオリン名曲集 33rpm 2LP
          アンネ = ゾフィー・ムター(vn)
          ジェイムズ・レヴァイン指揮 ウィーンフィルハーモニー管弦楽団
          ・制作:C&L Music
          ・録音:1992年 11月 ウィーン楽友教会
          ・規格:33rpm 180g 2LP Stereo
          ¥4,900

          *これは間違いなくデジタル音源ではと思いますが。
          ブラームス:ピアノ協奏曲 第1番 二短調/第2番 変ロ長調 33rpm 2LP
          エレーヌ・グリモー(pf)
          アンドリス・ネルソンス指揮
          バイエルン放送交響楽団 (第1番)
          ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団 (第2番)
          ・制作:Universal
          ・録音:2012年4月ミュンヘン、ヘラクレスザール ライヴ録音
              :2012年11月 ウィーン、ムジークフェラインザール ライブ録音
          ・規格:33rpm 2LP Stereo
          ¥4,000

          こんな所でしょうか。

    3. こんにちは。

      アップサンプリング(ビット深度も変えておられるのでアップコンバートかな)しても、正確に行われていれば、倍音は変わりませんし音色も変わりません。
      44.1kHz 16bit のデータから生成される波形を、変化させないようにデータを補完するだけです。

      また、32bit float、384KHz にアップコンバートしても、そのデータで再生できるDACはありません。
      実際に再生されているデータは、24bit int (または16bit int)になります。再生時には、ダウンコンバートされているわけです。

      44.1kHz 16bit をアップサンプリングすると音が変わるのは、DAC性能の問題(フィルターなど)があるのでしょう。
      もちろん、CD音源を再生時に工夫して性能を引き出すのはありで、楽しみです。

      ツールによっては、高域成分を人工的に生成するものもありますね。
      JVCなんかは、CD音源をK2HDという技術で人工的な加工を加えてハイレゾ音源として販売してます。このような音源は、ニセレゾと呼ばれて結構問題になってます。

      1. Hippo様
        ご意見、ありがとうございます。
        使っているのは、ifi audio nano idsd ですが、32bit 384khzに対応しているとあるのですが、
        内部的には
        >実際に再生されているデータは、24bit int (または16bit int)になります。再生時には、ダウンコンバートされているわけです
        かもしれませんね。dacチップの型番もよくわかりませんし、正直理系でない私には手に余るようです。設定を見直す必要があるかもしれません。
        ご意見をいただいたあと、いろいろとD/A変換についてネットで調べてみたのですが
        >44.1kHz 16bit をアップサンプリングすると音が変わる
        についてそんなに簡単に明確な答えがでるものではないですね。
        現在私の環境では、lightmpdでsoxのライブラリを使ってアップサンプリング(リサンプリング)をおこなっているのですが、Windowsでfoobar2000で同じsoxのコンポーネントを使用されている方のホームページをみつけました。
        その方は、ソフト上でリサンプリングされる意義があるように記載されているように見受けられます。
        わたしの勝手な贔屓目かともおもわれますので、ご意見、ご教示などいただけると助かります。
        以下の、ホームページとなります。
        audithallさんの
        重い荷を背負っては遠くへ行けない
        http://audithall.exblog.jp/

        1. チャーリー様

          こんにちは、意見できるような知識もスキルもありません。駄文を書き連ねるだけで申し訳ありません。

          >ifi audio nano idsd ですが、32bit 384khz

          ですね。この32bitは、floatではなくintになります。小数形式か整数形式かの違いです。

          nano idsd で使用しているDACチップ自体が、24bit 192kHz までのサポートですので、32bit 384khz でデータを送っても、nano idsd 内部でダウンコンバートされることになるでしょう。

          また、32bit float ですと小数点位置を表現するのに8bit使用するので、残り24bit分がPCMのデータになり、実質的に24bit int と同じになります。

