「TAS Super LP List」をパブリックドメインで検証する(11)~ベートーベン:ヴァイオリンソナタ第5番「春」&第9番「クロイツェル」 (Vn)オイストラフ (P)オポーリン 1962年6月録音

おそらくこの録音も「演奏史」における価値を考慮してTAS Super LP Listにノミネートされたものと思われます。
しかしながら、ロストロポーヴィッチ&リヒテルによるチェロソナタは全集盤がリストアップされていたのに対して、この録音に関しては5番「春」と9番「クロイツェル」をカップリングした一枚だけがノミネートされています。

ベートーヴェン: ヴァイオリン・ソナタ 第9番 「クロイツェル」、第5番 「春」 (Vn)ダヴィド・オイストラフ (P)レフ・オボーリン(Philips/Speakers Corner 835259)

Philips/Speakers Corner 835259

なるほど、チェロソナタに関しては全集盤が復刻されているのに対して、ヴィオリンソナタに関してはこの2曲を収録したレコードしか復刻されていないので、その様な違いが生じたのでしょう。

確かに、TAS Super LP Listには中古市場でしか入手できないレコードも数多くノミネートされているのですが、復刻盤として入手可能なものに関してはそちらの方を積極的にノミネートしています。
さらに言えば、ベートーベンのヴァイオリンソナタは「春」と「クロイツェル」は抜きんでた知名度を持っているのに対して、それ以外の8曲に関しては「その他大勢」というポジションにあります。

ですから、中古市場でしか入手できない全集盤をノミネートするよりは、良好な状態で復刻された「春」と「クロイツェル」をカップリングした現役盤をノミネートしたのは妥当な判断だと思われます。
また、録音のクオリティに関して言えば、その2曲だけがとりわけ優れているというわけではありません。1962年6月にパリで集中的に録音されたと言う事情を考えれば、全10曲の録音クオリティにはほとんど差はないと言っていいようです。

ただし、私は長年にわたってこの録音が「優秀」だという意識は全く持っていませんでした。
それどころか、これがベートーベンのヴァイオリンソナタ演奏のスタンダードとも言うべき「歴史的名盤」であることは頭では理解しながらも、本音の部分では好きになれない演奏であることも正直に告白していました。

「この演奏を女性に例えてみれば、才色兼備の女性が自信と意欲を持って完璧に仕事を仕上げていくような雰囲気なのです。もちろん、仕事に臨む姿勢にも、仕上がりのクオリティにも何の問題もありません。ですから、その仕事ぶりには感心はさせられるのですが、なぜか見る人の「情」が動かないのです。」

これはもうリヒテルとロストロポーヴィッチのチェロソナタのところで書いたこととほぼ同じ不満なのです。
つまりはあまりにも立派すぎて、そしてその立派さには感心もするのですが、どうにもこうにも「情」の部分でその「立派」さにはついて行けないモノを感じてしまうのです。

それは友人の選択と言うことに関しても同じかも知れません。
常に正論を吐き、行いはそれに従った立派なもので一貫しているというのは感心はするのですが、おそらく友達にはなりたくないという「あれ」みたいなものです。

と言うようなこともあって(^^;、この録音がTAS Super LP Listにノミネートされていることに対してどう向き合えばいいのか悩んでしまったのです。
タイトルが「TAS Super LP Listをパブリックドメインで検証する」なのですから、どうにもこうにも気に入らないのであれば「異議申し立て」をしなければいけないのですが、聞き取るべき所を聞き落としていて「駄目出し」をすればそれはただの阿保ですから、そこは慎重にならざるを得ないのです。

そこで、この録音の何処が優れているのかを積極的に聞き取ろうとする態度でもう一度全10曲を聴き直してみたわけです。
そして、結論から言えば、「これって、何がよくてTAS Super LP Listにノミネートされているのかわかんねぇよ!」などと書いてしまわなくて本当によかったと思った次第なのです。

