大阪サウンド・コレクションに顔を出してきました。常軌を逸した熱さのせいもあってかいつもより人が少ないように感じたのですが、どちらにしても元気のある業界とは言えないようです。
聞かせてもらった「音楽」にしてもそれほど印象に残るものはなかったのですが、唯一、「YG Acoustics」の「Sonja」だけが素晴らしい音楽を奏でていました。
とりわけピアノの再生が素晴らしくて、ピアノのフレームが鳴り響いて、それが床にまで伝わって部屋全体に広がっていく様子を見事に再生していました。
オペラでも、独奏と合唱、そしてオーケストラが見事なサウンドステージを演出していたのですが、さらに驚かされたのは、その広大なサウンドステージの中において独唱の生々しい質感も実現されていたことです。ともすれば、「音場」と「音像」は二律背反の関係になりやすいのですが、その両者をこれほどまでに高いレベルで両立している「音」は滅多に聞けるものではありません。
駆動していたアンプは「KRELL」だったので、「Sonja」と較べればかなり割安ですから、それほどアンプには我が儘を言わないのかも知れません。
とはいえ、ペア価格が1000万円を超える「Sonja」は現実的ではありませんが、エントリーモデルの(とはいっても300万円は超えるそうですが)「Carmel」あたりだと大きさや重量も含めて検討の範囲には入ってくるのかも知れません。
しかし、今回、改めて気になったのは各ブースで使っている「デモ用音源」です。
評論家の和田氏はさすがに音楽的にも優れた音源、例えばクナッパーツブッシュ指揮の「ジークフリートのラインへの旅」などを再生していて聴き応えがあったのですが、それ以外の場所では「音楽」よりは「音」を聞かせることに重点をおいた音源を使っていたのはいただけない選択でした。
「YG Acoustics」のブースでも事情は変わらなかったのですが、それでもシステムのクオリティの高さにねじ伏せられてしまいました。(^^;
しかし、そこまでクオリティの高くないシステムだと、ひたすら虚しさだけが浮き彫りになって、とてもじゃないが自分のシステムに導入してみたいとは思えませんでした。
やはり、こういうデモでは音楽的に質の高い音源を再生して、その音楽的価値が自分たちのシステムではどのように表現されているのかを語れる人がいるようです。
ユーザにとって大切なのはそこで再生されている「音楽」なのですから、デモであってもそう言う「音楽的価値」が語れないと駄目です。ましてや、音源を垂れ流しにして、後は物理特性や素材の話などを延々と続けているようでは客を遠ざけているようなものです。
今回は出展されていなかったのですが、「ELAC」などはいつも熱く音楽を語る人がデモをしているので好感が持てます。
ただし、そう言うところはレアですね。
ボロディン:交響曲第2番 ロ短調~アンセルメ指揮 スイス・ロマンド管弦楽団 1954年10月録音(Eloquence Australia 480 0048)
この録音をサイトで紹介したときにはこんな事を書いていました。
録音は1954年ですが、何と立派なステレオ録音です。それも、現時点で聴いてもかなりの優秀録音と言えるほどの素晴らしさです。
こういう録音を聞かされると、この業界はこの半世紀の間、何をしていたのだろうとため息をついてしまいます。
1954年という古い録音でありながらかなりの優秀録音だと言うことには気づいていたようです。しかし、この古い録音が「TAS Super LP List」の「SPECIAL MERIT」にリストアップされていることには驚かされました。
Borodin: Symphony No. 2, No. 3/Ansermet. London/ORG 153 (45rpm)
ただし、リストアップされているのは「London/ORG 153 (45rpm)」という45回転の180グラムという特別な重量盤です。
そして、CD復刻では冴えなかったこの録音がこの復刻盤LPによって始めてその真価が明らかになったと書いている人もいますから、音質的には評判の良くないEloquencesシリーズの復刻CDでどこまでその音質が再現されているのかは疑問です。
実際、聞いてみれば悪くない録音ではあるのですが、それでも「TAS Super LP List」の「SPECIAL MERIT」にリストアップされるほどのクオリティなのかと問われれば疑問に思わざるを得ません。