          チャーリーさんが32bit float、384KHz にアップコンバートされているのは、ある意味オーバースペックと言えるのではありますが、無意味と言い切れないところがあります。DAC内の動作やフィルター類が変わることによって、音が変わる可能性が十分にあるからです。現状のディジタル再生の問題点かもしれません。

          LP再生だと、カートリッジを変える・針圧を変える・ターンテーブルシートを変えるなど、ある程度直観的なイメージと音が一致する傾向があるのですが、ディジタルではあまりにブラックボックスでわかりにくいですね。

          「audithallさんの
          重い荷を背負っては遠くへ行けない」

          紹介、ありがとうございます。foobar2000を使っていることもあり、参考になります(sox コンポーネント mod2 の存在を知らなかった私)。

          最近は、AudioGateでDSDへのアップコンバートをしたりして遊んでます。

          取り留めないことばかりですみません。

          1. Hippo様
            詳しい、ご返信ありがとうございます。

            >nano idsd で使用しているDACチップ自体が、24bit 192kHz までのサポートですので、
            バーブラウン製とはあったのですが、チップがよくわからなかったのです。

            foobar2000でsoxをつかうとどんな音がするんでしょうね。
            そのうちやってみたいですね。

  5. こんばんは
    今回のCDにまつわるシリーズは大変興味深く読ませていただきました。
    私のシステムはリンク先を見ていただければ判りますが、フルデジタルで古いスピーカーを3ウエイのマルチアンプで鳴らしています。
    数年前までCDとアナログ(LP)で聴いていましたが、Pcオーディオでフルデジタルにして、アナログ機材は売り払いました。
    マイクロの糸ドライブにサエクのアーム、オルトフォンMC30でしたが、多大な儀式と、針交換のコストと音の価値がフルデジタルに負けました。
    CDの音が悪いと言っても、CDのミキシングによる問題が気になるだけで(コンプレッションかけすぎやクリック)、レベルが低めに収録された物は、PCに取り込んで、今のフルデジタルでの再生では、色々な側面からアナログ以上と思っています。
    LPレコードも、当たりはずれで言えばはずれが多かったです。
    デジタルチャンデバ―の動作が24Bit/96KHzなので、CDリッピングは24Bit/88.2KHz、DDC出力は24Bit/96KHzで固定で、アンプの入力も24Bit/96KHzとなっています。
    スピーカーから再生している音域はオムニマイクで測って、実用な範囲は30Hzから1万5千Hz位のシステムです。

    今回、読ませていただいた内容で、色々な疑問を再度考えさせられ、今のシステムの音の出方が理解でき、とってもハッピーな気分となりました。
    良い記事、ありがとうございました。

  6. いつも興味深く拝読しています
    以前より無限ループで繰り返されているアナログとデジタルの優劣論争はさておき、お教えいただいたAPU1Cを用いたWAV音源が、アナログ至上主義であった私にとって、リスニング時間が平日は1時間程度しか取れない現役世代にとっては、デジタルによる手軽さを含めて十分に満足できるレベルにある事を実感しています
    我が家のスピーカーシステムは、DEQでも調整レンジを超えてしまう40年前に作られた20cmのフルレンジと同世代の38cmのコアキシャルですので、本当に違いがわかるのと言われると自信はありませんが、自分では聞き取れているつもりいです
    スピーカーシステムとしては、とってもアナログな環境と言えるかと思います
    そこで提案なのですが、ユニットだけで箱を別途調達する必要があるので恐縮なのですが、我が家にJBLのD216(20cm16Ωのプロ用)やAltecの403Aといったフルレンジの所謂名ユニットが使われずに転がっているのですが、使ってみませんか?
    もしご興味があれば、メールください

  7. 風じさん、きゅうさんコメントありがとうございます。
    結局は、このシリーズの個人的な狙いは、どこかでスピーカーを入れ替えて出直しをはかるためにの方向性を決めるためです。

    おかげで、いろいろな意見も頂き、漠然としていた考えも少しずつ形をなしてきたように思います。ただし、まだまだ考えなければいけないことは山ほどあるかとは思っています。
    11月には大阪でもオーディオショーもあるので、時間を見つけていろいろなスピーカーも聞いてみなけりゃ・・・とも思っています。

    そこで提案なのですが、ユニットだけで箱を別途調達する必要があるので恐縮なのですが、我が家にJBLのD216(20cm16Ωのプロ用)やAltecの403Aといったフルレンジの所謂名ユニットが使われずに転がっているのですが、使ってみませんか?