まず、全10曲を聴き直してみて改めて気づいたのは、この演奏を歴史的な名盤にしている功績はオイストラフではなくてピアニストであるオボーリンの方にあると言うことです。
オイストラフとオボーリンとでは知名度が全く違います。
さらに言えばベートーベンのヴァイオリンソナタというのはヴァイオリンの助奏つきのピアノソナタという形式からピアノとヴァイオリンの二重奏というスタイルへと明確にかわっていく節目に位置する音楽でもあります。
ですから、どうしても聞く人の意識はヴァイオリンのオイストラフに向かうことになります。

しかし、オイストラフのように演奏しているヴァイオリニストは他にもたくさんいるのですが、オボーリンのように完璧なバランスで音楽全体をコントロールしているピアニストは滅多にいないのです。オボーリンのピアノは常に背筋がしゃんと伸びていて、さらにはあごをグッと引いて真摯に前を見つめている眼差しが素敵です。
ソンなわけで、とりわけ初期ソナタの方が「春」とか「クロイツェル」よりも好ましく思えたりもするのです。

そして、そこで気づいたのです。

何に気づいたのかと言えば、口では室内楽の録音では眼前で演奏しているかのような疑似体験を実現したいといいながら、いざ再生という場ではその事を忘れてしまっていることに気づいたのです。
どういう事か言うと、この録音で注目すべきはオボーリンのピアノなのですから、そのピアノが眼前で鳴り響いているかのように再生しなければこの演奏の価値は見えてこないのです。

もっと簡単に言えば、まさにお恥ずかしくも阿保みたいな話なのですが、プリアンプのボリュームを上げる必要があったのです。

私の再生システムでは、オーケストラ録音を再生するときのプリアンプのボリュームの位置は通常は12時です。これは普通の人の感覚からするとかなり大きめの音だと言われるます。
しかしながら、音源によっては微妙に音圧が異なりますし、音楽ジャンルによってはそれぞれ最適なボリュームの位置というものが存在します。

そんなことは、長年オーディオに携わってこられた方ならば常識に属する問題ですが、このボリューム調整というのはけっこう難しくて経験を要するものです。
それこそ1円のコストも発生しない技なのですが、このボリュームの位置がピタリと決まると別物のように音楽が歌い出すことを多くの方は経験されていると思います。

どうやら、この録音に関しては最初から「気に入らない」という思いこみがあったので、そう言うあたりの細やかな配慮が全く欠けていたのです。
そして、、この演奏の要がオボーリンのピアノにあることに気づいてみれば、通常の12時の位置ではあまりにも控えめなのです。

そのピアノがもっとも美しく響くポイントを探ってみれば、1時でも2時でもまだ控えであり、私のシステムの場合で言えば概ね3時あたりまで思い切ってあげてみることによってほぼ満足できる状態になったのです。

そして、そこまでボリュームを上げてみても、ヴァイオリンとピアノのバランスが崩れることもなければ音像が肥大化することもなく、それどころかヴァイオリンの響きにもさらなる艶やかさが加わって見事にバランスを取っているのです。

おそらく、この録音におけるピアノとヴァイオリンのバランスは見事なものなのでしょう。
そして、それが見事にバランスを保っているがゆえに、音圧が低めの状態で再生されても「それなり」に聞こえてしまうのです。

確かに、プリアンプのボリューム位置の通常が12時というシステムで、それを3時の位置にまで上げてみるというのはかなりの「勇気」を必要とします。しかし、こういう二重奏のような室内楽録音であるならば、ピアノの音量を基準として、それが目の前で鳴り響いているかのようなレベルにまで上げて再生してみることは必要かも知れません。
そして、そこまで上げてみることによって何らかの破綻が生じるようならば、それは優秀録音からはほど遠いと言うこと意なるのです。

新しい録音の中には、少しでも人の耳を引きつけようとするあまり、悪戯に音圧を上げている物があるのですが、そう言う志の低い録音にそう言う「仕打ち」をすると必ず破綻が生じます。
近所迷惑にならない範囲で、時には思い切ってボリュームを上げてみるというのも必要なことなのかも知れません。

  1. ベートーベン:ヴァイオリンソナタ第5番「春」 ヘ長調 作品24
  2. ベートーベン:ヴァイオリンソナタ第9番 イ長調「クロイツェル」 作品47
«
»

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です