しかし、この録音には注目すべきポイントがいくつかあります。
まず一つめは、これが「Decca」が「ステレオ録音」に取り組み始めて、それなりのクオリティを実現した一番最初の録音だったと言うことです。
残された記録によると、「Decca」が始めてステレオ録音を行ったのは1954年5月13日だとされています。
録音されたのはリムスキー・コルサコフの交響曲第2番「アンタール」で、演奏はエルネスト・アンセルメ指揮、スイス・ロマンド管弦楽団でした。
録音会場は言うまでもなく、ジュネーブのビクトリア・ホールで、録音の指揮を執ったのは「Decca」でステレオ録音推進の中心メンバーだったRoy Wallaceでした。
この録音も決して悪い録音ではありません。
しかし、その4ヶ月後の10月に録音したボロディンの交響曲と較べると響きの薄さみたいなモノを感じざるを得ません。
個々の楽器の分離は良くて、それがステージ上に広がっているのですが、その個々の楽器の響きがどこか薄味なのです。
おそらく、Deccaはこの最初の録音は実験的なものと位置づけていたことでしょう。
そして、その中で学び取ったことをもとに、次のボロディンの交響曲を手がけたのが「Deccaの音を作った男」と言われるヴィクター・オロフ(Victor Olof)でした。
この頃のオロフは録音現場からは少しずつ身を引いていましたから、おそらくはRoy Wallaceが手がけたステレオ録音の結果にレーベルの未来を確信したのでしょう。
そして、その実験的試みから学び取ったことと自らの経験をもとに、おそらくは自らも満足は出来るレベルを実現したのがこのボロディンの交響曲だったのではないかと思われます。
そして、おそらく、この録音あたりを最後にオロフは録音現場から離れてしまいますから、これは貴重なオロフの手になる「ステレオ録音」と言うことが二つめのアドバンテージでしょうか。(クナとのブルックナーの5番もオロフだったかな?)
リムスキー・コルサコフの交響曲では明瞭に分離した楽器が「ステージ上のここに定位していますよ」といういささかあざとい感じがする録音でした。
それと比べると、ボロディンの交響曲ではそう言う音場空間の表現はきわめて自然ですし、個々の楽器の響きも混濁はしない透明感を保持しながら自然なボディ感を失ってはいません。
つまりは、最初の録音では「ステレオ」という新しい技術で可能なことをあれこれ試してみて、その中で大切にすべきことは「自然さ」だと認識した上での録音だったのでしょう
それは、ステレオという技術を誇示するために不自然に音場を左右に押し広げて、さらにオーケストラを左右に振り分けたような不自然な音づくりが為されることが多くなったことを考えれば慧眼と言わざるを得ません。
ただし、不思議に思うのは、同じボロディンの交響曲ならば「ジャン・マルティノン指揮 ロンドン交響楽団」による1959年盤を「TAS Super LP List」にリストアップしても良かったのにと思うのですが、なぜかこのアンセルメの古い録音を選択していることです。
<追記:7月28日>
うっかりしていたのですが、「2018 TAS Super LP List」には以下のレコードが新しく追加されていました。やはり、マルティノンの録音は無視できないと言うことなので、「Analogue Productions AAPC 2298」という良質の復刻盤LPが2017年にリリースされたのでそれを追加したのでしょう。妥当な判断だと思われます。
Borodin: Symphony No. 2/LSO, Martinon. Decca/RCA/Analogue Productions AAPC 2298
ここからは全くの私見ですが、その背景には「Deccaの音を作った男」と言われる偉大なヴィクター・オロフ(Victor Olof)へのリスペクトがあったのでしょう。
そして、もう一つ付け加えれば、ステレオ録音の黎明期にこういうクオリティを実現したことが、そのままこの後の「Deccaステレオ録音」のスタンダードとなった事へのリスペクトがあったのかも知れません。つまりは、これを下回ればDecca録音としては意味がないと言うことであり、それが「Deccaの音を作った男」の後輩達への遺言であり、叱咤だったののかもしれません。