    ご厚意は有り難いのですが、私が目指そうとしている方向性とは少し違うような気がします。(^^;
    さて、ここでまたよけいな話題かもしれませんが一言。
    かつてステサン誌のことを「地方豪族的オーディオマニア」の集う場だと書いたことがあるのですが、最近は結構面白い記事が載っていますね。
    上で少し触れた討論企画もそうですが、192号の「デジタル時代の優秀録音」という企画にはニヤリとしてしまいました。

    どのメーカーもハイレゾに血眼になっているさなかに、それもステサン誌で「44.1kHz / 16bit という規格が音楽録音にとって不足なわけではない」と言い切り、10ページにもわたって20のCD規格の音源を紹介しています。
    そして、その中でメジャーレーベルのCD録音がつまらない理由を「アナログ時代の伝統を悪し様に引きずったままで、デジタル時代にふさわしい新たな境地を切り開くことに怖じ気づいた」からだと言い切っています。

    これを図書館で読んで、久しぶりに書店に行ってステサン誌を購入しました。
    どうかこの特集を書いた方が仕事を干されて職を失うことがありませんように・・・。

  8. この場で”ソフト”・・・とあるので、PCオーディオにおけるソフトウェアーとハードウェアの主従論議かと思いきや、録音メディアの立ち位置議論ですね。これは、yungさんもご指摘のように昔からある議論ですね。
    読ませていただいて、私も感想を書こうと思いましたが、不特定多数の人が参加し、そこで使われている言葉の定義さえままならない部分もあるオーディオの優劣議論からは距離を置きたいので、音楽を聴く道具としての感想は控えることにしました。

    私はアナログ装置は維持していますが音楽を聴く道具としては基本的に”16bit 44.1kHz規格のCDで結構じゃないか”派で、実際、私はソフトの主力としてはハイレゾ化はもとより未だにSACDさえ導入していないロー(老)テク派でもあります。ただ、その上で、近年のコンピュータ技術の進展に伴う、所謂ハイレゾ技術(フォーマット)化に関しては最低限記録手段としての意義は十分あるものと認識しています。
    19世紀後半から始まった”録音”と言う作業には、商業政策的な側面が大きいことは明らかですが、歴史的に見れば人間の文化の”記録”としての側面も大きい(恐らく、最終的に録音の意義として残るのは後者だと思われる)。しかし、古いアナログ録音メディアは基本的に経時変化による劣化は免れないという欠点がある。その観点から考えるとデジタル化された録音メディアと言うのは(もちろん完全ではありませんが・・・)保存性の点で圧倒的に有利だと考えられるので、古い録音を含めてデジタル化することには文化的な意義と言うのもある。その際、16bit 44.1kHzで良いのか?・・・と言う問題について、私は24bit/96kHzが使えるのであれば24bit/96kHzフォーマットで、何なら32bit/192kHzなんていうフォーマットが使えるのならそれで行うべきだと考えています。それは、現在”音”の物理的側面について我々が定義し計測しえる範囲での物理的特性に関してはハイレゾ・フォーマットが正確さの点でより”優れている”と言えると思うからです。だたし、これはあくまで”音”に関する既知の”物理的特性”の範囲内での”優劣”判断であり、”音楽”についての優劣ではないことは認識しておくべきだと私は思っています(より、厳密に言えば”音楽”についての客観的優劣を判断するだけの十分な知識を我々は未だ持っていないので優劣に関して個人的感想以上のことを正確に語り得ないだろう・・・と言うことですが・・・)。
    実際、私の個人的感想の範囲内では、同じ音源でもハイレゾ化された物が一律に全て”良い音”・・と言う訳ではない(・・ことの方が多い?)と思っていますが、例えば将来の技術革新を期待した音源の記録としては、CD規格よりもよりハイレゾ化された音源の方がより多くの情報を取り出すための弄りがいがある・・・と言う可能性は有り得るとは考えられる(勿論、32bit/192kHzでさえも取り逃がしている情報があり得ることも覚悟しなくてはならないかもしれませんが・・・)。

