「TAS Super LP List」をパブリックドメインで検証する(3)~ヤナーチェク:シンフォニエッタ ジョージ・セル指揮 クリーブランド管弦楽団 1965年10月15日録音

さて、今回から「The TAS Super LP List」の「優秀録音盤(SPECIAL MERIT)」から、既にパブリックドメインになっている録音をピックアップして聞いていきたいと思います。

「SPECIAL MERIT」は「BEST OF THE BUNCH」と較べれば一段おちると言うことになるのでしょうが、実際に聞いてみればその「違い」がどのあたりにあるのかは正直言ってよく分かりません。

例えば、多くの方が究極の優秀録音と太鼓判を押すアンセルメ指揮による「The Royal Ballet Gala Performances(ザ・ロイヤル・バレエ~ガラ・パフォーマンス)」や

The Royal Ballet Gala Performances

アレクサンダー・ギブソン指揮の「Witches’ Brew(ウィッチズ・ブリュー)」

Witches’ Brew

などは、このリストでは「BEST OF THE BUNCH」ではなくて「SPECIAL MERIT」に分類されているからです。
さらに言えば、最高の弦楽器録音とも言われるシュタルケルのバッハの無伴奏組曲などもこのリストでは「SPECIAL MERIT」に分類されています。

Mercury ‎– SR3 9016

ですから、そのあたりの価値判断の分かれ目が奈辺にあるのかは実際に自分の耳で聞いてみて、その判断の是非も含めて考えていく必要があると言うことなのでしょう。

ヤナーチェク:シンフォニエッタ ジョージ・セル指揮 クリーブランド管弦楽団 1965年10月15日録音


この録音の初出年を調べていて面白い事実に突き当たりました。

1965年に録音されたヤナーチェクの「シンフォニエッタ」はその翌年の1966年に「Columbia Masterworks MS 6815」と「Columbia Masterworks ML 6215」という2種類のカタログ番号を持つLPレコードとしてリリースされ知ます。
何故その様なことになるのかと言えば、1966年になってもユーザーサイドでは未だにモノラルからステレオへの切り替えが完了していなかったので、モノラル盤とステレオ盤が平行して発売する必要があったからです。

ところが、その正式リリース前の1965年10月にバルトークの「管弦楽のための協奏曲」とのカップリングでプロモーション用のレコードが配布されているのです。
そのプロモーション用のレコードには66年に正式リリースされるステレオ録音盤と同じカタログ番号「Columbia Masterworks MS 6815」が与えられていました。

おそらく、このプロモーション用レコードはステレオ録音を世に広めるために販売店などに配布されたものなのでしょう。
レコード会社にしてみればモノラルとステレオの2種類を平行して発売し続けるというのは、それに合わせて2種類の録音を行う必要があると言うことであり、そのコスト的な負担は無視できません。ですから、ユーザーに対して、もういい加減モノラルからステレオに移行させてほしいという「思い」と言うか「願い」というか(^^;、その様なものを込めてステレオ盤の優秀さを広く知ってもらうための商材として配布されたものの一つだと思われます。

そう言う意味では、このセル指揮による「シンフォニエッタ」の録音は「Columbia」にとってもステレオ録音の優秀さを知ってもらうための自信作だったと言うことになります。
しかし、そこで「おや?」という疑問が湧いてくるのです。

ジョージ・セルという指揮者は今でこそ偉大なマエストロとして多くの人に認識されていますし、存命中も専門家やオーケストラメンバーなどからは高い評価を受けていましたが、一般的な人気という点では一歩譲るところがありました。ですから、「Columbia」のクラシック部門の表看板は「バーンスタイン&ニューヨークフィル」であり「オーマンディ&フィラデルフィア管」だったわけで、「セル&クリーブランド管」の録音は「Columbia」レーベルではなくて、そのサブ・レーベルである「Epic」レーベルからリリースされていました。

「Columbia」は「RCA」や「Mercury」に較べると録音のクオリティは一歩譲るというのが定評であり実態だったのですが、「Epic」レーベルとなるとその録音クオリティにはさらに問題がありました。
ですから、その様な扱いを受け続けてきた「セル&クリーブランド管」の録音を、ステレオ録音のためのプロモーション用レコードのために選定したと言うことは、常になく気合いを入れた録音だったと言うことになります。

そして、そう言う「特別」な録音だったからこそ「SPECIAL MERIT」に選ばれたと言うことなのでしょうが、それならば、最初からそう言う「扱い」をしておいてくれよなとセルを敬愛するものにとっては嫌みの一言も言いたくなります。
とは言え、たとえたった一枚でもセル&クリーブランド管の録音がこのリストの「SPECIAL MERIT」に選ばれていたというのは喜ぶべき事なのでしょう。

