「廉価盤ボックス」の録音クオリティ

レイトンの録音について紹介していたのですが、最近気になることがあったので、そちらは一休みして別の話題を取り上げます。
それは、いわゆる「廉価盤ボックス」の音質についてです。

廉価盤ボックスの歴史を振り返る

この「廉価盤ボックス」は大きく分けて2種類存在します。
一つは「正規盤」としての「廉価盤ボックス」です。

マーキュリー・リヴィング・プレゼンス

最近紹介してきた「マーキュリー・リヴィング・プレゼンス・コレクターズ」とか「リヴィング・ステレオ・ザ・リマスタード~コレクターズ・エディション(60CD)」などがその範疇に入ります。
CDが売れないと言うこともあって、最近はこういう「廉価盤ボックス」が花盛りです。

当然の事ながら、マスターとしての音源を所有しているレーベル自身がリリースしたものなので、編集過程において問題がある場合もありますが、音質と言うことで言えばいかに「廉価盤」であってもそれが一つの「基準」になります。
もしも、その録音のクオリティに疑問を感じたとしても、それは「廉価盤」だからではなく、マスター音源そのもの、つまりは録音そのものに問題があると言うことになります。

このあたりがアナログレコード時代とは根本的に異なるところで、アナログ時代ならば「廉価盤」ゆえの「盤質」の粗悪さに原因を帰することも出来たのですが、デジタル時代ならば「盤質」の問題はプレス過程で幾ばくかは発生するかもしれないのですが、本質的な問題にはなりません。

これに対して、「正規盤」ではない「廉価盤ボックス」というものが存在します。
最近話題になっているレーベルとして「VENIAS/ヴェニアス・レーベル」などを挙げることが出来ます。

特徴は著作権や隣接権などが切れたパブリック・ドメインの音源を集めてきて、それをボックス盤にしてリリースしているものです。
私の記憶によれば「HISTORY」というレーベルがフルトヴェングラーやトスカニーニ、ワルターなどの音源をボックス盤としてリリースしたのが嚆矢だったのではないでしょうか。

THE 20TH CENTURY MAESTROS

特に、「THE 20TH CENTURY MAESTROS」と題した40枚の「ボックス盤」は衝撃的でした。

この「HISTORY」は名うてのSP盤コレクターが所有している音源からデジタル化したボックス盤だったと思われます。背景のスクラッチノイズからそういう雰囲気が濃厚です。
このシリーズはCDにもなっていないし、LP盤も入手困難という貴重な音源も多かったので非常に評判がよくて、これが一つのきっかけとなってパブリック・ドメインの音源をボックス盤にして売るという「ビジネスモデル」が確立しました。

また、パブリック・ドメインになっていなくても、レーベルがCD化してリリースする意志のない音源のライセンスを買い取ってボックス盤として発売するというレーベルも登場しました。
もう一つ人気となったのが、放送音源などを探してきて、未発表のライブ録音も含む形で作られたボックス盤でした。

しかし、最近になって、今までとは雰囲気の違う「VENIAS/ヴェニアス・レーベル」というのが登場して、かなりの数のボックス盤をリリースするようになっています。
一部では「すぐ消える」と言われていたのですが、意外なほどに売れているようで、未だに新しい「ボックス盤」をリリースしています。

このレーベルが売れ続ける理由は何となく分かります。

その背景として指摘しておきたいのが、パブリック・ドメインが質的にも、量的にもが充実してきたことです。

パブリック・ドメインの質と量が充実してきたことで、ボックスの見栄えや解説のクオリティは脇におけば、おさめられている音源は「正規盤」としての「ボックス盤」とは大差ないものが作れるようになってきたのです。

そう言う状況を一番上手くつかんだのがこのレーベル(VENIAS)なのです。
さらに、「正規盤」はレーベルの枠の中で作るしかないのに対して、「VENIAS」にはそう言う枠がないのでレーベルの枠を横断して特定の演奏家の音源を網羅できます。
例えば、「ジュリアード弦楽四重奏団 コレクション~1949-1963」では、コロンビアだけでなく一時移籍したRCAの音源も収録しています。

また、価格的にもそれほど激安と言うことではないのですが、一枚あたりに換算すれば200円程度の値付けをしています。 まあ、妥当なラインでしょうか。

「VENIAS」への疑問

ただ、このレーベルに関しては一つだけ気になることがあるのです。
それは誰が言い出したのか分からないのですが、「このレーベルのポリシーは、往年の個性的な演奏を手軽に楽しめるように低価格でボックス化するというもので、音についても、過剰なノイズカットや高域強調をおこなわずに、なるべく本来のサウンドを楽しめるようにするということです。」という一文に対する疑問です。

問題は、このレ-ベルはどこから音源を入手してCD化しているかなのです。

「音についても、過剰なノイズカットや高域強調をおこなわずに、なるべく本来のサウンドを楽しめるようにする」というのが本当ならば、「板おこし」なのかな?と思うのです。
ところが、ボックス盤に収録されている録音のラインナップを眺めていると不自然な部分が多いのです。

例えば、先に挙げたジュリアード弦楽四重奏団のボックス盤で言えば、ベートーヴェンの「弦楽四重奏曲第14番」は収録しながら、同時期に録音された11番と16番は未収録なのです。
バルトークの弦楽四重奏曲をモノとステレオによる2種類の録音を収録しておきながら、ベートーベンの弦楽四重奏曲を14番しか収録していないのはどう考えても不自然です。