    で、その方向性の行く先の問題として、ハイレゾ音源がより安定して社会的に定着・受け入れられるようになるのであれば(それは、必ずしも”音が良い”から・・・と言う理由ではないかも知れない・・・)、いずれハイレゾ化も避けられないことにもなるのは必然的・・だとも考えられますね(私の、貧しい創造力の中では500年後もCDが世の中の主力音楽メディアだと言うのは考えにくい)。

  9. こんばんわ

    yung様がおっしゃるように、オーディオのパーツの中で一番完成から遠いものが
    スピーカーなのだと私も考えます

    そのため、今の時代における純オーディオとは
    つまるところ世界観を追求する趣味なんだろうと思います
    「アルテックランシング」「セルブリンソナス」「タイムドメイン」「JBL」「B&W」といっても
    それは世界観の多様さなのだと現状では考えるしかないと思います
    それだけ奏でる世界が違うので
    現代においてWEやALTECのような戦前世代からヨアブさんのYGのようなものまで
    同じ土俵で語られるということは、スピーカーはこれ以上進化しないのか
    それとも遠い未来ではダイヤル電話とスマホぐらいの差があるのか、わからないってことですよね
    yung様はLinuxの再生する精緻な世界と、セルブリンソナスの持つ音楽性が
    両方とも大事だとお考えのようにお見受けしますので、自分の好みをおすすめするのは控えたいと思っております

    デジアナ論争は、もうケリが付いてるのではないかと思います
    アナログレコードは、20世紀末までの機械で聴いてナンボだと思います。情緒的な意味においてですが
    これは「手描きアニメ」と「CG」の比較論と一緒です

    いずれにしましても、今私がlightMPDを使うことによって、プアなマシンから
    ホログラフィックでレゾリューションの良く聴き疲れのしない音が聞けるのは
    yung様がlightMPDについて詳細に説明していらしたのがきっかけでしたので
    深く感謝する次第です

    1. yung様はLinuxの再生する精緻な世界と、セルブリンソナスの持つ音楽性が
      両方とも大事だとお考えのようにお見受けしますので、自分の好みをおすすめするのは控えたいと思っております

      いやいや、セルブリンソナスに固執するのは基本的には「逃げ」なんだろうなとは思っています。
      ただし、考えれば考えるほど、メインのスピーカーを買えるというのは勇気がいりますね。それが、楽しい「妄想」のうちはいいのですが、現実に変更すると言うことになってくるとなかなか清水の舞台から飛び降りる覚悟がいりますね。

      思い切って、マグネパン(MG3.7i)みたいな選択肢もあるのかなともいます。GIYAも聞いたことがないので、一度は聞いてみたいかなとも思っています。G4くらいなら何とかなるかもしれませんね。(金額的にです)

      11月の大阪のハイエンドショーには顔を出して、できるだけ色委rきいてこようか・・・などとも考えています。

  10. チャーリー様、Fujiです。
    すみませんが、投稿欄が込み入ってますので、一番下に入れます。

    >【レコード 音色のよさ、情報量の多さによる響きの自然さ、響きの中に表情がある様。】 あっているようですね。
    >LP>SACD(DSD)>アップサンプリングしたwav>wav(16bit 44.1kHz)の順です。