この「シンフォニエッタ」という作品はそのまま訳せば「小交響曲」となるのでしょうが、いわゆる通常の管弦楽曲とは雰囲気が随分と異なります。
もし興味がおありでしたら、以下のリンク先からスコアを入手してみてください。

Leos Janacek:Sinfonietta

第1楽章「Fanfare. Allegretto – Allegro maestoso」はトロンボーンとチューバによるファンファーレです。下支えをするのはティンパニーだけで弦楽器は一切登場しません。
続く第2楽章「The Castle, Brno. Andante – Allegretto」では主役がクラリネットやフルート、ピッコロ、オーボエ、ファゴットというの木管楽器に変わります。もちろん、金管楽器もここぞと言うところでは見事なソロを披露します。

そして、この第2楽章から弦楽器群が登場するのですがその役割はいわゆる「刻み」に徹しています。
つまりは、弦楽器群はあくまでも舞台装置のような役割に徹していて、その設えられた舞台の上で管楽器が次々と登場してはその芸を披露するのです。

そして、第3楽章「The Queen’s Monastery, Brno. Moderato」の冒頭部分ではじめて弦楽器群がメロディらしいメロディを演奏するのですが、それもつかの間のことで再び脇役としての舞台装置の役割に戻ります。
そして、この弦楽器群と管楽器との関係は最後まで変わることはありません。

今さら言うまでもないことですが、オーケストラというものはもともとは弦楽合奏でした。そこに音の色数を増やしたいがためにオーボエやホルン、ファゴットなどが追加されていきました。
ハイドントの初期シンフォニーなどは基本的に弦楽5部にオーボエとホルン程度でした。そこから時代が下がるにつれて、ファゴットやホルンが追加されていくのですが、主役は常に弦楽器群でした。

しかし、このヤナーチェクのシンフォニエッタではその関係が完全に逆転しているのです。
それが何を意味するのかと言えば、オケの管楽器のメンバーは次々と登場する困難なパッセージの全てをしくじることなく演奏しなければならないと言うことです。
その「しくじる」というのは「音を外す」というようなレベルではなくて、オケの中でのバランスを完璧にとり続けながら、それ相応の美しい響きも保持なければいけないのです。

弦楽器というのはメンバーがたくさんいますから、一人のしくじりが演奏全体を壊してしまうようなことにはなりませんが、管楽器のソロパートのしくじりというのは取り返しがつきません。
そして、そう言う恐い場面が次から次へと連続するのがこの「シンフォニエッタ」なのです。

ですから、これはオーケストラにとっては自ら能力の高さを誇示するための絶好の「ショーピース」にもなりうるのですが、逆から見ればオーケストラの性能試験のような作品でもあるのです。

セルとクリーブランド管は、この恐ろしい作品を信じがたいほどの完成度で仕上げています。そして、その「完璧」さは何度もテイクを繰り返して仕上げたのではなくて、おそらくはほとんど一発録りに近い形で仕上げたことがうかがえるのです。

その証拠と思えるのが、最終楽章にはっきりと刻み込まれているセルのうなり声です。
このセルのうなり声は演奏が上手くいっていて感情が盛り上がってくると飛び出すようで、これが入っている演奏はどれもこれも素晴らしいものばかりです。こういう「うなり声」はグールドのうなり声などと同じで、それは録音後の編集で切り貼りをしていない証拠のようなものです。

おそらく全体を一気に通して演奏して、その後にどうしても不都合な部分だけを録りなおして仕上げたものと思われます。
それにしても、クリーブランド管の管楽器奏者の能力の高さと、それを統率するセルの完璧なバランス感覚には驚嘆するしかありません。

そして、これが一番大切なことなのですが、そう言う素晴らしい演奏をユーザーに届けるためにこのMercury録音の優秀さがバックで支えていると言うことです。
弦楽器群が設えた舞台装置の上で次々と登場する管楽器群は一切の混濁を生じさせることなく見事に鳴り響いています。それは、最終楽章のフィナーレに向かって全ての楽器が鳴り響く場面においても見事なまでに混濁を生じさせていません。
そして、主役として登場する管楽器達は音響空間の然るべき位置にしっかりと定位してボディ感のある美しい響きを実現させています。

そして、さらに感心するのは60年代中頃の録音としては十分すぎるほどのサウンドステージを実現していることです。
それから、オーディオ的に言えば、弦楽器は「弦楽5部」となっているのですが、コントラバスの使用はきわめて抑制的だと言うことです。ですから、大型のシステムで低音をがっちりと鳴らし切る必要性は小さいようなので、大型のシステムでアバウトに鳴らすよりは、音場感を正確に表現しきるシステムの方が相性がいいかもしれません。

オーディオ的に言えば、広大なサウンドステージに金管のファンファーレが鳴り響くというのは聞かせどころかも知れないのですが、それよりは精緻な空間表現こそがこの録音の魅力だと思われます。

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