ベートーベン:弦楽四重奏曲第14番 嬰ハ短調 OP.131 ジュリアード弦楽四重奏団

しかし、このベートーベンの弦楽四重奏曲はRCA音源で、このボックス盤がリリースされたときには14番だけがCD化されていて、11番と16番は未だにCD化されていなかったのです。
この事実を前にすれば、LPからの「板おこし」とは考えにくいのです。そして、「板起こし」でないとすれば、おそらくは「正規盤」という形で既に発売さてているCDからのリッピングデータを音源としていると考えるのが妥当なようなのです。

しかし、誤解を避けるために確認しておきますが、CDをリッピングして商品化していることに疑問を感じているわけではありません。

パブリックドメインになっている音源はLPやSPの板おこしであろうがCDからのリッピングであろうが、法的な権利関係については関係ありません。
音源の形態に関係なく、その録音が世界で始めて発売されてから50年が経過すれば隣接権は消滅します。ですから、CDからリッピングしたデータであっても、その録音が世界で初めて発売され日から50年が経過すればパブリック・ドメインなのです。

なかには、「CDからのリッピングで商品をつくるというのはいかがなモノか」、みたいな言い方をする人がいるのですが、それも考え方が根本的に間違っています。

パブリック・ドメインにとって最も重要なことは、それを全体の共有財産とすることです。
言葉をかえれば、出来る限り少ないコストで多くの人がアクセスできることが大切なのであって、それがネット上で無料で配布されていようが、「VENIAS」のように「CD」という「形のあるモノ」として配布しようが、大切なことは「拡散」されることなのです。

そして、ネット上で配布するにはほとんどコストを必要としないのに対して、「ボックス盤」のような形のあるモノとして配布するためには製造と流通に一定のコストがかかるので、価格のついた「商品」という形にならざるを得ないのは仕方のないことなのです。

ですから、私が気になったというのは「CDからのリッピングによる商品化」ではなくて、「過剰なノイズカットや高域強調をおこなわず」という部分なのです。
CDからリッピングした音源に対して「過剰なノイズカットや高域強調をおこなわず」って、どういう事なのですか、と突っ込みたくなるのです。

そこで、いつものように、「正規盤」の音源と「VENIAS」の音源の波形を比較してみました。
ジュリアード弦楽四重奏団のボックス盤を例として取り上げたので、RCAのボックス盤(「リヴィング・ステレオ・ザ・リマスタード~コレクターズ・エディション(60CD)」)とだぶるベートーベンの「弦楽四重奏曲第14番」の「最終楽章」を一例としてとりあげてみます。

ベートーベン:弦楽四重奏曲第14番 嬰ハ短調(RCA)

RCAの音源の波形

ベートーベン:弦楽四重奏曲第14番 嬰ハ短調(VENIAS)

Veniasの音源の波形

明らかに、何らかの手を加えてあります。
つまりは、単純にリッピングしたデータをもとにCD化しているわけではないようなのです。

しかしながら、これがもっとも大切なことなのですが、このレーベルは「高音質」だというふれこみなのですが、実際に聞いた感じではそれほどではありません。
それどころか、非常に情報量の少ない音というのが最初の感想であり、それは今も変わっていません。

とは言え、最終判断は聞き手にゆだねますので、この2種類の音源を配布しておきます。

ベートーベン:弦楽四重奏曲第14番 嬰ハ短調 OP.131 ジュリアード弦楽四重奏団:1960年3月28日&4月1日、4日録音

しかし、CDからリッピングして商品化しているならば、そのリッピングしたデータに何らかの「編集」を加えることがレーbエルとしては「改良」だと信じていたとしても、レーベルの正規盤こそが「標準」なのですから、それに手を加えるのは問題があると言わざるを得ません。
逆に、CDからのリッピングと言うことで、つまらぬ「負い目」を感じて意図的に「劣化」させているならば、それはユーザーに対する背信行為です。

それに、このレーベルは今の世にあって自分自身のウェッブサイトも持っていないというのも信じがたい話です。発売元は「UK」となっているですが、それ以上の詳しい所在地すら記されていないのです。

少なくとも、レーbるとしての最低限の責任としてウェッブサイトくらいは作って、そこで自社の制作ポリシーなどを公開する必要はあるのではないかと思います。

何故ならば、こういう形で世に埋もれてしまう可能性のあるパブリック・ドメインの音源をもう一度光の当たる場所に出してあげると言うことはとても大切なことであり、それは、疑いもなく著作権法の第1条で規定されている「目的」に合致する行為なのです。

「この法律は、著作物並びに実演、レコード、放送及び有線放送に関し著作者の権利及びこれに隣接する権利を定め、これらの文化的所産の公正な利用に留意しつつ、著作者等の権利の保護を図り、もつて文化の発展に寄与することを目的とする。」

つまりは、保護規定は守りつつも結果として重要なのは「文化の発展に寄与する」ことなのです。
下手をすれば闇に消えてしまう恐れのある音源をこうやって多くの人に提供する行為は疑いもなく「文化の発展に寄与する」行為です。

もしも、CDをリッピングした音源を使っていることに負い目を感じているならばそれは捨ててもらい、万が一、おかしな編集を加えているならばそれもやめてもらって、今後も長く活動を続けていただきたいと思います。
ただし、現状ではこの「編集」がどうにも納得できないので、今の段階では私のサイトでは出来る限り使いたくない音源ではあります。