    デジタル音源を使用したLPレコードがアナログの音になるのは本当のようですね。デジタルの音そのものでしたら、LPレコード愛好家の方々がわざわざ購入する訳ないですから。又、デジタル音源からLPレコードを作成する際、このデジタル音源を一度アナログテープに録音し、そのテープを使用してLPレコード作製すると、さらに良い結果が得られる、と言う様な事が書いてありました。但し、このテープレコーダーを装備しているスタジオは非常に少なく、有っても整備されて無い場合もあるそうです。これらを考えますと、デジタル音源は音が悪いと言う事にはならないと言う事だと思います。つまり、レコードの製造工程を経る間にアナログ波形の変形による音質の変化(悪化)が起きているとしか思えません、そうでなければ、デジタル音源を使用したLPレコードの音がアナログの音に変化するなんてことは有り得ないし、説明がつかないですから。従って、CD音源であっていも上手にすくい取れば、決してLPレコードより劣ると言うことは無いと言う事だと思います。それと私に言わせればデジタル音源を使用し、非常に多くの工程を経て出来るLPレコードをを通して聴より、そのデジタル音源を直接DACを通して聴いた方がよほど鮮度の高い音が聴けると思うのですが、いかがお考えでしょうか。

    1. Fuji様
      ご意見ありがとうございます。

      >そのデジタル音源を直接DACを通して聴いた方がよほど鮮度の高い音が聴けると思うのですが、いかがお考えでしょうか。

      そのとおりだと思います。
      以前にも、述べたように私はアナログ派ではありません。
      情報量がおおければデジタルでかまわないと思います。
      本来のデジタルデータ(アナログデータ)をよりよく納められる器ならばLPでも、SACDでも、DSDでも、CDでもいいとおもいます。

      今回の試聴ではLPのほうが私には、音色と音のバランス、音の表情がやはり好ましかったとおもいます。
      駄耳ならごめんなさいというしかありませんが。

      1. チャーリー様、Fujiです。

        >今回の試聴ではLPのほうが私には、音色と音のバランス、音の表情がやはり好ましかったとおもいます。

        これは好みの問題かと思います。趣味の世界ですからどの様な聴き方をしようと自由ですし、チャーリー様がこれが一番良いと思う聴き方が最良だと思います。私自身若い頃はLPレコードを聞いておりましたから、その音質は充分知っているつもりです。もちろん当時自分の財力で出来た範囲内の装置ですので、たかが知れていますけど。ですから私はLPレコードの音が悪いとは一言も言っていません、ただ音源であるアナログ信号が、LPレコード製作工程であれだけいじくり回され、物理的、電気的に相当信号が劣化”【純粋にアナログ信号と捉えた場合、電気系の人間であれば全員アナログ信号は劣化すると答えるはずです。】”しているにもかわらず、再生される音はレコード愛好家の方々を魅了して止まないというのは事実ですから、それを否定するつもりは全くありません。ただレコード愛好家の方々にお伝えしたいのは、30年以上もの間デジタルの音は悪いと言い続けて来られましたが、もうその必要は無いのではないのでしょうか。建設的な議論は必要でしょうが、アナログ派、デジタル派双方が欠点を非難し合っているだけではオーディオ界にとって何の利益も発展もあり得ません。この辺りの事はオーディオ業界の方々にも理解して戴ければと思っております。

        1. デジタル・オーディオというものが、30年たってもオーディオマニアにはまだまだ一部で誤解されていて、根拠の無い迷信が残っているというのを感じます。

          話は変わりますが、以前はデジタルだから音が変わるはずがないということで紛糾したことがありました。データには、文字や数字のように問題なくデジタル化できる離散的なデータと、本来デジタル化できない音楽のような連続したデータがあるという基本的な事実があります。デジタル・オーディオでは本来デジタル化できない音楽データを時間軸で分割することでデジタル化していますから、そこに当然のことながら時間軸というアナログ要素が大きく関わってきます。音が変わらないはずだと主張する人たちは、文字や数字の再生も音楽の再生も同じであると無意識のうちに混同していることが紛糾の原因でした。基本的な理解の欠如なのですが、デジアナ音質論争の根底にも同じようなものを感じます。

          いずれにしても、30年前と違ってデジタル・オーディオを支える周辺技術やデバイスの性能が大きく進歩した今、基準となるマスターテープの音に近い再生を行う上で、アナログ方式とデジタル方式のどちらが有利であるかはもはや結論が出ているというのが常識的な認識といっていいと思います。

          さらに言えば、オーディオマニアというのは、原音再生と言いながら、実際には原音に近い音よりも多少の演出のある音のほうを好む傾向があり、その事実をマニア自身が明確に意識していないというのが、音質議論、とくにデジタル/アナログ論争が紛糾する原因の1 つになっているような気がします。

          最近でも、BugHead の開発者が面白い裏話を披露しています。研究の成果が実ってついにジッターを極限まで抑えた自信作のバージョンを発表したところ、どうもユーザーからの評判が悪く、旧バージョンから音質が低下したという意見が相次いだそうです。

          そこでプロのエンジニアに意見を求めたところ、「我々プロが正しいと考える音と、オーディオマニアが好む音とは違うということを理解することが重要である」とアドバイスされたそうです。そこで、現在ではプロが正しいと評価した方の低ジッターのバージョンと、わざわざジッタ-を発生させて多少音を柔らかくして聴きやすくした旧バージョンの両方を組み込んで、ユーザーがどちらかを選択できるようにしています。

          マスター音源に近いかどうかということと、聴いて好ましいと感じると音とは必ずしも常に一致するわけではないということですね。

  11. nino 様 Fuji です。

    >以前はデジタルだから音が変わるはずがないということで紛糾したことがありました。

    デジタルだから音が変わるはずがないと仰る方々は、音楽再生にはクロック信号が必要であり、音楽ファイルにはそのクロック信号は記録されて無いと言う事をご存じないんですかね。ですからデータがいくら完璧でも、クロックの質によって音質が左右されると言う事が理解出来ないんだと思います。現在ユングさんが”【クロックとジッターについて考える(1)】”をアップされていますから、私も勉強させて貰っています。

    >マスター音源に近いかどうかということと、聴いて好ましいと感じると音とは必ずしも常に一致するわけではないということですね。

    デジタル音源を、聴いて好ましいと感じると音にマスタリング出来るエンジニアが少ないのでは、と思っています。とにかく安物のCDプレーヤーであたかも良い音質だと錯覚させる様なマスタリングだけはやめて欲しいですし、この様な事ばかりしていては質の良いマスタリングエンジニアは育たないと思います。

    1. ありましたねえ。

      >音楽ファイルにはそのクロック信号は記録されて無いと言う事をご存じないんですかね。

      そうなんですよ、リッピング時のクロックの影響が残るとか、デジタル音源ファイルをコピーしたら劣化していくとか。
      なんでもアナログと言う言葉を持ち出せばいいという人には困らされます。

      再生時のクロックの問題はかなり根深い問題かつディジタル音源再生の根本にかかわるので、ユングさんの記事はとても興味深いです。

      >とにかく安物のCDプレーヤーであたかも良い音質だと錯覚させる様なマスタリングだけはやめて欲しいです

      クラシックではあまり顕著ではありませんが、ポップスでは「音圧競争」が常態化されています。アナログ時代と違って放送でCDをそのまま再生するので音量が大きい方が有利、iPodなどでランダム再生やPlaylist再生をするので音量を大きくしている方が有利、とか、エンジニアの問題だけでなく、再生側にも問題があります。

      クラシックでは逆に(特にハイレゾ音源)レベルが低すぎる・ダイナミックレンジが広すぎる、といった問題があるように思います。

      アナログレコードでは、カッティングマスター(ラッカー盤)を作るときにも、限られた盤面にどう音溝を記録していくかで、リミッター、イコライザなどで最適なるよう音を創っていました。
      POPSではレコードの外周と内周で音質が変わることを意識して、曲・アルバムの構成を考えている方もいました。

      メディアの問題、エンジニアリングの問題、再生側の問題など解決不能に近い問題が多々あるのですが、その中でちゃんとした「音楽」をきちんと「音源化」できる、あるいはその判断できるプロデューサーが不在なのかもしれません。

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